第三話

「まぁぁぁたあの人はあああああ!!!」


城の木の廊下に幼い声が響き渡る。

そして襖を勢いよく開ける音がして、次にダダダダダダ・・・・・と廊下を走る音が聞こえた。


急に叫んで部屋から飛び出して走り出したのは明るめの茶色の髪の毛をツインテールにして、巫女服を来た小学校4、5年くらいの女の子だ。


廊下を通る青白い鬼火だの頭に矢が刺さった骸骨だの書類を持った河童だのが彼女に気づくとみんな慣れた風で道をあける。


巫女服を着た女の子ーーーーそう、俺、吉井友太は廊下をひた走りに走っていた。


いや、分かるぞ。お前らの言いたいことは分かる。お前さっきまで普通の男子高校生だったじゃねえか、なんで急に女の子になってんだって話だよな?


それには話を少し前に遡る必要があるーーーー。


ーーーーー俺は謎の女に導かれるままに例の階段を降りて、下の神社の境内に立っていた。


昼間でも薄暗いのに、もうすっかり日の暮れた今となっては暗いなんてものではない。ようやく目が慣れだしてぼんやりと見えるようになってきたが、さっきまで何も見えなかった。


謎の女はちょっと待ってくれと言ってしばらくの間、何やらゴソゴソしていたが、「よし」と言うとようやく俺に向き直った。


「・・・・・それで?どうやったら慧牙に主人公っぽいイベントを体験させられるんだ?」


俺は少し撫然としながらそう問いかけた。


「まあ、そう急がない急がない。今から説明するからさ」


「いや、そりゃこんだけ待たされたらそうなるだろ!・・・・・まあいい。説明してくれ」


俺の言葉に頬に手を当ててちょっと考えると、


「そうだねえ・・・・・。じゃあ、まずはこれから言っておこうか」


と言うと、バッと手を広げて天を仰ぐようなポーズをとるとどこか恍惚とした表情で言った。


「・・・・・私は、神だ」


・・・・・俺は早くもコイツの口車に乗ってついて来てしまったことを後悔していた。


神を自称する奴にまともな奴はいない。十中八九はヤバい奴に決まってる。


ヤツはしばらくそうやってたが、やがて手を下ろすと俺の様子を見てニヤニヤしながら言う。


「おや、引いてるみたいだね?」


「当たり前だろ!そんなこと初対面で言われて引かない奴なんていねえよ!」


「まぁまぁ、とにかく話を聞いてくれないかな?」


自分で話の腰を折らざるを得ないようなことをしといて、話を聞いてくれも何もないもんだと思ったが、俺は大人しく話を聞くことにした。もし何かあれば即逃げればいいしな。


「私が神だというのはしばらく置いといてーーーー君は慧牙君の家のことについて知ってるかな?」


「慧牙の家?」


「そう、慧牙くんの家ーーーー神扇寺家のことだ」


神扇寺というのは変わった苗字だとは思っていたが、そのことについて深く聞いたことはなかった。親友と言えども踏み込んではいけない所もある。


ただ、慧牙を影からこっそり警護している時に(ストーキングではない。あくまでも影から見守っているだけだ。・・・・・本当だぞ?)古めかしい、時代劇にでも出てきそうな屋敷が慧牙の実家だと言うことを突き止めたので、そのことから慧牙の家に何か事情がありそうだな、とは思っていた。


しかし、そのことと俺の計画と何の関係があるんだろう。


女は言葉を続ける。


「神扇寺家にはね、何百年も前から伝わるある不思議な伝承があるんだ」


「・・・・・伝承?」


「そう、それは神扇寺家の七代目の当主、神扇寺慧全の時代に起こったことだ。

ある日のこと、慧全は暖かい春の日差しについ居眠りをしてしまった。

そこで不思議な夢を見る。夢の中に光神を名乗る少女が現れて、お前に刀を授ける、この刀で隣の家の娘を守れ、と言うではないか。

目が覚めて、ただの夢かと思ったが果たして枕元には一振りの見覚えのない刀が置かれていた。

そこで、彼は言いつけ通りに襲いかかる妖魔たち、そしてその妖魔たちの統率者たる妖神から娘の身を守り通した、という伝承さ」


「へえ、そんな伝承が・・・・・」


「しかし、慧全の力では妖神を完全に倒すことは出来なかった。

そこで、彼は妖神に封印を施し、後の世に妖神を倒せるだけの力を持つ者が現れることを願って、光神より預かった刀を代々受け継ぐように遺言したという。これが神扇寺家に古くから伝わる伝承さ」


「なるほど、そんな伝承があることは分かった。だけどそれは単なるおとぎ話の類だろ?俺の計画になんの関係があるんだ?」


当然の疑問だと思う。


女はニヤニヤしながら答えた。


「ただの伝承じゃないさ。だって神扇寺家と妖神との戦いはまだ続いてるんだからね」


「・・・・・・なんだって?」


「続いてるんだよ。比喩とかじゃない、言葉通りの意味さ。元に慧牙君のお爺さんも高校生くらいの頃は襲いくる妖神の家来たちとの戦いに明け暮れたもんだ」


「そ、そんなことが本当に・・・・・?」


「あったのさ。本当にね」


にわかには信じがたい。


当たり前だ。急にこんな話を聞かされてはいそうですか、と信じられる方がおかしい。


「・・・・・証拠は?証拠はあるのか?」


俺がそう問い返すと女はニヤッと笑って、


「そうくると思ったよ」


そう言った。


女は神社に向かって踵を返し、木で出来た一、二段程度の階段を登ると、ボロボロの扉の前に立った。


急に辺りが静まり返ったように感じた。


滔々と川の流れる音、木の葉の擦れる音、虫の鳴く声・・・・・自然の声だけが聞こえる。


竹の葉の隙間から差した月の光が、扉の前に立つ女に落ちた。


すぅっと息を吸い込むと、女は滔々と唱え出す。


「ーーーーーーー」


何の言語かわからないが、何か呪文らしきことを言ってることはわかる。


凛とした声が辺りへ響き渡る。


神社が揺れていた。地震とかではない。神社だけが揺れているのだ。

強い風が顔を吹き付けて、俺は思わず腕で顔を庇うようにした。バタバタバタと制服のブレザーがはためく。


軋む音を立てて、扉がひとりでに開いた。


女は俺の方へ振り返ると言った。


「さて、行こうか」

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