第八話
朝、目を覚まして、いつも通りに日課を済ませたあと、トーストを食べていると、ダダダダ・・・・・・バタン!と音を立てて部下が駆け込んできた。
「・・・・・・・なんだ急に。どうしたんだ」
寝起きで油断してる姿を見られるのって結構恥ずかしいんだぞ?
俺は今本当にパジャマ(ピンク色の女児が着るようなヤツ)から着替えもしてない状態で、髪もボサボサのまま纏めていない。完全に気を抜いている状態なのだ。
「お前な、せめてノックぐらいしろよ」
俺も一応体は女子なんだ。女子の部屋はノックしてから入れよ。
「あっ、す、すいません・・・・・・・ですが緊急なんです!」
慌て過ぎてて、何だか要領を得ないことを言う部下。
「落ち着け。簡潔に説明しろ」
「『異界の神』を名乗る奴らが攻めてきました!」
「・・・・・・・は?」
「ゾンビどもの姿が見られることから先日遭遇した奴らと関係があることと思われます!」
・・・・・・マジかよ。
フラグ回収早すぎじゃね?
◇
『あとで詳しく調査してみる必要がありそうだな・・・・・・・』とかカッコつけて言ってたものの、実際はあのあとそんなに調査が捗っていなかった。
一番敵の正体の糸口が掴めそうな遺留物であるあの魔法陣(敵がゾンビみたいなやつを送り込んでいたヤツ)すらも使ってる術式がこっちの妖術とはかなり仕組みが違うってことで難航してたし、俺たちには他にもやんなきゃならない通常業務があったからついつい後回しにしていたのだ。正直、そんなに早く次の手を打ってくるなんて思ってなかったからな。
それがまさかこんなに早く次の手を打ってくるとは・・・・・・・。体感的には間にもう4、5話くらい挟んでから来ると思ってた。まさか一話挟んでもう伏線回収とはね・・・・・・・驚きだよ。
しかも敵はどうやら様子見とかじゃなくて総力戦ぐらいの勢いで大挙して押し寄せてきてるらしいし、これはうかうかしてられないな。
俺は部下の話を聞いて、すぐさまいつもの巫女服へと着替えると、髪の毛も結ばずに会議室へと駆けつけた。
会議室に入ると、緊急招集された大隊長たちが勢揃いしていた。相変わらずだが、将軍クラスの人材をヘッドハンティングすることには成功していない。
人数を数えてみるとちゃんと十人いる。よし封印しているアイツ以外は凛も幸い休まずいるし、風魔もさすがに今回はサボらず、二人ともちゃんといるな。
封印してるアイツ、詩影は・・・・・・・あとで少しだけ解放して手伝ってもらうつもりだ。・・・・・・本当に少しだけだぞ?一部を解放するだけだ。まだしばらくは全て解放するわけにはいかない。
俺が入っていくと十人がそれぞれ挨拶をする。
中でも凛はやっぱり『おはようございますデース!』と特に目立った挨拶をする。
そしてとてとてとて、と何故かこっちの方に歩いて来て後ろへ回ると、俺の髪を結び始めた。
マイペースな子だよ本当に。
まあ、いいや。自分で結ぶと手間がかかるし、かといって大事なキャラ識別ポイントだからどうしようか少し迷ってたところだったんだ。
キャラの描き分けも出来たところで、緊急会議を始めよう。
凛はさすがと言うべきかパパッと手早く俺の髪を結んで席についたので、俺は皆んなに向かって宣言をする。
「よし、それでは緊急会議を始めよう。もう皆周知の通り、このかくれざとが謎の敵に襲撃されている」
大隊長全員は、何も口を挟まずに沈黙して、固唾を飲んで俺の次の言葉を待っている。
そんな中、俺のとった策はーーーーーー
「えー、臨時で総大将に任命した者に、全軍の指揮権を一時的に委任するのでその者に対処を全て任せることにする!」
ーーーーー『部下に丸投げ』であった。
い、いや落ち着いて聞いてほしい。俺は決して部下に危険な戦いを全部任せて、自分はのうのうと奥で安全にしてる異世界転生モノに出てくるダメ貴族みたいなヤツじゃない。
実は、こう言う時、かくれざとに直接敵が攻め込んできた時には『使者』の中で一番強い者が城に残って楓様の守護をしなければならないという決まりがあるのだ。
・・・・・・まあ、あの人に絶対守護なんていらねえんじゃねえかとは思うけど、そうはいっても万が一ということもあるかもしれないし、それに城の中にはとられたらヤバい物とかもあったりするからやっぱり残っていなきゃいけないらしいのだ。
だから俺はすっっっっっっっごく前線に立ちたいけど、部下を信じて全投げするしかないのだ。作戦を立てようにも、やっぱり生で現場を見てるの方がより良い作戦を立てられるだろうし、臨機応変に対応も出来るからな。部下からの報告だけじゃダメだろうし、遠隔で見る妖術も色々な術が飛び交う戦場だと混線して上手く働かないだろう。特に今回は敵が未知の術を使うことだし。
だからこれは仕方のないことなのだ。その証拠に、俺がこんなことを言っても異論のある者はいない。部下たちはみんな承知していることなのだ。
・・・・・・・とは言っても、これは、なんというか・・・・・・・みんながちゃんと学校へ行ってるのに一人だけズル休みした時みたいな罪悪感があるな・・・・・・・・。
・・・・・・・ま、まあ俺も全く手伝わないわけじゃないし!俺が密かに立てている作戦が成功すればある意味で俺が一番危険と言えるかもしれないぞ!
さて、言い訳も済んだところで今回俺が全てを丸投げすることになるいけに・・・・・・部下を指名しよう。
「それで、全軍の指揮権を委任する『総大将』だが・・・・・・・風魔、お前を今回の総大将に任命しよう」
「・・・・・・・は?」
俺の言葉に一番驚いたのは当の本人である風魔である。寝耳に水な表情を浮かべている。他の大隊長たちも意外な人選だったみたいで少しざわついてる。
ただ、俺的にはこれはそんなに意外でもなんでもない人選だった。
前にも言ったことがあるが、十一人いる大隊長たちの中でも抜きん出て強いのが風魔と、凛と、詩影の三人だ。
その中で詩影はもちろん封印してるから出せないしそもそも性格がリーダー向きではない。
凛は性格はリーダー向きだが、やはり主にバフデバフ担当であることもあって、大隊長たちからは抜きん出てても、三人で比べると強さ的にはけっこう劣るのだ。リーダーに任命するとなるとどうしてもこういう妖怪の世界では強さも大事になってくる。特に今回は戦場を任せるわけだし、そうなると凛は総大将には向かない。
となると、消去法的に風魔しかない。
それに、消去法と言っても、まるっきりリーダーとして向いてないヤツに任せるわけじゃない。人間だった時から、コイツは意外とリーダーシップを発揮する時があるのだ。クラスの子との合コンをした時も仕切りが上手かったし、クラスの男子たち全員で女子更衣室覗きをした時も良い指示を出して皆を導いていた。
そもそもコイツはクラスだけじゃなく学校全体のチャラ男の中でもけっこう中心的な存在というか周りに人の絶えない所があって、俺は前々からコイツは意外とカリスマ性というか、リーダーシップがあるんじゃないかと睨んでいたのだ。
・・・・・・・だから決して、コイツなら丸投げしても心傷まなそうだな・・・・・・・とか思った訳では無い。決して無い。
俺のこの決定に一番に異を唱えたのは本人である風魔である。普通ならこんな大役を任されたって喜ぶところなんだろうがコイツは出来るだけサボりたいから嫌がるのである。
「おいおい、ちょっと待てよ。なんで俺なんだ?」
「お前は普段からサボりがちなんだからこう言う時ぐらいしっかりと働け!ちゃんと副将とか参謀とかもつけてやるから!」
「えーめんどくせえー。他に相応しいヤツがいんだろ」
緊急事態にも関わらず、俺たちがこんな気の抜けた会話をしているとこの配役にもう一人異を唱えるヤツがいた。
「そうデース!こんな人は総大将に相応しく無いデース!」
そう、凛である。
凛は風魔のことを毛嫌いしているというか、この二人は意外なことに仲が悪いのだ。
凛はパッと見た感じだと何事にも囚われない伸び伸びした感じだし、目上の人にも馴れ馴れしく接したりしそうだが、やっぱり厳しい芸能界を生き抜いているからか、意外と俺とか楓様とか上司に対して礼儀正しく、仕事に対しても真面目に取り組んだりするところがある。
そんな凛だから一応上司である俺に対して馴れ馴れしく、仕事にも真面目に取り組まない風魔に対してかなり思うところがあるようなのだ。
それにしょっちゅう『ちゃんとやって下さいデース!』とかいって委員長的な注意をされるからか風魔もウザく思ってるみたいでこの二人はことあるごとに口論をするのだ。
「はいはい、お望み通り俺は総大将なんかになる気はありませんよ」
「何デスかその態度!仕事を任されたら張り切って全力でやるべきデース!」
「何だよ、お前は俺にやって欲しいのかやって欲しくないのかどっちなんだよ」
おっと、そんなことを言ってたら早速口論を始めてしまったみたいだな。
・・・・・・・どうしようか。ちょっとこの雰囲気で言えるようなことじゃないけど・・・・・・・。
・・・・・・いやこのいつも通りの雰囲気に流されて忘れかけてたけど今は一刻を争うような状況なんだ。
「あー、お取り込み中のとこ悪いんだが、そのー・・・・・・・凛には副将を任せようと思ってるんだ」
「「え?」」
そう、例の敵が襲撃してきたと聞いて、緊急会議を開くまでの間に俺は風魔を総大将として凛には副将を、あと誰か古株で軍事に精通してる人を参謀にして事の対処に当たらせようと考えていたのだ。
「おいおいおい!俺はこんなヤツが副将なんていやだぜ!?そもそもやるって言ってないし!」
「そうデース!私もこんなヤツの下につくなんて嫌デース!」
うん、そうだよね。絶対そう言うと思った。
だが、俺はこの配役もやはりぴったりだと思うのだ。凛の能力はサポート向きだし、性格だって何度も言う通り真面目だから、風魔がサボりそうになったら尻を引っ叩いてくれるに違いない。
それに、さっきも言った通りここは強さが物を言う妖怪の世界だから、副将もある程度の力を持つ者でなければならない。
それとひょっとしたらこの事がきっかけで吊り橋効果的に仲良くなってくれないかな、という下心もある。
反対されることは予期したことだ。だけど部下の報告を聞いてから緊急招集するまでの短い時間ながらも俺が考え、考え抜いた末に出した結論だ。
ここは引き下がる訳にはいかない。
俺は二人に向かって深々と頭を下げた。
「頼む!今日は俺の顔を立ててこういう配役で我慢してくれないか?」
俺の秘技、拝み倒しである。
これはさすがに効果覿面で、凛は
「そ、そんな頭を上げて下さいデース!・・・・・・使者王さんがそんなに言うなら仕方ないデース」
風魔も
「まあ、お前がそこまでするなら・・・・・・・」
と渋々ながらも納得してくれた。
自分で決めたことを勝手に押し付けるなんて、という意見もあるだろうが、こういう緊急の時は悠長に多数決なんてしてないでトップが無理矢理にでも力強い決断をした方が上手く行く時があるのだ。
俺は最善と思われる配役をしたつもりだ。あとはもう本当にアイツらを信じるしかないし、アイツらを選んだ自分の勘を信じるしかない。
もしダメだったら?・・・・・・ま、その時は潔く死ぬだけだな!死ぬ前に楓様なんとかしてくれるかもしれないけどな!
さて、これで軍隊の方はアイツらに任せて、あとは俺が密かに立てている作戦を実行するだけだな・・・・・・・。
◇
城の外が騒がしい。
俺はその喧騒を聞きつつ、何もないだだっ広い空間に一人でいた。
ここは普段は戦闘訓練をする訓練場で、俺はそこでカッコつけのために例の氷の玉座に座りながら待っていた。
随分待ったのでかなり冷える。俺は手を擦り合わせながらはーと息を吐いた。
俺がなぜ待っているのかって?それはもちろん俺が立てている作戦のためである。
ここには俺一人しかいない。楓様が一度だけ来たけどちょっと事情を聞いただけですぐ『じゃ、私は二度寝するから。何かあったら起こしてねー』と言って自分の部屋へ帰っていってしまった。全く、あの人は・・・・・・・・。
まあいい。楓様ならどうせそうくるだろうと思ってた。元から手伝ってくれるとは思ってない。ま、さすがにどうしようもならなくなったら助けてはくれるだろ。
さてと、どうだろう。一部だけ解放してやった詩影は上手くやってるかどうか・・・・・・・。
そうやって俺が凍えながら待っていると、何もない空間に黒い渦のようなものが現れて、そこからニュッと手が出てきた。
これは俺が作戦を遂行するために解放した詩影の右手だ。
・・・・・・・来たか。俺は姿勢を正し、じっと見守った。
詩影が何もない空間に右手をかざすと、墨が滲むように影が出てきて、それが徐々に人の形をとる。
やがて出てきた人物は、ビロードのような滑らかな光沢を放つ真紅の髪を長く垂らし、真っ黒なゴスロリの服を着て真っ黒な日傘を差した、高校生ぐらいの女だった。
側には白手袋をはめ燕尾服を着た、暗めの紫色の髪をポニーテールにした、かっこいい感じの美人な女の人が侍っている。
これぞ、俺の考えた作戦。名付けてお偉いさんを拉致作戦だ。
軍隊というのは大体トップを倒せばあとは総崩れになるもんだ。
それに、俺たちもそうだが、大体こういうモンスターみたいなヤツらのトップは最強の戦士も兼ねていることが多いのだ。だからある意味で俺が一番の危険を引き受けていると言っても過言じゃないだろ?
とにかくそういうことで、詩影に頼んで一番強そうで偉そうにしてるヤツを連れてきてもらったのである。
城の中に連れてくるんなんて危険だし本末転倒じゃないかと思うかもしれないが、この訓練場はその用途上頑丈に作られてるし、勝手に外に出て逃げられたりしないように結界を何重にも重ねがけしてある。だから大抵は大丈夫だろ。
城から出られないなら敵を城へ引き入れてしまえばいい、というなかなかとんちみたいな作戦だが、そういう掟にうるさい人もいるから仕方ない。どうしても形式上は守らなきゃいけない以上何とか法の抜け穴を見つけるしかないのだ。
ま、そういうことで今回は敵のトップに我らが城へお越しいただいた訳だ。
二人いるけど、十中八九侍ってる方が従者だろうし、赤い髪の方が一番のトップだろう。多分近くにいたから一緒に巻き込んじゃったんだろうな。
突然だだっ広い空間に出た赤い髪のヤツはしばらく目を瞬かせていたが(紫髪の人は直立不動のまま微動だにしてない)、やがて髪と同じ色の目を驚いたように見開いて、紅茶のカップを傾けるように片手で持ちながら、キョロキョロと辺りを見渡し始めた。
・・・・・・・というか、全然関係ないけど、コイツ巨乳だな。この場に風魔がいたら即ナンパしてただろうな。
ぐるりと辺りを見渡した彼女は最後に俺と目を合わせる。
俺はとりあえず詩影に礼を言ってから再封印して、状況が理解出来ていないであろう彼女に向かって挨拶をした。
「おはよう。朝早くから我らがかくれざとへようこそ名も知れぬ襲撃者よ。俺の名前は紅葉、一応百鬼夜行の王をしている」
ちょっとカッコつけて言ってみた。百鬼夜行の王なんてよくわかんないこと言っちゃったけど、俺が外で自分たちと戦ってる奴らのトップだということは伝わっただろう。
「俺があなたに来てもらったのは他でもない。襲撃者の中で一番地位が高く、一番強いであろう者と雌雄を決するためだ」
俺はこう簡潔に伝えた。
そして、相手の出方を待つ。
彼女は頷きながら湯気を立てる紅茶カップの中身を一口飲み言う。
「なるほど、そういうことですのね」
・・・・・・あれ?思ったより納得するのが大分早かったな。もうちょっとこう、説明しなきゃならないかと思ってたんだが・・・・・・・・。
何だ?展開を早くして早めに戦闘シーンに入りたいのか?そういう魂胆か?
「何だ?随分物分かりがいいな」
「そうですわね。詳しいことは分かりませんけど、雌雄を決するために敵の長が
「そうだけど・・・・・・・」
「それに」
「それに?」
「私は全て見通した上で、自分の意志でここに来たのですわ。つまりあなたの策にはあえて嵌まってあげたんですの!」
ドヤ顔でそんなことを言うですわ口調。
・・・・・・・胡散臭え〜絶対嘘だろ。さっき普通に驚いた顔してたじゃねえか。
絶対何も気づかずに普通に術かけられてここへ連れて来られちゃったのが悔しくて見栄張ってるだけだろ。
俺は胡散臭い目で見てたが、後ろでずっと直立不動だった従者風の女はパチパチと拍手しながらこう言う。
「流石です、お嬢様」
・・・・・・・何だコイツ。始めて口を開いたかと思ったらこんなんかよ。ツッコんだりしろよ。
従者が誉めたからかですわ口調はさらにドヤ顔をして言う。
「そうですわそうですわ!私は賢いから策に嵌まってあげてここへ来れば敵の長に会えることを全て見越していたんですの!」
いやうそつけ。
「流石です、お嬢様」
甘やかすなお前は!ますますつけ上がっちゃうだろ!
・・・・・・・何だコイツら。本当にコイツらあれだけのモンスターを統べるトップとその従者か?
まあいいや。コイツもこう言ってることだし、詳しい説明が省けて良かったとしよう。そのぶん話の展開がダラつかずにすんだ。
とりあえず今度は相手の話を聞こう。
「それで?お前らは一体何者なんだ?」
俺がそう問いかけると、そのままのドヤ顔で傘をくるくる回しながら
「私は全てのアンデットの頂点、ヴァンパイア族の百十六代目の当主にして、ここではない別の世界を統べる『神』。カーミラ・ギースレーリンですわ」
そう答えた。
・・・・・・・ヴァ、ヴァンパイア?神?なんかすごいのが出てきちゃったな・・・・・・・。別の世界・・・・・・要は異世界で神と崇められてるヴァンパイアか・・・・・・・なんかヤバそうだぞ。
・・・・・・・これやっぱタイマンとかじゃなくて5対1とかにしといた方が良かったんじゃないかー?なんで俺一人で待っちゃったんだろ・・・・・・・。神を名乗るヤツと一人で戦うとか、これけっこうだぞ・・・・・・・。
ていうか、なるほど。ゾンビとかいたのはアンデットたちの頂点だからってことか・・・・・・・。
「私はその世界の『神』ですから、もちろん逆らうものなどおりませんわ。それはとても良いことですけれど、反面刺激がなくて退屈なのですわ。ですからそこそこの力を持つ者のいる世界を探させて侵攻することにしたんですの。まあ、ほんの戯れ、余興、暇つぶしですわ」
そんな理由で攻めてくるなよ。朝からけっこうバタバタして大変だったんだぞ?
「まあ、私の相手として不足のない方なんてどの世界にもいるはずはないですけど、そこは仕方ありませんわ。暇つぶしとしてはこの程度でも十分でしょう」
そう言って、優雅に紅茶のカップの中の・・・・・・・よく見たらあれ、血液か。湯気を立てる血液を啜るカーミラ。
うーん、舐められてるな・・・・・・。
しばらく紅茶のカップを傾けていたが、やがて飲み終わったのか従者の方へカップを差し出すと、どこからともなく取り出したポットから温かい鮮血が注がれた。カップは、新しい真っ赤な鮮血で並々と満ちた。
「さて、せっかく呼んで下さったことですし、早速勝負を始めることに致しましょう」
そう言ってカーミラは継いでもらった血液を飲まずにカップを傾けた。
みんな地面に溢れてしまうかと思いきや、それは空中で蠢き一つの形を作る。
出来上がったのは、深紅のサーベルだった。
カーミラはそれを掴み、俺に向かって言う。
「さ、あなたも武器をお出しなさい。正々堂々の一騎討ちと参りましょう」
◇
俺は氷の薙刀を持ってカーミラと向かい合った。
そういえば言ったことなかったか?俺の得意とする妖術は氷だ。まあ、妖怪にはそれぞれ種族ごとに得意な妖術というのが違っている。その種族適性のある系統の妖術をベースにしてそれに自分なりの改良を加えたものを大体使っている。
俺の種族は妖狐なのになんで氷に適性があるのかって?俺に聞いても知らないよ。
何でも楓様が言うには慧牙が『浄火の刀士』で火だから、俺はその対極がいいんじゃないかってことでちょっと適性をいじったとか何とか・・・・・・・本当は無属性とかそんなところだったらしい。そんなもんいじれんのか?胡散臭えなぁ〜って思ったよね。ついでになんか気づかないところで色々といじられてそうで怖くもある。
ということで俺が主に使う武器は氷の薙刀だ。まあでも正直薙刀なんて習ったことないし、ほとんど力押しなんだけどね。
「さてと、それじゃあお互い武器も出したことだし」
「ええ、勝負ですわ」
俺は薙刀を構える。カーミラはサーベルを構える。
辺りがとてつもない圧迫感に包まれる。お互いの殺気がぶつかりあっているのだ。ここにもし普通の人間が放り込まれたら多分十秒と耐え切れずに死ぬだろう。
「そういえば、そこの紫髪は戦いに参加しないのか?」
俺がそう問うと紫髪は答える。
「ええ、もちろん。お嬢様は一騎討ちをお望みですから」
なるほど。この様子なら横槍を入れてくることはなさそうだな。
良かった。ひょっとして二対一の構図になるんじゃないかと思ってたんだ。いや、本当に良かった。
ま、もし何かあったらその時は詩影を解放するしかないな。
「それと申し遅れましたが、私はサラ・バートリーと申します。以後お見知り置きを」
サラ・バートリーね。なるほど。
さて、従者の方の名前も分かったところで、そろそろ戦いを始めようか。
ダッと、どちらからともなく駆け出すと、氷の薙刀と鮮血のサーベルがキィン・・・・・・・と透き通るような音を響かせて交錯する。ぶつかり合う二つの武器、二つの力が凄まじい衝撃波を辺りへ撒き散らす。
俺たちはしばらく鍔迫り合いをしていた。
先に力負けしたのはーーーーーー俺だった。バンと弾かれて、そのまま壁へ激突しそうになるが、薙刀を地面へ突き立て何とか踏みとどまる。
あー、やばいな。流石は『神』を名乗るだけのことはある。自称か、それとも本当に他の神々とかに認められて神格を与えられているのかは知らないが、それだけの力はあるみたいだ。
うーんここは少し間合いを取って様子を見ながら力押しだけじゃない作戦とか考えた方がいいかな・・・・・・・。
俺はそう思い、距離を取ったままにしようと思ったが、そうは問屋が卸さないようで、
「
赤い斬撃が飛んできた。
・・・・・・やっべ。
慌てて俺も飛び技を使う。
「
そう叫ぶと、俺の手の中の薙刀は大きく鋭いつららのようなものに変わる。俺はそれを槍投げの要領で投げた。
赤い斬撃と大きな氷のつららが空中で拮抗する。
ふう・・・・・・・これで何とか急場は凌げたかな・・・・・・。びっっっっっっくりしたわー。まさかあんな技があるとはね・・・・・・・。
でも、これはしばらくは拮抗してるだろうからその間につららに変えちゃった薙刀を新しく作って・・・・・・・・。
俺がそんなことを考えていると、ピシッと何かにヒビが入る音がした。
嫌な予感がしつつも恐る恐る顔を上げると、蜘蛛の巣のようなヒビがつらら全身へ入り、粉々になるのが目に入った。
・・・・・・うそだぁ、早すぎるって。
というか、やっべえ斬撃がこっち飛んでくる!
俺は慌てて薙刀を作って斬撃を受け止めるが、急拵えの薙刀何かでは当然受け止め切れず、半分に折れた薙刀ごと壁へ激突した。
「かっは・・・・・・・」
肺の中の空気が強制的に全部吐き出される。あーいってえ、あばら何本か折れてるかな?これは。あばらじゃなくても確実にどっか折れてるだろ。
つららと薙刀で一応威力が殺せたし、使者王である俺の体は丈夫だから上半分と下半分で真っ二つにされずに済んだけど、これは大隊長クラスのヤツなら俺の薙刀と同じ運命を辿ってたな・・・・・・・しかも威力を殺した状態で食らってだ。
頭から血が流れて目に入りそうになるのを拭き取り、立ち上がった。
俺の元へ近づいてきたカーミラが言う。
「あら、意外と丈夫ですのね。真っ二つにするつもりでしたのに」
くそっ、やっぱそのつもりだったのかよ。
駄目だな、これ。完全に向こうの優位に立たれてる。
流石は神を名乗るだけはあるわ。思ったよりも強え。
俺が吹っ飛ばされるなんて最終バトルぐらいになるかと思ってたわ。まさかこんな早く吹っ飛ばされる時がくるとはね・・・・・・・。というか、初めては慧牙にされるのが良かったな・・・・・・・。
よし、決めた。大技を使おう。ここはパーっと大技を使って一気に形勢逆転をしよう。
実は、俺の得意とする氷属性の術というのは、当たり前だが水の存在が大事になってくるのだ。だから俺を全く水のない砂漠へ放り込めば呆気なく勝利することができる。
まあ、薙刀を作るとか多少の量なら妖力で補えちゃうんだけど、それにはやっぱり倍近い妖力を消費するし時間もかかる。さっきは騎士道精神みたいなヤツで待ってくれたから良かったけど、さすがに二度は待ってくれないだろう。
じゃあ、どうやって大技を使うのか?もちろん、そのための対策はしてある。
ある術符があって、それは中の亜空間に荷物でも武器でも、何でもしまい込めるようになっているのだ。要はマジックバックとかそんな類のものだ。
俺はそれに大量の水を仕舞い込んで、常に身につけている。つまりはそれを解放すればこの空間は水に満ち、大技を使えるようになる。
さーてと、ポケットの中から術符を・・・・・・・術符を・・・・・・・・。
・・・・・・・あれ?術符、無くね?
・・・・・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・いやいやそんなわけないそんなわけない。そんなことあるわけないだろ!
ほーらポケットに手を入れればちゃんと術符が・・・・・・・術符、が・・・・・・・。
・・・・・・・無えじゃん!!どーすんだよこれ!!
クッソ朝はバタバタしてたからなあ!そーだそーだよく考えたらポケット入れた憶え無えわ。きっと朝テーブルの上へ広げたまんまだわ。
ど、どうしよう・・・・・・・そ、そうだカーミラがひょっとしたら水筒とか持ってるかもしれないし貸してもらえば・・・・・・・いや敵が貸してくれるかよ!財布忘れた時の友達じゃねんだぞ!
くっっっっっっそ、何とか、これで凌ぐしかないのか・・・・・・・。
俺は真っ二つに折れた薙刀をくっつけて元の通りに繋ぎ合わせる。
「どうかしましたの?」
「・・・・・・・何でもねえよっ!」
俺の顔を覗き込むようにして問いかけてくるカーミラに向かって薙刀をつく。
しかし、それがあたることはなく、カーミラはぴょんと軽くジャンプして跳び上がると俺の薙刀の上へ乗った。
「なっ・・・・・・!」
俺の驚いた様子を見てクスッと笑うと、カーミラは靴でも履く時のように、つま先でトントンと軽く薙刀を叩いた。
即座にパキィン・・・・・・と音を立て、砕け散る薙刀。
カーミラはふわっと羽のように軽やかに地面へと降り立つ。
二撃目が来るか!?と思って柄だけになった薙刀を握りしめ身構えたが、カーミラはしゃがみ込んで別のところを見ていた。
「血が溢れていますわね・・・・・・・もったいないですわ」
カーミラが見ていたのは地面に溢れた俺の血だ。
口の中で何やらぶつぶつと呪文のようなものを唱えるカーミラ。溢れた俺の血が光だしたと思ったら、それは蠢き、見る見るうちに赤いナイフへと形を変えーーーーーー
ーーーーーー気がついた時には、俺の脇腹を貫いていた。
「がっ・・・・・はっ・・・・・・」
俺は思わず膝をつく。鋭い痛みを脇腹に感じる。俺は女の子座りみたいにへたり込みながら、右手で刺された脇腹を押さえる。右手が生暖かい血でどくどくと染まっていくのを感じる。
・・・・・・・だめだ。完全に手玉に取られてる。
あー・・・・・・・もうここまでかなあ。ここまでかもしんない。
俺がここで倒れても楓様もいるし、問題はないだろ。使者王が急にいなくなると今後の話の展開が少し心配になるけど、それは部下たちが上手くやってくれるだろ・・・・・・・・。
もう、負けてもいいか。よく考えたら何の問題も無いし、負けちゃいけない理由もないしな。
コツコツ、と靴音を響かせカーミラが近づいてくる。
カーミラは脇腹を押さえていた俺の手を無視して強引にナイフを引き抜いた。
「ぐっ・・・・・・」
強引に引き抜いたことによる痛みが俺を襲う。床には点々と血が滴り、ナイフからはポタポタと赤い水滴が落ちていた。
「思ったよりも大したことなかったですわね。こんなものですか・・・・・・まあ、仕方ありませんわね。私の前に立てる者なんている訳ありませんもの!それにしても弱かったですけど!」
そう言って踏ん反り返ってドヤ顔するカーミラ。
うーん、悔しいが仕方がない。ここは悔しさを呑んで我慢しよう。
俺はもう万策尽きた。もう負けたんだ。ならここは何を言われても我慢しよう。
何を言われても我慢をーーーーーー
「この有様だと、あなたたちがあれだけ御腐心なさってる
浄火の刀士とやらもどうせ大したことはないですわね!」
・・・・・・・・。
「あら?動揺してるようですわね。私がそこまで情報を掴んでいることに驚いているのでしょう?私はちゃーんと見ておりましたわ。あのような輩にぐずぐずと手をこまねいて、私、見ててとても歯痒い思いをしましたの。まあ、ご安心下さいませ。あなたたちを制圧したら私があのような輩なんて一瞬で踏み潰して差し上げますわ!」
・・・・・・・・。
「さてと、もう口も聞けないくらいになってしまったようですわね。そろそろ幕を引くとしましょう。まあ、せめてもの手向けとしてあなた自身の血で介錯してあげますわ」
赤いナイフが浮いて、形が崩れ元通りの血液になり、そしてまた蠢き姿を変え、今度は細長い糸のような三日月形の斬撃になる。
「
俺を目がけて飛んでくるそれをーーーーーー
俺は片手で受け止めた。
「なっ・・・・・・・何をしてますの!?」
右手が焼けるように熱い。気を抜くと今度こそ真っ二つになりそうになるが、右手へ妖力を集中して耐える。
・・・・・・・いや、右手だけじゃない。体から白みがかった青色のオーラが立ち昇るほどに全身へ妖力を張り巡らせながら耐える。全身が悲鳴を上げるが、耐える、耐える、耐える。
我ながら無理をしてるなぁ、と思う。だけど、ここは、引きたくない。
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!」
俺は、更に、更に、力を込めていく。
ピシッと、斬撃に小さなヒビが入る。
ビビは段々と増えていって・・・・・・・そして斬撃は粉々になった。
斬撃の破片は、赤い水蒸気になって辺りに飛散した。
「そ、そんな・・・・・・・私の『
何かショックを受けてるようだがそんなのはどうでもいい。
今のを消し飛ばすのに、けっこう力を使っちゃったし、体ももうボロボロだが、それでも何とか立ち上がる。かなりふらつくけど、何とか倒れないように。
そうだ。俺には負けちゃいけない、絶対に負けちゃいけない理由があったんだ。
俺は慧牙の『敵』だ。しかも、ただの敵じゃない。慧牙があれだけ努力して倒そうとしてる、目標にしてるような『敵』だ。
そんな俺が、こんな所で倒れる訳にはいけない。俺のせいで慧牙がバカにされるなんてそんなの耐えられない。
慧牙が舐められるだけじゃない。煉華さん、白河さん、菖蒲、主要キャラたちの全てが舐められることになる。
それに、慧牙たちがあれだけ俺に勝とうと諦めずに頑張ってるんだ。『敵』である俺も、こんなところで諦める訳にいかない。
「大したことない、だと?」
俺はカーミラへ言う。
そうだ。俺は『敵キャラ』だ。
なら、もっと自信満々に・・・・・・・傲岸不遜に。
「それはこっちのセリフだ。『神』などと大仰なことを名乗るから一体どれほどかと思ったが・・・・・・・・この程度か」
俺はゆっくりと戦闘中ずっと置いたままだった氷の玉座の方へ歩き出す。
カーミラは呆気に取られたまま、それを見守る。
やがて玉座にたどり着くと、俺はそれへ座った。
「さてと、そろそろ、本気の勝負と行こうか。だが、このまま普通に戦ったのでは面白くないから、一つルールを決めよう」
俺は悠然と玉座の上に座りながら、こう言い放った。
「俺はこの玉座に座ったまま、ここから一歩でも動かずにお前の相手をしよう」
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