第七話(上)

少し修正を加えました。


暗い部屋の中だった。


声が響いた。


「それで、この世界で私わたくしの障害となりそうな者はおりますの?」


声の主は、棺桶の上に足を組んで座りながら、クランベリー色の液体の入った紅茶のカップを傾けて、そう尋ねた。


棺桶の側、跪いていた女性はそれに答えて、


「只今、調査のために先遣隊をを向かわせておりますので、そこから送られてくるデータを調べて見ない限りは何とも・・・・・・ですが、例えどんな世界においても、我が主の障害となる者などいるはずがありません」


尋ねた彼女は、組んでいた足の上に湯気を立てる紅茶のカップを静かに置くと、


「そうですわね」


と一言だけ答えた。


「はあ・・・・・・ここもダメか」


俺は大きな古めかしい門構えの家から、ため息をつきながら出てきた。


楓様に例の将軍クラス探しを押し付けられたあの日からもう十数件回っているが、一向に良い返事を聞かない。あのあと、俺はとりあえず楓様から将軍クラス候補だった人たちの資料をもらって、再度交渉にあたってみた。


だけど、結果はご覧の通り。


今の時代、やっぱり色々と世間の風当たりも強いし、安定を求めるためにはそんなことに関わってはいられないと言うのが主な理由だ。世知辛い。ファンタジーな世界観なのに・・・・・・。


あと思いつく方法といったら、一個下の大隊長クラスの中から素質のありそうなヤツを選んで、何とか訓練させて一定のレベルに達したら将軍クラスに昇格させるとか。


まあ、俺からみて素質のあるやつは三人ぐらいいるんだ。いることはいるんだ。


ただなあ・・・・・・・そいつら三人とも揃いも揃ってクセのあるヤツばっかなんだよなぁ。


一人は、前にも紹介した風魔だ。ただ、アイツは例のごとくあんな性格だから、今でさえ訓練とか結構サボってるのに、この上将軍クラスに昇格するための特別訓練とか言い出したらガチで謀反とか起こしかねない。


もう一人は凛。彼女は前に言った白河佳織と二人組のアイドルグループをやってる娘だ。超売れっ子なので忙しくてしょっちゅう会議を欠席するし、訓練とかもあんまり出来ないのだ。前の会議の時も欠席してたしな。だから彼女も少し難しい。


あと一人は・・・・・・ああ・・・・・・詩影か。アイツはまあ色々あって・・・・・・。


俺はチラッと自分の影を見る。普通の人間の影と違って、お札を2枚重ねて貼って、大きなバッテンの形を作ってある。


アイツはまあ、色々あって、ちょっと俺の影の中に封印してあるんだ。つまりコイツに関しては将軍クラスに昇格とか以前の話で、最初から論外だ。


と、まあ三人ともこんな有様なのでやっぱり今いる大隊長クラスから可能性のありそうなのを選ぶって選択肢もかなりの難易度だ。


となると他を当たるしかないが、それもこの調子だとどうせダメだろうし・・・・・・・全然いい案が浮かばない。堂々巡りだ。


うーん、行き詰まっちゃったな・・・・・・・。


仕方ない。日課の慧牙観察でもして気を紛らわせよう。


俺は慧牙の所に潜ませている式神と感覚を同期させる。

慧牙の姿が見えてくる。慧牙はどうやらまた道場のような所にいるようだ。汗を流しながら必死に素振りをしている。


慧牙はよっぽどあの敗北が響いたのか、ここの所毎日このように素振りをしたり走り込みをしたり激しい訓練を重ねている。


その表情を見ればこの前までとは顔つきが違っているように見える。今までも真剣だったが、単純に負けて悔しいからとか、実際に俺の強さをみて今の自分との開きを具体的に見れて目指すべき所がより明確になったからとか、この前は俺が退いてくれたから良かったけど、退いてくれなかったらみんなを守れなかったという身に迫るヤバさとか、色々あってより真剣さに深みが増したと思う。


他の三人も慧牙ほどではないにしても色々考える所もあるみたいだし、訓練も更に身を入れてやってるみたいだし、俺の作戦はけっこう功を奏してるようで良かったと思う。


だけどこう毎日訓練を続けて無理をしてないか心配だな・・・・・・。


何事にも良い面と悪い面があるもので、こうして慧牙たちに真剣味が増したのは良かったがその代わり無理をさせてしまうかも知れないという不安も出てきてしまった。


無理をさせるのは俺の本意ではない。


何とかして訓練の合間に息抜きとかをさせられないものか・・・・・・・。


そんなことを考えていると道場へ煉華さんがやってきた。


慧牙が訓練してるのに気付くと話しかける。


「なんだ、慧牙。今日もまた訓練してるのか?」


慧牙は振り向くと気さくに笑う。汗だくになってても爽やかな所がイケメンのイケメンたる所以だな。


「ああ、煉華さん。おはようございます。今日も借りさせてもらってます」


「まあ、それは別に良いんだが・・・・・・最近ちょっと無理しすぎじゃないか?ちょっと休んだ方が・・・・・・・」


煉華さんの言葉に、慧牙は真剣な顔になって


「いやダメです。あの使者王に追いつくためにはこのくらいしないと・・・・・・」


と答えた。


慧牙に俺の存在をそんなに思われているのかと思うと、好意で思われてるんじゃないにしてもちょっと照れ臭いというか、うれしいというか・・・・・・。


でも、これはちょっとまずいかも知れないな・・・・・・少し焚き付けすぎたのかも知れない。気を抜かずにより真剣さを増したのは良かったが、逆に気を張りすぎて体を壊したら本末転倒だ。これは何とかしないと・・・・・・。


と、そんなことを考えていると、煉華さんが顎に手を当てて考え込んでいるのが目に入った。


「・・・・・・・・」


どうやら煉華さんも同じことを考えているらしい。


しばらく難しい顔をして考えていたが、やがてこう言った。


「よし、今度の休日は訓練は休みにしよう!」


慧牙は驚いて、


「えっ!いいんですか?」


「ああ、たまには休むことも大事だしな」


そして煉華さんは何気なく、


「そういえば、私は次の休日は買い物に行こうと思ってるんだが、一緒に行かないか?」


この急な提案に慧牙は少し驚いたように目を瞬かせ、それから少し笑って言った。


「ええ、良いですよ」


なるほど、さすがは煉華さんだ。


ただ休みにするだけだったら慧牙のことだからきっと一人で自主練して休みにはならないだろうが、こうやって自分との買い物に誘うことでしっかり休ませ・・・・・・・ってあれ?


ひょっとしてこれデートか?


あれ煉華さんけっこう策士だな・・・・・・いや、これはそこまで考えてないな。きっと俺と同じで慧牙をちゃんと休ませるために・・・・・・って所までは考えてたんだろうけどそこまで深くは考えなかったんだろう。

これきっと今日の夜とかに気付いて眠れなくなる奴だろうな・・・・・・。


こうして唐突にデート回をやる流れになったのである。



駅前。


休日で人が多く、様々な人が通る中、一際人の目を惹く女性がいた。


柱に寄りかかるように立っているその人は、ショートパンツからスラッとした長い足を惜しげもなく見せ、流れるように綺麗な黒髪をポニーテールに纏めた、人間離れした美貌を持つ女性だった。


彼女はどこかソワソワしていて、前髪を直したり、ちらちらスマホで時間を確認したりしていて浮き足立っている様子なのがギャップ萌え的に可愛く、それで余計に人の目を惹いていた。


そんな美人が一人でいるのだから声をかけられるのは当たり前だろう。


しばらく経つとチャラそうな男達にナンパされ出す。


「あれ、お姉さん一人ー?」


「俺たちと遊ばなーい?」


またベタなナンパだ。


「いや、私は待ち合わせをしてるんだ」


そう言って断るも、


「えー、良いじゃん」


「そんな待たせるヤツなんてほっといて俺たちと行こうぜー?」


しつこく食い下がってくるナンパ野郎は、無理矢理にでも手を掴んで煉華さんを連れて行こうとする。


このままでは連れて行かれてしまう。その刹那、後ろからガシッとナンパ野郎の肩が掴まれた。


「その人を話してくれないか。俺の連れなんだ」


静かだが、よく通る声だ。同性でも思わず聞き惚れてしまいそうな声である。


ナンパ野郎が振り向くと、そこには青髪青目のイケメンーーーーー慧牙がいた。

顔はニコニコと笑ってはいるが、逆らいがたい圧を感じるところを見ると、内心ではめちゃくちゃ怒ってるに違いない。


ナンパ野郎は怯んで、


「チッ何だよ」


「行こうぜ」


と退散していく。


後に残った二人は、


「すまんな、助けてもらって・・・・・・・」


「いえいえ、助けるのなんか当たり前ですよ」


「この駅はよく使うんだが、ああいう輩に声をかけられたのは初めてだな」


「まあでも、気持ちは分かりますよ。今日の煉華さんはいつもより十倍増しくらいで綺麗に見えますからね」


「なっ・・・・・・と、年上を揶揄うな!でも、そうか・・・・・・そう見えたなら良かったよ。気合い入れてきた甲斐があったな」


なんてラブコメな雰囲気を醸し出していた。


俺たち敵キャラはそんなメインキャラたちのラブコメを見守りながらーーーーー


「第三小隊から応援要請です!」


「クソッ!何なんだコイツら!」


「おい大丈夫か!しっかりしろ!」


ーーーーー謎の第三勢力の襲撃を受けていた。


・・・・・・何でだ。急展開すぎるだろ。そんな伏線全然無かったぞ!


実際なんの兆候も無かった。俺はもう普通に煉華さんと慧牙との砂糖みたいに甘いラブコメ回が見れるじゃないかと思って、昨日は夜も眠れないくらい楽しみだった。


それで朝になって部下を引き連れて駅前へ来たらこのザマである。


万が一煉華さんが強引にナンパされて断りきれずに連れて行かれてしまう、なんてことがあるといけないから部隊を率いてきて良かった。俺と少数の部下だけだったら今ごろ慧牙と煉華さんを影からこっそり見守るどころじゃなく、少年マンガ張りの死闘を繰り広げていたに違いない。


俺は側で秘書みたいに控えてる、今回連れてきた大隊長に聞く。


ちなみに今、俺は玉座の間みたいな亜空間の中で、氷で出来た椅子に座って指示を出している。氷で出来た椅子に座る理由はカッコつけ以外の何者でもない。

めちゃくちゃ冷えてトイレ近くなるから出来ればもうやめて普通の椅子に座りたいぐらいだ。


「それで?どんなヤツが攻めてきたんだ?」


「なんかゾンビみたいな奴ららしいデース」


語尾にデースがつくこの子は、前に言ったことがあると思うが、例の白河佳織と二人組のグループでアイドルをしている女の子である。絹糸のような銀色の髪に、、水晶のような透き通った水色の瞳の、妖精のような美少女である。


使者としての名前は凛で、本名は黒月ソニア。語尾にデースがつくのはハーフだからだ。ハーフだからカタコトとか安直な発想だけど、まあ、仕方ないな。分かりやすくていいとしておこう。


デースとかいう語尾だと仕事とかすぐ投げ出して遊んだりしてそうなイメージがあるけど(偏見)、どっかの誰かさんとは違って意外としっかりやってくれるので俺としては結構助かっている。まあ、ときどき可愛い服とか着せようとしてくるのが困りどころではあるが。


「ゾンビみたいなヤツ?」


「はいゾンビみたいなヤツデース。だからアーとかウーとかしか喋んなくて捕まえても何の情報も得られないらしいデース」


「そうか・・・・・・」


うーん、どうしようかな。


俺は正直言って今すぐにでもここを誰かに任せて、慧牙と煉華さんのラブコメ回を見守りたい。今は遠隔で見ているが、やはり俺としては実地で生で見たい所である。


だけど、こうよくわからない奴らに襲撃を受けている状態では俺がこの場を離れるわけにはいかない。その上、今日連れてきている大隊長以上の幹部クラスはこの凛一人だけで、しかも凛はあまり戦闘向きの能力じゃない。主にバフ・デバフ担当だ。


うーん、やっぱりどう考えても、俺がこの場を離れるのは難しいものがあるな。


やっぱり今日はここで指示を出して謎の襲撃者を撃退することに専念して、遠隔で見守るしかないか・・・・・・。


俺が考え込んでいるのを、凛は黙って見ていたが、やがて口を開くと言った。


「使者王さん、ここは私に任せて慧牙さんたちを見に行くデース」


なんかますます不安になる言い回しだな・・・・・・。このあと死にそうな言い方だぞ?


「・・・・・・いいのか?確かにそうしてくれるとありがたいが・・・・・・」


俺がそう言うと、凛は胸を張って自信満々な表情をしながら、


「大丈夫デース!私を信用するデース!」


「そうか?」


「そうデース。それよりも使者王さんは慧牙さんのストーキングをしなきゃ死んじゃう体質なんだから早く行くデース!」


「お前それ誰に吹き込まれた?」


マジかよついに凛にまで言われたぞ・・・・・・。どうせまた楓様が吹き込んだんだろう。


この子はけっこう純粋で礼儀正しい性格なので、目上の人をイジるような性格じゃない。


ただ、この性格が災いして楓様が嘘を言ったらやすやすと信じてしまうのだ。それで良くからかわれるのである。


まあいい。釈然としないが今は好都合だ。


「まあいい。任せるよ」


「はーい任されたデース!」


俺は氷の椅子から立ち上がり、空中へ元の空間へ戻る門を開ける。


「行ってくるよ」


・・・・・・女児服だから、いまいちカッコつかないんだよな。



門を開いた先の所は、路地裏だった。


地面に魔法陣が光り、そこから次々と腐敗した者たちが出てくる。うわあ、ほんとにゾンビみたいなヤツらだな。世界観ぶち壊しじゃないか。ゾンビパニックものじゃ無いんだぞ。


ったく仕方ないな。


俺は部下達をかき分けて前の方へ出る。


「はーいちょっとごめんよー」


「おい!危ないぞ!・・・・・・って、使者王様!?どうしてここに!?」


「おい使者王様が前線に出られるようだぞ!みんな道を開けろ!」


俺を見た途端に騒ぎ出す部下たち。・・・・・・全く、大げさだっての。


道を開けてくれたので、俺はあっという間にゾンビたちの前へ出た。


俺は一応はリーダーだからな。部下に任せると言っても、多少はちゃんと働いたって所も見せないと示しがつかないのさ。


俺はゾンビどもの前へ立つ。


ゾンビどもは何も分からず、怯えることもなく襲いかかってくる。


俺は気楽に右手を突き出して言う。


「まあ、とりあえず凍っとけ」


刹那、ゾンビどもは全員、氷漬けになっていたのだった。


俺がパチンと指を鳴らすとゾンビの氷像は全部粉々になる。


「すげえ・・・・・・」


「あれだけの術を無詠唱で・・・・・・!」


俺は近くにいた奴に言う。


「じゃ、あとは頼んだよ」


「あっ、はっはい!分かりました!」


ふう、これで示しがついたかな。


こうして、俺は謎の第三勢力を部下に任せて慧牙と煉華さんを見守ることにしたのだった。


やれやれ、このラブコメ回は波乱の幕開けだな。

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