5/22~5/27 白口
5/22
前を歩く褐色の広い背中を眺める。
こちらの長剣は預けた。手跳の方は隠し持つ。そもそもこれの存在はナナフシにも教えていなかった。もしものためだ。具体的にどういう状況を想像しているわけでもないが。
戦士の目線の移動は少ない。ぼんやり全体を視野におさめながらそれ以外の感覚も使って状況を把握している。長年、密林で暮らしてきたたまものだろう。ちょっとマネできない。
名前を聞いたところ戦士は貫と名乗った。ただしナナフシが言うにはそれは本名ではないという。
代々引き継がれる称号のようなものらしい。戦士となったものの真の名を呼ぶことは、親兄弟及び長老にしか許されていないそうだ。
大崩壊によって地域は細かく分断された。同時に気象兵器の濫用により環境はモザイク状に入り乱れた。交流が再開したころにはすでに隣接する地域でまったく異なる文化がはぐくまれていた。
依然として閉鎖している地域もあるとの話も聞くが、さすがにそれは伝説にすぎないだろう。
5/23
白口の村に到着する。ナナフシも名前は知っていたが訪れたことはないという。
着いて早々に長老と会談することになった。
南方に散発的に存在する村はいずれも単一の氏族によって構成される。あるいは村を構成する人員の単位を氏族と呼んでいる。
村と村の間で婚姻がなされることもあって、それによって村同士に紐帯が発生する。近隣の村同士は大抵それなりに連絡を取り合っている。
村の中で発言力を持つのは主に長老とそれから戦士だ。彼らは互いに独立しており時に牽制しあう。表立って対立することは滅多にないそうだが。
要するに戦士が必要と判断すれば、もろもろの手続をすっ飛ばして長老と接触することは難しくないということだ。
ゴザの上にあぐらをかいた老け込んだ男は上から下までこちらをじっくりと眺めまわしてから、来訪の目的を聞いてきた。隠すこともないので正直に答える。
5/24
3日間、白口の村に留め置かれることになった。
といっても監禁されて自由を奪われるわけではない。村の中を好き勝手に歩き回ってかまわない。
恐らく検疫のようなものだ。長老や戦士だけでなく、村の人それぞれから人柄を判断されている。
南方に危険をもたらすものか否か。
その結果によっては追放、最悪の場合排除される可能性もあるという。そのようなケースはここ100年ないと長老は笑いながら言っていたけれど。
都合のいいことだ。こっちはこっちで好きにやらせてもらうとしよう。向こうがこっちを値踏みする代わりに、こちらも向こうの状況に探りを入れる。
目に見えて明らかな異常は起こっていない。けれども水面下でかすかに張りつめている。冒険者なりのカンとしか言いようのないものだが。
5/25
広い紫の葉の上に、ぶつ切りにされた縄蛇と蝕根の混ざり合ったものが、盛りつけられている。南方特有の香辛料が使用されているのか、鼻の奥で渦巻く独特の風味がある。
南方の典型的な肴だという緑力葉を木の実酒でもって味わう。この木の実酒を煮詰めて濃くしてやれば燃望酒になるらしい。
ナナフシはナナフシで村内をまわって町でも受けそうな食材を探していたという。それでひとつ試食を頼むと俺のところにやってきたわけだ。
結論、好みがわかれる。
南方の連中は皆、喜んで食っているが、俺は舌に残るネトっとした甘みが最後まで慣れなかった。町で出しても大多数に受けいれられる味ではない気がする。
まだ南方にやってきたばかりだ。もっと町でも受けそうなものが見つかるかもしれない。俺の意見を聞いてナナフシは緑力葉について一旦保留とする。
木の実酒は薄い酒だがのんびりだらだらと楽しむにはちょうどいい。村の人間とゆるゆると時間をかけて飲みあかす。
5/26
貫とともに森を歩く。ナナフシは村で食材探しをつづけている。
昨夜飲みながら聞いた話。なんでも近頃、森の中をあやしい連中がうろついているそうだ。
大きな黒のリュックサックを背負って、そのリュックからは銀色のアンテナが突き出しているという。うん、確かにあやしい。
恐らく北の人間だろう。確証はないがよくわからない機械類を持ったよく見慣れないよそ者ときたらほぼほぼ北と思って間違いない。
はっきり言って関わりたくない。北は行動原理が見えないし、遺物をむやみに取り扱うせいで被害範囲が大きい。
こちらの知らないうちに巻き込まれる可能性が高い。対策としてはなるべく距離をとるぐらいしかない。
あくまで根拠のない推測だと断ったうえで、そのあたりのことを貫に伝えた。眉根を寄せて難しい顔をしていたが、どう考えるかは彼次第であってそこまでのことはこちらの知ったことではない。
5/27
検疫期間が終わる。特に問題なし。
無事解放されたついでに赤青黄の紐を複雑に結び合わせた首飾りをもらう。友好の証でこれがあれば白口とつながりのある村では留め置かれることは今後なくなるという。ありがたい。
返礼と言ってはなんだが売り物のつもりで持ってきたナイフを一本渡す。何の変哲もない代物だが貫は子供みたいにはしゃいでいた。やはり贈り物は喜んでくれる相手にするのが一番だ。
ナナフシの荷物は増えていない。いくつか食材の候補は見つけたがどれも決め手に欠けるそうだ。他の村をまわって何もないようなら帰りにまた白口によって買いつけたいとのこと。
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