第九話(下)

(っぶねー、凌げたー・・・・・・・・・なんとか強キャラ感出せてるよな!?よな!?)


紅葉は降り注ぐ瓦礫と血液の中で不遜に微笑みながら、内心では冷や汗ダラダラだった。というか、今もこんな風に不敵に微笑みながらこの降ってくる瓦礫が頭に当たったりしないかめちゃくちゃ怖いし、血液を頭から被ったりなんてしたらあとで洗濯が大変だろうなー・・・・・・・・・とか考えっちゃてる紅葉であった。外面とのギャップがすごい。


しかし、そんなことなんて想像すら出来ないカーミラはさらに焦った。今までにあの技を食らって無事でいた者なんていないのだ。それに、最初は容易く屠れるだろうと舐めてかかっていただけに、余計その焦りは増幅されていた。意図したものではないにせよ、それが功を奏したのだ。


(あーしっかしやっぱりキツいなー、もうこれで引き分けってことになって終わりにしてくれないかなー。どんどん来られるとキツいんだけどなー)


一方で紅葉はそんなことを思っていたが、そうは問屋が卸さない。


「まだ・・・・・・・まだですわ!私はまだ終わりませんわ!」


(やっぱりかー)


「まだ貯蔵庫には一杯血液がありますもの!お望み通りどんどん技を撃って差し上げますわ!」


カーミラのその言葉に、紅葉はにやにやしながら


「なるほど、面白い」


と返したが、内心では面白いどころではなくてうわーどうしよう、凌げるかなと焦りと不安で一杯だった。


カーミラは再びサラに貯蔵庫を開いてもらい、その中にある瓶を四つ取り出した。それを今度は床に叩きつけて割ったりはせず、サラにコルク抜きでコルクを抜いてもらうと床へと血液を溢した。血液は床まで届く前に蠢き何かの形を成していく。


しばらくして血液は四匹の巨大な赤い蝙蝠となった。


「お行きなさい!私のかわいい使い魔たちよ!」


その言葉とともに巨大な蝙蝠たちは紅葉のもとへと牙を剥き出しにして襲いかかってくる。だがそれを見ても紅葉は外面だけは少しも慌てずに真顔で頬杖をつき足を組みながら、右手を銃の形にして襲いかかってくる蝙蝠に照準を向けた。


氷弾ひだん


人差し指の先が青く光ると弾丸の形をした氷が発射される。蝙蝠は素早くそれを察知して結界を張っていたが、容易く結界ごと体をも貫かれ、元の血液に戻って空中に霧散した。


一匹も紅葉のもとまでたどり着くことなく同じ運命を辿り血の霧となって空中に散っていく。


「使い魔が一撃で・・・・・・・・!?」


使い魔が倒されたところなんて今までに見たことがない。それも一撃でなんて・・・・・・・・・。カーミラは戦慄した。


(危ない危ない。これくらいの氷なら水がなくても出せるな。でもこれだけだとやっぱり大技が撃てないから決まり手にかけるんだよなあ・・・・・・・・・)


紅葉はそんなことを考えていた。このまま小技でちまちまとカーミラが撃ってくる技を防いでいただけでは有効打を与えることなんてもちろん出来ない。ジリ貧になって結局負けてしまうことは必然だ。


ただ、やっぱり大量の水がない。紅葉はうっかり机の上に忘れてきた自分を恨んだ。こんなに忘れ物をしてきたのを後悔したのは中学生の頃、怖い先生の授業で宿題を忘れた時以来だ。しかも緊急度でいったらその時の比じゃない。


詩影に頼んで持ってきてもらうという手もあるが、カーミラの後ろで待機しているサラが睨んでいる以上そんな勝手な真似は出来そうもない。それにそう頻繁に封印を解けば封印に綻びが出る可能性がある。


詰んだかもしれない。どうしようかな・・・・・・・・・と何の手も思いつかずにふと前を見ると床が大量の血液で水浸しになっているのが目についた。


(あーあー、あんなに汚して。血は落ちにくいぞー。あとで掃除大変だなこりゃ・・・・・・・・・)


そう思って紅葉はうんざりしたが、ふとこの大量の血液をまじまじと見つめた。


そしてはっとあることを思いついた。


(ひょっとしてこれって・・・・・・・・・)


出来るかどうかはわからない作戦だ。成功する可能性としては低めかもしれない。だけどこのまま八方塞がりでジリ貧のまま負けてしまうよりは賭けてみる方がマシだ。


(試してみるか)


紅葉は思いついたことをこっそりと試してみることにした。


そんなことを少しも知らないカーミラはますます逆上して更に血を使って技を放っていく。


さっきまでは勘弁してほしかった紅葉だが、作戦を思いついたことでこれはむしろ歓迎すべきものとなった。


(さーこいどんとこい!)


この作戦を実行するためには大量の血が必要となる。紅葉は、だからもっともっと多くの血を引き出させるために更に煽った。それはもうメスガキの如く。


一方でカーミラは焦りを通り越し、驚愕していた。紅葉はもう技すら使うことなく、氷のバリアで防御するだけで、紅葉を動かすことなど全く叶わなかった。ダメージを負わせることなんてなおさらだった。前半戦であれだけダメージを負わせられたのは明らかにサービスだったのだ。ハンデだったのだ。


紅葉は作戦が決まり、どこに向かうかが決まったから、最後の追い込みとしてここ一番の集中力を発揮することに成功したのである。結果、カーミラを驚愕せしめることになったのだ。


それに、カーミラは座ったままの舐めた姿勢で全ての攻撃を防がれることで完全に逆上し切って、その上焦りもあったから攻撃に精彩を欠いていたこともある。つまりはカーミラは悪循環に陥っていた。


そしてそのカーミラの焦りを更に加速させるような報告がサラのもとへ届いた。


「お嬢様、大変です」


「何ですの!」


「どうやら、部下たちが敵に押されているようです」


「・・・・・・・・!」


カーミラという最大戦力を紅葉が引きつけている間に風魔たちがカーミラの部下たちの軍勢を圧倒し出したのだ。


紅葉はにやにや笑いながら煽るように言った。


「どうだ?うちの部下も結構やるだろ?」


カーミラはギリギリと歯軋りした。


「・・・・・・・・っ」


「どうされますか?」


カーミラはしばらく逡巡していたが、


「サラ!行きなさい!」


サラを援軍として向かわせるという判断を下した。


サラ一人が行ったところで、と思うかもしれないがサラはこんな感じでもNo.2。カーミラほどでは無いもののかなりの強さを誇るのだ。


サラは貯蔵庫からありったけの血液を置いてから、サラがパチンと指を鳴らすと空中へ門のようなものが開く。サラはそれを通って自軍の援軍へと向かった。


これで、紅葉とカーミラは二人きりとなった。その戦いは、今から佳境に入ろうとしていた。



一方、風魔たちはどうしていたのか。めちゃくちゃに寛いでいた。主に風魔が。


世界観に似合わないビーチチェアみたいなものでジュースを飲んでゆったりと寛ぎながら、風魔がそばにいる凛に向かって言った。


凛は真面目に、


「ちょっと何寛いでるデース」


と言っているが、その凛もビーチチェアみたいなものに座りながら言ってる時点で本気で言っているわけではないのは明らかだ。


それもそのはず、敵軍との戦いは紅葉がカーミラという敵の最大戦力を引きつけてくれたおかげでこちらが完全に優勢に立っていたからだ。そもそも、あの敵軍はカーミラというカリスマ的存在以外はみんな有象無象みたいなもの(サラは例外)で、カーミラを失った今、戦力的にも精神的にも支えのなくなった敵を圧倒するなんて容易いことだった。


ということで今凛と風魔はこんな風に寛いでいるのだ。ちなみに白隠は見回りに行っていてここにはいない。


凛は近くのテーブルの上にあったジュースを取ってちゅーっと飲む。


「ちょっとおい、それ俺のジュースなんだけど」


どっから取り出したのか何故かサングラスをつけていた風魔が凛に向かって言った。


「いいじゃないデスか。減るもんじゃないデース」


「いや減ってるんだけど確実に」


風魔はサングラスを頭の上へチャラ男風にずらして、更に言葉を続けた。


「というか、お前それ間接なんちゃらになっちゃうけど、大丈夫なのか?」


その言葉に凛はふふんと、なんでもない風に笑って


「そんなの別に気にしないデース。ちょっと自意識過剰デスよ?」


「ハッそうかよ」


風魔はそう言ってまたサングラスを下ろして前を向いたのだが、彼はそのせいで凛の頬が少し赤くなっているのに気付かなかった。


と、そんなことをしていたその時、空中をバチバチとした放電のようなものが走った。


「!?何ごとデース!?」


「おー、めっちゃバチバチなってんなー」


慌てて立ち上がって身構える凛と、対照的にのんきな調子で言う風魔。


その放電は一ヶ所へ集まっていき、やがて門のようなものがそこへ姿を現した。それはキイ・・・・・・・と不気味な音を立てながら開いていく。


それを凛は固唾を飲んで見守り、風魔はのんびりとジュースを飲んで寛ぎながら、しかし目だけは油断ならないような鋭い目つきで見守っていた。


開ききった門から姿を現したのは、白手袋に燕尾服を着た、暗めの紫の髪をポニーテールに結った美しい女性。


彼女はこちらへ向けて頭を下げると名乗りを上げた。


「初めてお目に掛かります。私はお嬢様の世話係のサラ・バートリーと申します」


凛は立ち上がっておろおろして、


「あわ、あわわわわわ・・・・・・・・なんか来ちゃったデース!ちょっと風魔!寛いでる場合じゃないデース!」


そう言って風魔を揺すった。風魔はズレるサングラスを直しながら凛を制し


「まーまー、落ち着けって。そんな慌ててもいーことねーって」


「もう慌てなきゃいけない時間デース!」


サラはそんな二人の繰り広げるやり取りを眺めながら白手袋を外していたが、外し終わると口を開いた。


「驚きましたね・・・・・・・・戦場で敵を目の前にしてそれほどの余裕。流石はあのお嬢様を圧倒する方の部下ですね」


「お、ということはやっぱ紅葉が優勢なのか。どうだ、うちの大将は。スゲーだろ」


「確かに、すごいですね。お嬢様があんなに圧倒されてるのは初めて見ましたよ。まあでも、最終的にお嬢様が勝つことは確定ですが」


そう言ってサラは貯蔵庫からビンに入った血液を取り出した。


「それに、私があなたに勝つことも確定ですから」


「ほー、言うじゃねえか」


風魔はようやく、刀をついて自分の体を支えるようにしながら、どっこいしょと言いつつ立ち上がった。


サラはコルク抜きでコルクを抜くと、その瓶を高く掲げ、ワインでも入れるかのように手の中へと注いだ。


手を洗うように這う鮮血は蠢き、形を変え、やがて手から腕の半分くらいを覆うようなゴツゴツとして刺々しい、長い爪を持つ手甲へと変じた。


風魔はそれを見て、


「あーあ、やっぱやらなきゃなんねーかー」


とぼやきながら刀を抜くと鞘を放り投げた。


そしてサングラスを頭の上へずらすと、きっと目つきを鋭くさせて刀を構えた。


サラもそれを見ていつでもとびかかれるような体勢へ移行する。


二人は互いに見合いながらしばらく沈黙した。


と、その沈黙を破って凛が鞘を言葉を発した。


「ちょっと、物をそこらへんに放り投げないでくださいデース!」


「・・・・・・・・いやあのさ、空気ぶち壊さないでくれる?」


凛は全く・・・・・・・・と言いながらそれを拾い上げて


「ちゃんと腰につけておくデース」


と風魔へ手渡した。


「はいはいわーったよ」


とあしらうように頷きながら風魔はそれを受け取った。


それを受け渡す時、凛はじっと風魔の顔を見た。


「?なんだよ?」


風魔は怪訝な顔をして聞き返したが、凛はそれに答える代わりに口を開いて透き通った声で歌を歌った。


「・・・・・・・・!」


突然歌を歌うなんて、普通の人なら何やってんだと思うところだが凛に限っては違う。これが凛の相手へバフをかける技、『聖花の光』なのだ。凛の妖術は主にこうやって歌を歌い、言霊の力を使って相手にバフをかけたりデバフをかけたりしていくものなのである。


それを受けた風魔の体はぽうっとほのかに赤く光る。


そして凛は風魔の目を真っ直ぐに見ながら言った。


「必ず勝ってくださいデース」


凛は主に支援系担当だからこういう時には役に立つことが出来ない。本当は前に出て自分も戦いたいけど、それが出来ないからせめてもとこのバフをかけたのだ。


風魔はそれを感じ取った。そして珍しく真面目な顔をして前を向きながら言った。


「ああ。勝つよ必ず」


そうしてサラと相対時した風魔はどちらからともなく駆け出すと、彼女の長い爪と彼の刀とが交錯したーーーーーー



所変わって訓練場。


相変わらず紅葉がカーミラを見下ろし、カーミラが見上げながら技を放っては防がれるという構図が続いていた。血液も大量に使用した結果、ジャボジャボと音を立てるほどの量の血液が床の上に溜まっていた。ちなみにこの溜まった血液はのちに紅葉と数名の部下が大変な苦労をして掃除することになるのだが、それはまた別の話だ。


カーミラは片膝をつき、荒く息をつきながら紅葉を睨むように見上げていた。


一方紅葉はあくびをしながらこう言った。


「ふわあ〜ぁ・・・・・・・・もう飽きてきたな」


紅葉は煽るためにこう言ったものの、内心では飽きるどころの話ではなくヒヤヒヤものだった。かなりギリギリの状態でカーミラの技を防ぎ続けてきたので、もう視界が霞んで頭が朦朧としてきてるし、体もあちこちが痛いのをカーミラに悟られないようにしているぐらいだ。だが、こうして見る限りカーミラの方ももうサラに置いていってもらった血液が尽きかけている。ここが正念場だろう。紅葉は気合を入れ直した。


一方カーミラはここで窮地に追い込まれていた。もう血液がないのだ。今まで大抵は少し血液を使って技を放てばそれで事が済んでいた。それがこんなに撃ってもびくともしないのは初めてで、ついに足りなくなってしまったのだ。というか、そもそも血液を操るために必要な魔力ですら底をついてきている。こんなことは今までになかった。


カーミラは怒りと、ある種の畏敬の念を持って紅葉を見上げた。これだけのカーミラ自慢の技を文字通り雨のように浴びて、まだ欠伸なんてしてこちらを煽ってくる余裕すらあるとは本当に底が知れない。


だからこそ、敬意を込めて、この技を使って終わらせよう。本当はこの技はこんな辺境の異界の地で見せるつもりなんてなかったが・・・・・・・・・ここまで追い詰められたらやるしかない。


カーミラはすー、ふー、と目を瞑って深呼吸をした。そして言った。


「わかりましたわ。もうそろそろ幕引きと致しましょう」


紅葉はカーミラの真剣な表情を見て、組んでいた足を下ろして威儀を正し、こちらも真っ直ぐに彼女を見下ろして言った。


「ほう・・・・・・・・面白い」


カーミラは余った血液をありったけ床に溜まっている血の海の上へ撒いた。赤い液体がうねりながら瓶から落ち、音を立てて床の上の血液が更に容積を増す。それはもうすでにカーミラの腰の方にまで届いていた。


そしてカーミラは言葉の意味はわからないが、目を瞑り呪文のようなものを唱え始めた。


「ーーーーーーーーー」


呪文を唱えていくにつれて、床の上の全ての血液が赤く光りを発し始め、カーミラは頬を上気させ汗をかく。


眉間に皺を寄せながらも呪文を唱えていくと、血の海は全体的に波を打ち始めた。血は仄かな赤い光を纏いながら地響きを立てながらカーミラの左右から持ち上がって、蠢き形を変えていく。


やがて全ての血液は収束して、二つの巨大な龍となった。


目は爛々と赤くルビーのように光り、シュー・・・・・・・と口から息を漏らす。二対の真紅の邪悪な龍。彼らが頭をもたげたら部屋の天井は崩れ落ち瓦礫となって床に落ちた。


これでこの訓練場の天井は完全に無くなってしまったので、あとでここの管理をしている部下に紅葉がしこたま怒られることになるのだが、それはまた別の話だ。


第一奥義ファースト


カーミラは口を開いた。


真紅の双龍ツインドラゴン・オブ・ブラッド


これがカーミラの、ギースレーリン家に伝わる六の奥義の一つ。多量の血液からなる二匹の巨大な龍を相手にぶつける技、真紅の双龍ツインドラゴン・オブ・ブラッド


カーミラがこの技を見せたのは今までに一度きりだ。相手に敬意を表しつつ、本気で相手を殺しにかかる時に使う、カーミラ自慢の『奥義』である。


前に使った相手もかなり粘った相手だったが、これを使えば倒れた。今回もーーーーーーー


そう思って、カーミラはふと前を見た。そしてぞっとした。


笑っていた。この双龍を目の前にして紅葉は笑っていたのだ。


「ーーーーーーーッ!」


カーミラは焦った。恐れた。狼狽した。なぜだ。何故笑う。この局面で何故笑うことが出来る。まさかそれはまさかーーーーーーーー


これを食らっても、無事でいられる確信があるということか?


カーミラは頭を振り、浮かんだその恐ろしい考えを振り払った。そんなはずはないこれはきっと、そう、きっと強がりだ。そうに違いない。


「ーーーーーー後悔しますわよ」


「さあ、どうかな?」


余裕綽々の態度を貫く紅葉に、カーミラはギリッと歯を噛み締めると双龍へ命令した。


「お行きなさい!『真紅の双龍ツインドラゴン・オブ・ブラッド』!」


二体の龍は唸りをあげ、目を赤く煌めかせると、恐ろしいほどの勢いで紅葉へ向かって突進しその小さな頭を食いちぎろうとしたーーーーーーー


その時だった。


「なっ・・・・・・・・!?」


次に起こった光景は俄には信じられなかった。カーミラは自分の目を疑った。


今まさに紅葉の小さな頭を食いちぎらんとしたその二体の龍の頭が突然抉れたようになくなったのである。


否、それは抉れたのではなかった。それは元の血液へと戻ったのだ。紅葉の命令によって・・・・・・・・・


紅葉は口を開いた。


「待っていたぞ。この時を」


そう、彼女は待っていたのだ。先ほど思いついた作戦ーーーーーーーカーミラの血の主導権を術で奪って自分のものとしてしまう作戦を行使するタイミングを。


紅葉はずっとこの術を行使するタイミングを伺っていて、今この瞬間にその術を行使したのだ。なぜならこのタイミングで行使するのが一番かっこいいからである。


そもそも、物を操る時、妖術ではどうするかというと必ず自分の妖力をその操るものに染み込ませ、馴染ませることによってそれを意のままに操るというプロセスを通らなくてはいけない。だから紅葉が使うはずだった部屋にある大量の水も妖力を染み込ませてある。


さて、ならカーミラの血液の場合はどうなっているのか。そこまで考えてみた時、紅葉は気付いたのだ。妖術と同じプロセスであると。染み込ませているものは魔力という妖力とは別物の力であるが。それはこの二つの龍が赤く仄かに光っていたのでもわかる。そしてそれは今は紅葉の手によって仄かに光る青い光へと書き換えられていた。


そしてそこまで行けばあとは簡単だ。特殊な妖術でこの染み込んだ魔力を洗い流して紅葉の妖力を新たに染み込ませればいいのだ。紅葉はカーミラに悟られないよう徐々に徐々にこの作業をしていって、いよいよ危機が迫るというところで完全に相手の血の主導権を奪ったのである。ギリギリのところで、というカッコよさを演出するために双龍の顔が目の前まで迫ってきた時には正直言ってちびりそうになったがなんとか成功してよかった、よかったと紅葉はほっと胸を撫で下ろした。


カーミラはこの事実、自分の血の主導権を奪われたというこの事実に気づいて驚愕した。


この血はカーミラが長く貯め込み、そして使ってきた血だ。それだけにカーミラの魔力は強く染み込んでいるのだ。深く強く、それはもうそのものと一体となっていたと言っても過言ではないのだ。


紅葉はそれを洗い流したのだ。しかも同じ『魔力』のよってではなく、異界の全く別物である力によって。


カーミラに悟られることなく秘密裏に。


「化け物・・・・・・・・」


カーミラは生まれて初めて、心の底から恐怖した。汗が顎を伝って、地面へと落ちた。


カーミラはほとんど無意識に、逃げようと足を動かした。だが、それは動かなかった。


「!?」


慌てて足元を見れば、さっきまでカーミラの血だったものが凍りつき赤黒い氷の足枷となって足をとらえていた。外そうにも外せない。そのうちにどんどん足元には血が溜まっていく。


はっとして上を見ると、上には血が仄かな青い光を纏って円柱のようになって浮いていた。上空から見てみればそれは何やら図形やら呪文やらが書かれた西洋でいうところ魔法陣のようなもので浮いていることがわかるだろう。それはカーミラの足元にもあるものであった。


カーミラが足枷を外そうと躍起になっているうちに部屋には冷気が漂いはじめて吐く息が白くなる。そして呪文のようなものが聞こえ始めた。


朗々と幼さを残した高めの声で唄われるそれは紅葉の口から発せられる、ある技を使うための呪文だ。


やがて、その声がやむと、紅葉は笑って言った。


氷葬氷々葬ひそうひひそう


上から、下から、真っ赤な血液がカーミラを包む。


ドドドド・・・・・・・・・と滝のように凄まじい勢いでそれは放たれた。


紅葉は顔を庇うようにして、腕で覆った。紅葉の髪がばたばたとはためく。


下から上から、滝のように凄まじく昇ったり打ち付けたりするその様は、側から見ている紅葉にとって、壮観であった。辺りに漂う冷気の、肌を刺すような寒さも気にならないくらいに。


そして、それが終わると、そこには赤黒く、それでいて透明な壮大な一個の氷の円柱が出来上がった。


紅葉は透かしてみた。するとその中に、確かにカーミラが、まるで妖精のように浮かんでいた。


紅葉はそれを確認して、しみじみと目を瞑って深く勝ちを実感したあと、深呼吸した。そして勝鬨を上げた。


使者王紅葉と、異界の神カーミラとの戦いは紅葉の勝ちに終わったのだった。

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