第二話
夕方。
慧牙ファンクラブの幹部定期会合ですっかり遅くなってしまった俺は、帰り道を急いでいた。
もうすっかり日は暮れてしまって、夕焼けが西の空に、わずかなオレンジを残すだけになっている。
学校を出て、大通りを渡り、坂を下る。
静かなものだ。時間が遅いせいだろう。
俺はため息をついた。ここ最近の俺の悩みは、『どうやったら慧牙を主人公として成長させられるのか』だった。
確かに、慧牙は今のままでも超カッコいいし、主人公らしいといえば主人公らしい。
ただ、それだけでは足りない気がする。
そう、イベントが足りないのだ。
仲間と共に成長したりとか、敵と死闘を繰り広げるとか、そういった『主人公』が成長するためのイベントが足りない。
そういう物を通って『主人公』は成長するものだし、ヒロインたちもそんな主人公を見て恋心を深めていくもんだと思う。
俺は慧牙に胸躍るようなファンタジーな冒険を経験させたいんだ。そしてそれを通してひと回りもふた周りも成長してもっともっとカッコ良くなった慧牙を見たい。
まあ、とにかく俺はそんなことを通して、慧牙を主人公として成長させたいのだ。
ただ、やっぱりそんなことはこの平穏な日常の中では起こりようがない。
どうしようかな・・・・・というのが俺の最近の悩みのあらましだ。
そして俺はそのことについて悩みながら、今日も帰路についていたのだ。
とぼとぼと歩きながら坂を下る。
ここらへんに街灯なんてものはなく、家やスーパーから漏れた明かりが、わずかに足元を照らす。
やはり静かなものだ。俺以外に通行人なんていない。時折車が通り過ぎるが、それも稀なものだ。
走行しているうちに下り坂は終わって、橋に差し掛かった。
川の流れる音がする。
橋の上から見下ろしてみると、いつもと変わらない川の流れが宵闇を縫うように、ずっと先の方まで続いていた。
やがてその橋も終わる頃、橋の尽きるところには一つの階段がある。
その階段は川原まで降りていくための階段で、そこを降りるとまず目にするのはボロボロの神社だ。
その神社は天をつくように生えてる長い竹が隠すように覆いかぶさっていて、昼間でも薄暗い所である。
俺はそこへ通り掛かった。
何気なく覗き込むと普段は下まで見える階段も、今は闇に消え込むようになっていて、どこか知らない別世界へと続いていそうな雰囲気がある。
じっと覗き込んでいると何だか怖くなってきた。
俺は早く帰ろうと覗き込むのをやめて歩き出そうとした。
「君が、吉井友太君だね?」
そこへ、声をかけられた。女性の声だ。
吉井友太というのは俺の名前だが、声に全く聞き覚えがない。
振り返ると、全く見覚えのない女の人がそこにいた。
長い黒髪を腰まで垂らして、眼鏡をかけたその様は少し髪がボサついている所を除けば普通の美人のお姉さんといったところだが、首から下を見てみると全然普通ではない。肩を出すような花魁風の着こなしで着物なんかを着ているし、左手には煙管を持っていて、そこからは白い煙の筋が立ち上っている。
どっからどう見ても不審者である。
こんな怪しい人にこんな時間に声をかけられるなんて絶対にヤバさしかない。俺は警戒心を抱いて身構えた。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、ニヤニヤしながら彼女は言う。
「君はなんでも神扇寺慧牙君の親友を名乗ってるみたいだね」
俺は来た!と思った。
これはおそらくコスプレ趣味のあるストーカーが俺から慧牙のことを聞き出そうと接触してきたんだ。道理で怪しさ満々だったわけだ。
これは慧牙ファンクラブの影の支配者、会員ナンバー0としてはここは間違っても慧牙の情報なんて流さないようにしようと・・・・・・。
「いや、名乗ってるっていうか俺は実際慧牙の親友だけど・・・・・・」
俺は警戒しながらも当たり障りのなさそうな答えを返す。
しかし次に彼女が放った言葉に、俺のそんな考えは、頭からすっかり抜け落ちた。
彼女は煙管を吸って、ふうと吐き出すと、ニヤッと笑ってこう言ったのだ。
「ふーん、なるほど。親友だから慧牙君のために主人公っぽいイベントを用意したいということなんだね」
俺は頭に、雷が落ちたくらいの衝撃を受けた。全身にダラダラと滝のような冷や汗が流れた。
それは誰にも言ったことのないことだ。
ましてや、全く見覚えのない初対面の彼女が知っているはずはない。
「なんで、それを・・・・・」
「そりゃ知ってるさ。私は何でも知ってるよ」
沈黙が流れた。
木々の間を風が通り抜ける、ざわざわとした音だけが聞こえる。
彼女はニヤニヤした笑いを止めると言った。
「私について来なさい。君のその願いを実現させる方法を教えよう」
風に髪を靡かせながら、そう言い放った彼女は、なんだかとても神秘的で、人ならざる、もっと高位の存在に見えた。
普段だったら、こんな怪しすぎる誘いになんて乗らないに決まってる。
だけど、この人について行けば本当に俺の願いが叶うような気がして、俺は思わず頷いてしまうのだった。
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