第七話(下)
謎の第三勢力を蹴散らして、何とか慧牙と煉華さんの行き先である近くのショッピングモールまでたどり着いた。
はー、やれやれ。色々大変だったけどなんとかこれでゆっくりと二人のラブコメ回の『見守り』が出来る。
柱の陰からこっそり二人のことを見守る。
休日のショッピングモールはガヤガヤと賑わって、多くの人が行き来しているが、その中でもやっぱりあの二人は一際目立っていた。
俺は何とか見つからないようにコソコソと移動する。途中迷子と間違われて何度か声かけられたりもしたがうまく躱して二人にはぐれないようについて行く。
慧牙と煉華さんは二人で色々と話しながら、時々笑ったりしている。もう楽しさに溢れてるみたいな感じだ。傍から見ると初々しいカップルにしか見えないな・・・・・・。
しばらくすると煉華さんが誘い、ある店へ入っていく。どうやら服を見るみたいだ。
デート回の王道コースだな。俺は慌てて同じ店へ入る。
慧牙と煉華さんは色々と服を見回っている。
というか、こんなキラキラした店はちょっと陰キャにはキツいな・・・・・・。こんなとこ入ったことないぞ。俺は友人キャラを演じてたから表向きには陽キャみたいな感じだったけど、その実こんなところには入ったことがないんだ。・・・・・ちょっと目が眩みそうだわ。
そんな俺と違って、慧牙と煉華さん堂々と歩きながら様々な服を見ていく。すげえ。さすが慧牙。
だが、そんな煉華さんの足があるコーナーの前へ来るとふと足を止めた。
「どうしました?煉華さん」
「いや・・・・・・」
突然足を止めた煉華さんに向かって慧牙は尋ねるが、煉華さんは曖昧に言葉を濁した。
不思議に思った慧牙が煉華さんの視線の先を見ると、そこにはガーリーな、かわいい系の服ばかりを集めたコーナーがあった。
そうだ。煉華さんはこう見えて意外と可愛いものとかが好きなんだ。
踏み込め!慧牙!ここはクール系の美人が実は意外と可愛いものが好きっていうありきたりだが王道なギャップを見せるための大事なシーンだ!行け!差せ!
「ひょっとして煉華さん、ああいう服に興味あるんですか?」
よーし!よくやった慧牙!さすが主人公だ!
その一言に、煉華さんは頬を赤くし慌てて、
「なっ、何を言うか!別にそんなことはない!」
と否定したがチラチラと未練がましくそのコーナーへ目を向けている様はどう考えても興味があるようにしか見えない。
慧牙は何かを察したようになるほどと頷くと笑顔で煉華さんへ言う。
「ああ、そうなんですか。失礼しました。てっきり興味があるのかと思って・・・・・・」
「あ、ああ、別に、分かればいい」
「でも、こういう服も煉華さんには似合うと思いますよ?一度着てみたらいいんじゃないですか?」
「まあ慧牙がそう言うなら・・・・・・・」
煉華さんは渋々と言う感じで、そう言ったが、その実どこか嬉しそうにそのコーナーまで行くとどれにしようかな、と服を選び始めた。
いやあ、なんかついなまあたたかい目になっちゃいそうな光景だね。
しかし慧牙はさすがだな。いち早く煉華さんの気持ちを汲み取って、それに応えるように流れを持っていった。
流石だな!鈍感系主人公なんかとは格が違うのだよ格が!
良さそうな服を選んで、二人は試着室へと移動した。
そこでしばらく待つ。
やがて着替えを終えると、試着室のカーテンを開けて、煉華さんが出てきた。
「ど、どうかな・・・・・・?」
はにかみながら試着室から出てきた煉華さんを見て、慧牙も近くで隠れてみていた俺も目を丸くした。
いつもはポニーテールにしている髪を長く腰のあたりまで垂らして、ふりふりの装飾のついた可愛らしい白いワンピースに身を包んだその姿は、いつもの抜き身の剣のような鋭い美しさと違って、避暑地にいる深窓の令嬢のようなふんわりとした優しい美しさだった。
煉華さんは普段から美人だ。だけど、こういう服はあまり着ない、と言うよりスカート自体を制服以外で全然履かないから、どこか近寄り難い雰囲気がある。
そんな人がこんなふうに可愛らしい服を着て恥じらっている姿というのはこんなにも破壊力があるものなのか・・・・・・。俺は今女になってることもあるし、慧牙との仲を応援したいっていうのもあるから何とか保ってるけど、普通の時だったらこれはもうこのギャップ萌えにたやすくやられちゃってるだろうな。
俺、はっきり言って漫画とかで服装とか髪型とか変えただけで気づかれなくなるみたいなシーンとか見るたびにそんなことあるのかと思ってたけど、これは気づかないかもしれないなあ、俺・・・・・・・。
慧牙は少し止まっていた。見惚れてたんだろう。だがやがてニコッと笑うとこう言った。
「思った通りだ似合ってますよ」
「ほ、本当か?」
煉華さんは花の咲いたように破顔した。
おおこれは上手くいったんじゃないか!?
ヒロインが普段と違う服を着て、普段と違う魅力に気づくっていうベタだけどこういうのでいいんだよって感じの王道ラブコメ回になってないか!?なんか二人だけの空間作ってるし、これは大成功と言っても良いんじゃないか!?
と、俺はかなりテンションを上げていた。
だからだろう。背後から忍び寄る危機に俺は気づかなかった。
「あの・・・・・・どうかされましたか?」
「へ?」
俺は気がついたら店員さんに後ろへ回り込まれてしまったのだ。
「あ、えと・・・・・・大丈夫、です」
俺はしどろもどろになりながら答える。
幸い女児の姿だからそんなに怪しまれてはいないみたいだ。これが元の姿だったら通報は避けられない。
そう思えば、ここは迷い込んだ子供のフリをしておけば何とか乗り切れるか・・・・・・。声をかけられて反射的にヤバいと思ってしまったが、そんなにやばい状況でもーーーーー
「あら?あらあら?」
と、そんなことを考えていると、なぜか急に目を丸くしてまじまじと俺の顔を見始める女性店員さん。
ヤベえ!俺の心のやましさが見抜かれたか!?
「お客様よく見ると・・・・・・大変可愛いらしい顔立ちをしておりますね」
は?
予想外の言葉に、俺は一瞬呆気に取られる。
そんな俺をよそに店員さんは勝手に話を進める。
「ちょうどお客様みたいな方にお似合いの服が本日入荷したんです!ちょっと試着してみませんか!?」
「え、いや、あの・・・・・・・」
「着るだけ!着るだけですから!」
頬を紅潮させ、鼻息を荒くしながら詰め寄る店員さん。
いやけっこうグイグイ来るなコイツ!?
そういう感じの店員いるけど!そんな感じの店員さん時々出てくるけども!俺に来てどうすんだよ!普通こういう人って主人公キャラたちに行くだろ!?よりにもよって敵キャラに!?
そんなことを考えつつも、俺がこの状況をどうするべきか分からずあたふたしていると返事もしてないのに店員さんに無理矢理子ども用の試着室へと拉致される。
ちょっ、待っ、まだ試着シーンの続きがーーーーーー!
そうして俺はしばらくの間店員さんの着せ替え人形になったのだった。
・・・・・
・・・・・・
・・・・・・・
しばらくして後、俺は何とか店員さんの隙を見て逃げ出すことに成功した。
「はぁはぁ・・・・・・酷い目にあった」
あー・・・・・・本当に酷い目にあった。
しっかしあの店員は中々の剛の者だな・・・・・・。
まさか俺は一般人相手に妖術を使うことになるとは思わなかったよ・・・・・・。大丈夫かな、慧牙に妖気を気づかれてないかな。
あれほどのキャラ、きっと慧牙たちの方に行けばもっとストーリーも面白い方へ運んだだろうに、もったいない。俺の方にきたのはつくづくもったいない。
百歩譲って着せ替え人形にさせられたことは許すとしても、ヤツのおかげで大問題が発生した。
慧牙たちを見失うという大問題だ。
俺は辺りを見渡す。休日だということもあって、老若男女本当に色んな人が周りを闊歩している。
この中から二人を見つけるのは至難の業だぞ・・・・・・いや、あれだけ目立つ二人だし、そんなに難しいことでもないか・・・・・・?
とにかく、あの二人を探そう。
俺はガヤガヤとした雑踏の中へ歩み出そうとしたーーーーーその時。
「君、大丈夫?」
またしても俺は背後から声をかけられた。なんだ今日は?背後を取られることが多いな。
ていうか、この声ってまさか・・・・・・俺はイヤな予感をビンビンに感じながら、ギギギギ・・・・・・と首を後ろへと向けた。
そこに立っていたのは、まさに俺が探している張本人、青髪青目の超絶イケメン、神扇寺慧牙だった。
・・・・・・まさか、こんなに早く再会することになるとは思わなかったよ。
◇
冷や汗をダラダラかきながら、俺は一歩一歩と後退りしていく。
このまま逃げ出そうかとも考えたが、怪しまれて大事になるかもしれないことを考えるとそんなわけにもいかない。
慧牙はそんな俺の顔を覗き込みながら心配そうに尋ねてくる。
「大丈夫?さっきからずっと一人でキョロキョロしてたけど・・・・・・ひょっとしてお父さんお母さんとはぐれちゃったとか?」
「・・・・・・・」
ヤバい。完全に裏目に出た。
確かに傍目からどう見えるか想像してみたら、俺、両親を探してる迷子の女の子にしか見えないな・・・・・・・。
しかし俺としたことが慧牙が後ろから近寄ってきてるのに気づかないなんて・・・・・・元親友キャラ失格だな。まだまだ修行が足りないな。今度からもっと『見守り』の予定を増やすか・・・・・・・。
ただ、言い訳するわけじゃないが、これだけ時間が経ってれば慧牙たちはもう随分先へ行ってると思ったのだ。まさかまだこんな近くにいるなんて思わなかったのだ。
・・・・・・・あれ?というか、焦ってて気づかなかったけど、煉華さんはどこ行ったんだろう。
俺のそんな疑問に答えるように、ちょうどよく煉華さんが帰ってくる。
「すまん、慧牙遅くなった!お手洗いが混んでてな・・・・・・」
なるほど。トイレに行っていたのか。
そして帰ってくるや否や、煉華さんは耳を寄せて慧牙とコソコソ話をする。周りの人に聞こえないようにしてるんだろうが、俺は普通の人と違って身体能力が高いので聞こえてきてしまう。
「・・・・・・それで?さっき感じた妖気の原因がなんなのか分かったのか?」
「いやそれが分からなくて・・・・・・妖気も本当にさっき一瞬だけ感じただけですし、ひょっとすると気のせいだったのかもしれません。すいませんわざわざ戻って来させてしまって」
「いやいや、大丈夫だ。それでもし本当に『使者』が何かしてたら大変だからな。何も無かったならそれで良かった」
・・・・・・・俺が呼び寄せてたああああああああ!!
なんだ今日は!?厄日か!?変な店員さんには遭遇するし、俺のヘマで主役キャラと予定外の接触するし!
くっそおおおおおおお・・・・・・・・。俺は唸りながら頭を抱える。
と、煉華さんが俺に気づいたみたいで、慧牙へ尋ねた。
「あれ?この子はどうしたんだ?」
「ああ、煉華さんがトイレ行ってる間に様子を見てたんですけど、どうやら迷子みたいで・・・・・・」
「そうなのか?」
「ええ、さっきからずっと一人でキョロキョロしてて・・・・・・・」
ヤバい。完全に迷子認定されてる。俺は前の時とは違って妖気を完璧に抑えている上に、隠蔽系の術具まで使ってあるからそう今すぐにバレる心配はなさそうだが、色々と話すうちにボロが出てしまうかもしれない。それはマズい。一刻も早くこの場から離脱しなければならない。
「べっ、別に私は迷子なんかじゃないよ?」
慌ててそう否定したが、
「でもさっきからずっと一人で誰か探してるみたいだったけど・・・・・・・」
「別に私達は怖い大人じゃないぞ?大丈夫だ。安心してくれ」
と返された。
どうやら怖がって警戒されてると思われたみたいだ。
うーん、マズいな。この流れは一緒にお父さんお母さんを探してあげるよ、とか言われそうな流れだ。確かに話の流れとしてはそれもそれで面白そうではあるが、今の場合一つ大問題がある。それは一緒に親を探してあげようとしてる迷子の子供が実は敵キャラの変装だという大問題だ。しかもNo.2。これだけ聞くと一気にラブコメ回からシリアスバトル回へ方向転換しかねない内情である。
どうしよう、どうしよう・・・・・・。俺は短い時間の中で必死に頭を高速回転させた。
そして閃いた。
そうだ!凛に電話して迎えに来させればいい。
お姉ちゃんとここで待ち合わせをしてんだけど、中々来ないから探してたんだってことにしよう。だから電話をして早く来いって伝えれば大丈夫だってことにすればいい。
少し無理があるかもしれない。大体、謎の第三勢力との戦況もどうなってるか分からないし、呼べない状況になってることだってありえる。
だけど今はこの方法に賭けるしかない。
俺は二人へそう伝えた。二人は少し不審そうだったが納得した。
俺は急いで凛へ電話をかける。
『あっ、使者王さん、お疲れさまデース』
「おう、凛。調子はどうだ?」
俺は二人へ会話が漏れないようにヒソヒソ声で話す。
『戦況は安定してるデース。ゾンビを送り込んでくるゲートみたいな魔法陣を発見してそれを潰したので終わりが見えてきたデース』
「なら少しくらいその場を離れることも出来るな?」
『はい、大丈夫デース!』
よっし賭けに勝った!
俺は簡単に凛へ今の状況を説明する。
「と、いうわけで俺のことを姉のふりして迎えに来てほしいんだけど・・・・・・・」
『うーん・・・・・・・』
おや?てっきり即答でokが出るかと思ったんだが・・・・・・・何か問題でもあるのだろうか。
『・・・・・・使者王さん、ここは慧牙さん達と一緒に行動したほうがいいと思うデース』
「え?なんで?」
『使者王さん、よく考えるデース。確かに二人と行動すればバレる危険性も高いかもデスが、自分の理想の通りにストーリーを引っ張っていく事が出来ると思うデース!』
「・・・・・!確かに!」
『使者王さん!ここは攻めるべきデース!』
そうか・・・・・・!確かに!
俺は少し弱気になっていたのかもしれない。確かにそうだ。バレるかもしれない危険はあるが、そんなのは可能性でしかない。必ずバレると決まっているわけじゃないのだ。危険を冒してあえてここは攻めなければ理想のラブコメ回は作れない!
ここは攻めるべきだ!
「ありがとう、凛」
凛は本能のまま動く無邪気な元気ガールかと思いきやこういう鋭いことを言ってくれる面もあるのだ。
俺が礼を言うと凛は照れたように、
『いやあ、そんなに褒められることじゃないデース』
「いやいや、そんな謙遜すんなって!めちゃくちゃ俺助かったからさ!」
『いやあ・・・・・・・そんなに言うなら、ちょっと来月のアルバイト代を少し多めにほしいんデスが・・・・・・・』
・・・・・・・そうだ。凛は本能のまま動く無邪気な元気ガールかと思いきや意外とこういうちゃっかりしたところがあるのだ。
「・・・・・・まあいいけど」
『ほんとデスか!?やったデース!!』
うん、まあいい。実際意外な意見で助かったのは事実だしな。まあいい。
「・・・・・・あっ!というかお前よく考えたら超売れっ子アイドルじゃねえか!けっこう稼いでるだろ!」
『え?あーそれはその・・・・・・ああーっと戦況がちょっとマズいことになったデース!一旦切るデース!』
「お前安定してるっていってたじゃねぇか!」
『急変したデース!』
「ちょっ、待っーーーーーー」
ーーーーーー切りやがった。
あー、まあいいや。別に。凛は基本いい子だからな。ボーナスぐらいあげてやろう。
とりあえず、今はこの二人についていけるような理由をでっち上げなければいけない。
俺はスマホをポケットへしまい二人の方へ向き直る。
「どう?お姉ちゃん迎えに来てくれるって?」
心配そうな顔で慧牙が俺へ尋ねてきた。
「え、えーっと・・・・・・・その、お姉ちゃんまだ買い物が終わらないみたいで・・・・・・・しばらくは迎えに来れないみたい・・・・・・・」
「ええ!?大丈夫なの!?」
「何とか今すぐ切り上げてもらうことは出来ないのか・・・・・・・?」
「ええっと・・・・・私もそう言ったんだけど無理って言われちゃって・・・・・・・その、それであの、お兄ちゃん達のこと話したらお兄ちゃん達にしばらく遊んでもらえって・・・・・・・」
「ええ・・・・・・・」
「何というか・・・・・・・その・・・・・・・それは・・・・・・・・」
二人とも引いてるな・・・・・・当たり前だ。この言い方だとかなりの語弊がある。ありすぎる。
この言い方だとなんか凛が買い物に夢中で初対面の人に悪い人だったらどうしようとか何にも考えず幼い妹を預けるダメな姉みたいに聞こえるからな・・・・・・二人が引くのも当然だ。
もっとマシな説明考えつかなかったのかよ俺!
マズい!何とかフォローしないと!
「ちっ違うの!お姉ちゃんはちょっと自分の好きなことをしてると我を忘れちゃうだけで!悪い人じゃないから!優しい良いお姉ちゃんだから!」
「健気だな・・・・・・」
「そうですね・・・・・・・すごく良い子ですね・・・・・・・」
あっれえ!?
な、なんか結果的に凛をダシにして俺の評価を上げようとしたみたいになっちゃったな・・・・・・・。
すまん!凛!ボーナス弾むから!
金で解決するという最低な結論に辿り着いたが、この二人の同情を得られたおかげで何とかついて行けそうではある。
ありがとう、凛・・・・・・・。
◇
「それじゃあ、行こうか。えーっと・・・・・・」
「えーっと・・・・・・友建の友って書いてゆう、っていうの」
「友ちゃんかー。なるほど良い名前だね」
もちろん偽名だ。
「じゃあ、友ちゃん。行こうか」
「そうだな。行こう」
その時、俺はふとある作戦が思い浮かんだ。
これだーーーーーー!
俺は歩き出そうとする二人に向かって駆け出すと両方の手を取った。
「「え?」」
二人は見事にシンクロして声を漏らす。
俺は恥ずかしくて死にそうになりながらも、何とか無邪気な笑顔を作ってこう言った。
「みんなで手繋いで仲良しさんで行こ!」
これぞ俺が0コンマの間で考えた作戦、二人で子供と手を繋いでることで仲の良い夫婦に見える作戦だ。
なんていうか、かなり唐突かもしれないし、学校の同級生と先輩に手を繋いでくれってねだるなんて俺もめちゃくちゃ恥ずかしいのだが、良いラブコメ回を演出するには素晴らしい作戦だと、0コンマの間に思ったのだ。ならばやるしかない。時には勇気を出すことも大事だ。
そうだ。これは咄嗟の間に思いついたにしては素晴らしいとても良い作戦だ。
だから勇気を出してやったのであって、決してこの口実なら今日のデート相手の煉華さんを差し置いて慧牙の手を握れると思った訳ではない。そんなこと微塵も思わなかった。本当だぞ?本当の本当だからな?
・・・・・・・本当だよ?
コホン、まあとにかく、二人ならこんなに無邪気な子供の手を振り払ったりすることはあるまい。
現に二人は一瞬驚いたようだったが、すぐに微笑ましそうな表情になって、
「そうだね。手を繋いで行こうか」
「そうだな、仲良しさんでな」
と言った。
あーもう!やっぱりめちゃくちゃ恥ずかしいぞ!同級生と先輩から微笑ましい目で見られるのがこんなに恥ずかしいとは思わなかったな・・・・・・・。
でも、これで二人は俺と手を繋ぐのを受け入れてくれた。
俺たちは三人で歩き出す。俺はなるべく無邪気な子供を装おうとにこにこしてはいるものの、左手から伝わる慧牙の手の感触に、内心ではそれどころじゃない。やばい。顔赤くなってないかな・・・・・・・。手汗とかかいてないかな・・・・・・・。
親友キャラだった頃は肩を組んだりとかはしてたものの、こんなにがっつりと手を握ったことなんてないんだ。そりゃあ照れもするよ。気を抜くとぐるぐる目になりそう・・・・・・・。
余裕のない俺とは対照的に、慧牙と煉華さんは温かい目で俺を見つつ、二人で話し出す。
「しかし、こうしてると・・・・・・・俺たち、夫婦みたいですね」
「なっ!?い、いきなり何を言い出すんだ!ふ、夫婦だなんて・・・・・・・」
「まあ、先輩は夫婦っていうより厳しいお母さんみたいですけどね」
「こら!全く、先輩を揶揄うんじゃない!」
俺の思惑通りに二人はイチャつきだした。
良かった。作戦がちゃんと成功したみたいで・・・・・・・俺の羞恥心を犠牲にした甲斐があった・・・・・・・。
頭の上でイチャつき良いラブコメ回を演出する二人を特等席で眺めながら歩いて行くと、突然煉華さんがピタッと立ち止まった。
「どうしたんですか?」
「・・・・・・・・」
慧牙の声にも反応を示さず、ただ一点をじっと見つめる煉華さん。
何だろうと思って見てみると、そこにはクレープ屋さんがあった。
ああ、なるほど・・・・・・・。煉華さんは可愛いものとかも好きだが、さらに甘いものも好きという女子っぽい一面があるのだ。ただ、それを隠しているから買おうと誘ったものかどうか、悩んでいるのだろう。
もう別に普通に言ってしまっても良いと思うんだがな・・・・・・・まあ、煉華さんは学校で風紀委員長をしているからな。そういうことで舐められちゃいけないって思いが強くあるんだろう。それこそ、こんな些細なことでも舐められそうな原因になることはなるべく排除したいんだろう。
俺も友人キャラを演じてた頃はチャラい感じで素行が良くなかったからよく煉華さんには説教されていた。ただ、そうやって説教されているうちに次第に説教以外のことも話すようになって(慧牙という共通の話題もあったしな)、結果的にけっこう気安い仲になったんだよな・・・・・・・。今思えば、煉華さんは俺の初めての女友達と言っても良いかもしれないな。慧牙の妹の菖蒲もけっこう気安く話す仲だが、あれは友達っていうより妹って感じだし。
まあ、とにかく、煉華さんはそういうこともあってか本当はクレープを食べてみたいのに一歩踏み出せないようだ。
よし、ここは俺が一役買おう。友人キャラ時代、色々手を煩わせてしまったことだしな。
俺は慧牙の手をくいくいっと引っ張る。
「?どうしたの?」
「お兄ちゃん、私、クレープが食べたいな」
「クレープ!?」
俺がその言葉を発した瞬間、ギラっと目を光らせながら煉華さんがすごい勢いで振り向いた。
「今クレープ食べたいって言ったな!?今!」
「う、うん・・・・・・私、クレープ食べたい」
この剣幕、俺がもし普通の子供だったら泣くぞこれ。
「よーし慧牙!この子もそう言っているし早く行こう!ぜひ行こう!」
ということで、俺たち三人はクレープを食べることになった。
クレープを並んで買って、近くのベンチに座って食べる。煉華さんのニコニコ笑顔が超眩しい。
俺も買ってもらったクレープを食べる。本当は俺がお金出すから良いって言ったんだけど、慧牙はやっぱり優しいから払ってくれた。
食べながら、慧牙が煉華さんに話しかける。
「それにしても、煉華さんって意外とこういうの甘い物とか好きなんですね」
やっぱり慧牙も薄々気付いてたみたいだ。ていうか薄々どころじゃないだろこれ。バリバリ気付いてるわ。
慧牙のその言葉に、煉華さんはピタッと止まり、それから顔を赤くして、
「・・・・・・そうだ。私は甘い物が大好きなんだよ」
ついに開き直ることにしたみたいだ。
「何で隠してるんですか?別に甘いの好きでも良いと思いますけど・・・・・・・」
「私は風紀委員だからな。少しでも舐められそうな要素があったら嫌なんだ」
「ああ、なるほど・・・・・・・」
「それに、私みたいなのが甘い物が好きだなんて似合わないだろ?あの服も・・・・・・・ああいうのは佳織とか、菖蒲とかの方が似合う」
「そんなことないですよ。あの服だって似合ってましたよ」
慧牙はニコッと笑って、
「今日一日、俺、楽しかったです。普段は見れない煉華さんの一面を見れて、より煉華さんと仲良くなれた気がします。煉華さんはそうじゃないんですか?」
煉華さんは、少し俯きながら、照れたように、
「それは、まあ・・・・・・・私もそうだけど・・・・・・・」
完全に二人の世界を作り出している。俺のこととか完全に忘れてるな。
いやあ、今日のラブコメ回は結果的に大成功だったんじゃないか?最初は謎の第三勢力からの襲撃とかあってどうなるかとヒヤヒヤしたけど、結果的には大成功に終われたんじゃないか?
そのあとも俺は二人のラブコメ回を演出し(ラッキースケベを演出したりした)、お姉ちゃんのフリした凛に迎えに来てもらい(凛はもっと妹を大事にしろと煉華さんに説教されそうになったのでなんとか宥めた)、この日は無事に終わった。
とりあえず、煉華さんのラブコメ回はこれで終わったな。
他のヒロインズのラブコメ回もなんとかしてこんな風にいい感じで演出したいね。
しかし、あの謎の第三勢力は結局なんだったんだろう・・・・・・あとで詳しく調査してみる必要がありそうだな・・・・・・・。
まあ、それは明日以降の後でいいだろう。
俺は慧牙と煉華さんの二人を見送りながら手を振る。
そして、ふと、こんなことを思った。
もうこの左手は一生洗わないようにしよう、と────────。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます