エピローグ

カーミラが目を覚ますと、そこはどこかわからない見覚えのない部屋の中だった。


異世界人であるカーミラにはわからなかったが、そこは和風の畳の部屋だった。カーミラは布団に寝ていて、服は着物に着替えさせられていた。カーミラから見て足下の方と左側には襖があって、右側には障子がある。カーミラの頭の上にある床の間には掛け軸がかけられていて、彼女には読めなかったがものすごい達筆な字で『医務室』と書いてあった。


「そうですわ。わたくしは・・・・・・・・・」


カーミラは意識を失う前のことを思い出していた。滝のような血液に氷漬けにされたことを。


「そうですのね。私は、負けたんですのね・・・・・・・・・」


カーミラは布団を掴む自分の手の甲を眺めながらポツリとそう呟いた。カーミラがおよそ戦闘において負けたのは初めてだった。およそ500年ぐらいの今までの人生でもなかったことだ。


「・・・・・・・・・」


カーミラは静かに、障子の方をじっと眺めた。障子は陽の光が透けて白く仄かな光を発していた。


ちなみに他の吸血鬼と違ってサラとカーミラは陽の光による影響を受けない。だから今も平気だ。


と、カーミラが布団の上でしばらくぼんやりとしていると、足元にある襖の向こうから何やら声が漏れ聞こえてきた。


「あー、腕が痛え。血っていうのはなかなか落ちないんだよなー・・・・・・・・・・。使いすぎなんだアイツは。まー俺が煽って引き出させたところはあるし、仕方ないか」


そして小さな足音が近づいてきてガラッと襖が開けられた。


そこに立っていたのは長い髪をポニーテールに結い、巫女服を着た小学校4、5年生くらいの小さな女の子。


カーミラが初めて敗北させられた相手。使者王の紅葉だった。


起きていたカーミラと目があった紅葉は少し面食らったようだったが、ややあってにこっと笑うと手を挙げて


「よっ、調子はどうだ?」


と聞いた。


自分で氷漬けにしといて調子はどうだも何もあったもんじゃない。だが、紅葉はそれに気づかないようでにこにこしたままこちらを見ていた。


普通はこんなことをされたら怒るところだろうが、紅葉のこの笑顔を見ているとなんだか毒気を抜かれてしまって、カーミラはため息をついて答えた。


「・・・・・・・・元気ですわ。心の方はともかく体は頗る快調のようですわね」


「そうか。それはよかった」


柔らかい微笑を浮かべながら紅葉はそう言った。戦っていた時の様子は正に傲慢な王といった感じだったが、今ではそんな雰囲気はかけらも見当たらない。カーミラはこれを、敵対している時は徹底的にやり尽くして、降参したあとは待遇良く接するという戦士的な寛容さだと解釈した。実際には紅葉が、キャラを傲慢キャラを徹底することをすっかり忘れていたというだけである。もっとも、あの時は気分をなんとかして盛り上げるためにそうしただけであるので、憶えてたとしてもおそらくやらなかっただろう。


「サラはどうなったんですの?」


「サラ?あああの紫の髪のやつか。アイツは無事だよ」


サラは無事だ。というか、戦い初めて割とすぐぐらいにもうカーミラ敗戦の報は伝えられたので決着が付かずにあの勝負は流れることとなったのだ。だからお互い軽傷ので済んだのである。


ちなみに紅葉もかなりボロボロになったので、服の下とかには包帯とか巻いてたりするが一見したところでは普段と変わったところがない。これは部下の手前、大怪我したみたいな感じを見せて心配をさせたくないという紅葉の配慮である。


カーミラはサラが無事だと聞き、


「そうですの・・・・・・・それはよかったですわ」


と母のような笑顔を浮かべて言った。


「なんかめちゃくちゃカーミラに懐いてるよな、あの子」


「当然ですわ。あの子は私自慢の子飼いの家臣ですもの」


「へー、そうなのか」


さっきまで敵対していたとは思えないくらいまったりとした会話の時間が過ぎていく。障子から落ちた格子状の白く柔らかな光が二人の間を差す。


「さてと、何か欲しいものとかあるか?出来る限り対応するぞ?」


そう言われて、カーミラは自分のお腹が空いていることに気がついた。


「そういえば、お腹が空きましたわね」


「ああ、そうか。ならすぐになんか菓子パンでも取って来させてーーーーーーー」


「ちょっとあなたの血を吸わせてくれません?」


「へ?」


紅葉は目をぱちくりとさせた。一瞬何の冗談かと思ったのだが、すぐにこのカーミラが吸血鬼であることに思い至った。


しかし、血液・・・・・・・・・。


「・・・・・・・それってさ、トマトジュースとかで代用できないの?」


「何ですの?それ。とまと?」


トマト知らなかった。表情からして嘘や冗談で言ってるんじゃなくて本当に知らないのだろう。異界にはトマトがないらしい。ひょっとしたらあるのかもしれないがトマトという名前ではないのだろう。


しかしそうなると紅葉がカーミラに血液をあげなければならないことになるが・・・・・・・・・。


「・・・・・・・・・」


紅葉はちょっと微妙な表情をした。血液を人にあげるなんてやっぱり抵抗感がある。けど、自分のせいでダメージを受けてその回復に体力を使ったんだしなあ・・・・・・・・・という葛藤が顔に出たのである。


紅葉は逡巡した。


「えっと、そうね、血液・・・・・・・・・」


「ダメですの?」


「うっ」


上目遣いで可愛くおねだりされ、元男としての弱いところをつかれた紅葉は、嫌とは言えず


「だ、ダメじゃないけど・・・・・・・・・」


「じゃあいいですわよね。早く吸わせてくださいまし。私もうお腹ぺこぺこで我慢できませんの」


あれよあれよという間に紅葉が血を吸われることになってしまう。


紅葉はカーミラの枕元に座りながら、巫女服を少しはだけて首元を出した。そして謎のどきどきを感じながら


「い、痛くしないでね・・・・・・・・?」


気が動転して変なことを言ってしまった。紅葉は少し気恥ずかしくなりながらもカーミラを待った。


カーミラはすっと近づいていくと、ゆっくりと首筋へ口をつけてく。柔らかく暖かいものが首筋にあたるのを感じる。息がかかる。


「ん・・・・・・・・」


紅葉の口から嬌声にも似た甘い声が漏れた。カーミラは構わずに紅葉の柔らかい肌に牙を突き立て、出てきた鮮血を吸い上げた。


そしてカーミラの中を雷が落ちたような衝撃が駆け抜けた。


美味過ぎたのだ。紅葉の血が。


とてもではないけど筆舌には尽くせないほどの香りと味。舌の上で転がすたびにカーミラの意識は天上へと昇っていく。それは甘美な神のワイン。


飲み下すごとにもっともっと、次から次へと欲しくなる。夢中で吸っていると声がした。


「ちょ、ちょっと・・・・・・・あんまり、吸わないで・・・・・・・・」


どこか艶かしく弱々しいその声に、カーミラははっとした。そうだ。これは紅葉の血液だ。あんまり吸うと紅葉が死んでしまう。


カーミラはようやくかなり名残り惜しい思いを抱えながら唇を離した。あまりに夢中で吸い付いたせいか、紅葉の首筋からカーミラの唇へと唾液が一筋の銀の糸のように細くかかっていた。


カーミラは思わず口元を手で覆って顔を伏せた。紅葉が心配そうに聞いてくる。


「ど、どうした?だいじょぶか?」


「・・・・・・・いえ、大丈夫ですの。何でもありませんわ」


カーミラは口の中の記憶を反芻した。紅葉の血液は今までに飲んだどんな血液よりも美味しかった。それこそ天使や神の血液よりも。


これは単にとんでもなく美味しい血液に出会ったというだけの話ではない。血液というのはその人自身の資質、経験、性格、強さ・・・・・・・・・その人の全てが影響するのだ。その人がどんな人かということは血液の味によってわかるのだ。


それがもし薄くて不味ければその人自身も薄っぺらい取るに足らない人物であり、逆にそれがあっさりとして美味しければその人自身も無欲であっさりとした性格の好人物となる。


辛味が強過ぎて不味ければ怒りっぽくて嫌な人物。まったりとして美味しければ落ち着きがあって深沈とした好人物。などなど、血液の美味い不味いどんな味がするかということにはその人がモロに出るのだ。


それがこれほど美味かった、ということは・・・・・・・・・。


美味しかった、ということは・・・・・・・・・。


「決めましたわ」


「は?」


「私は只今より貴方様の下僕しもべとなることに決めましたわ」


「は?え?急にどうしたの?そんなこと急に言われてもーーーーーーーー」


「いえ、私はもう決めましたの。不束者ですが、これからよろしくお願いいたしますわ。紅葉様」


「え、えー・・・・・・・・」



ということで、紅葉の元に新たな騒がしい仲間が加わったのだった。


そして楓に相談したら「もうその子を将軍にしちゃえば?」と言われてなし崩し的に将軍に決まったのだった。


これで残りの将軍クラスはあと三人となったのだった。

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友人キャラ、敵の女幹部に転職しました。 オオサキ @tmtk012

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