6/4~6/12 故郷

6/4

 赤口を発つ。

 ともに大きな収穫はなし(比後のじいさんの話は信憑性に欠ける)。

 連日飲みすぎたせいで足は動くが、頭が働かない。よくわからないままに進む。


6/5

 徐々にアルコールが抜けてきた。南方のパワーバランスについて考える。

 単純な力でいえば中部接近域が海岸域をわずかに上回る。ただし秘境域が海岸域に味方すればその差は簡単にひっくり返るだろう。

 あるいは外部勢力と結びつく可能性もある。内輪の揉め事に外からの力を招き入れて不幸なことになった事例はいくらでも見つかるけれど。

 当事者は過去を知っていても自分が同じ失敗するとは考えないものだ。


6/6

 南方勢力問題についてナナフシに意見を聞く。身内の問題だからと言葉を濁されるとも考えていたが、あっさりと教えてくれた。

 確かに若年層の中には外への関心が強いものがいる。外に出て働いている自分もその1人に数えられるだろう。そうした考えの行きつく先の1例として南方統一はあるかもしれない。

 けれどもそのために外部勢力を引き入れることは考えにくい。接近域にしろ海岸域にしろ正面からの衝突を好むはずだ。その結果が敗北であればただ自分たちが弱かっただけのことである。

 なるほどそんなものかと思う。納得できる部分はある。


6/7

 緑叢にたどり着く。海岸域に含まれる、ナナフシの故郷だ。

 到着早々、熱烈な歓迎を受ける。ナナフシの帰還、ついでにその友人である俺の来訪を祝して、宴会が開かれた。これまでの村ではなかったことで少し驚く。

 海岸域の名の通りに海が近い、波の音がかすかに聞こえる。まただされた料理も魚介類が中心だった。あれほどの大きさの泥角魚を食ったのは初めてのことだ。

 飲んで騒いでそのまま眠る。


6/8

 ナナフシの家族に挨拶する。実のところ昨日の宴会の時に会っていたのだが、今度は正式な手順を踏んで家に招かれる。

 まず俺が槍を持って歩いてくる。その槍を家の前の地面に突き刺す。突き刺した槍が抜けないという演技をする。そこに家主が現れて困った旅人を家へと招き入れる。

 理解しがたい風習だがなんらかの意味がある、あるいはあったのだろう。

 父母兄弟全員、ひょろ長い背に伸びる手足とナナフシに似ていた。南方の中でも、海岸域の中でも、緑叢の中でも、それは特徴的な容姿だった。

 彼らがその理由について語らない以上、こちらから聞くのはやめておいた。関係が壊れるリスクを不必要に負わなくともよい。


6/9

 砂浜にてナナフシとサシで飲む。いつか話に聞いた色とりどりの魚をつまみにして。焚火の爆ぜる音を聞きながら、薄甘い木の実酒でゆっくりゆっくり酔っていく。

 旅の延長を打診される。目的は秘境域への侵入。

 店の方はそこまで期限を気にしなくてもいいとのこと。むしろ機会があるなら突っ込んでけというのが店主とナナフシで共通の意見らしい。

 帰って次の仕事が決まっているわけでもなし、あっさり引き受ける。

 こちらとしても秘境域について知っておきたい気持ちもあった。南方情勢を探るといっておきながらそこを見ないで帰るなんて片手落ちもいいところだ。


6/10

 秘境域の何が秘境か?

 森の中に住むといっても接近域・海岸域の人間は、切り拓かれた平野部に集まって村を形成している。対して秘境域は同じ森でも起伏の激しい山中に位置するため、森林内にそのまま暮らしているという。

 侵入経路も限られている。

 陸路または水路を使えば接近域・海岸域に他の地域から侵入することは可能だ。一方で秘境域に入っていくには必ずいずれかの南方域を経由する必要がある。

 森の中に道はない。あってもすぐに消えてしまう。秘境域へと立ち入るのに確立されたルートは知られていない。常日頃からその土地に生きるものでなければ迷うは必然だ。

 1日かけて案内人を探す。


6/11

 線外はもとは森の戦士であった。今は農夫で日々畑の世話をしている。

 現役時代はちょくちょく秘境域にも足を伸ばしていたそうだ。実際彼の妻は秘境域の人間であってそこからかっさらってきたのだという(比喩であって犯罪を行ったという意味ではない)。

 持ってきていたナイフ5本でなんとかガイドを引き受けてもらう。ただし奥さんの出身集落に送りつけるまでで、その先はこっちで勝手にしろという話だ。

 別れて後、ナナフシに信用できる人物なのか尋ねる。昔から知っているがおそらく問題ないだろう、だいたい狭い村で詐欺なんてやらかしたら生きていけないとのこと。


6/12

 緑叢を出発する。

 到着時に比べて送別は非常に簡素だった。何かを期待していたわけではない。そういう文化なんだろう。

 ナナフシも家族と涙ながらの別れを演じている、とかそんなこともなかった。村の出口に向かって歩いていたら、ちょうど通りがかった弟が手を振ってたぐらいだ。

 まあ秘境域に入ってから再びこの村に戻ってくる可能性もあるわけだが。

 現時点で決まっているのは線外の案内で黒肝に行くところまででその先どうするかは完全に未定だ。別ルートで秘境域から脱出することも十分にありうる。

 道筋は秘境域で得られるガイドとそれから収穫次第といったところか。南方の奥地までやってきてとてつもなくいい加減な旅をしている。

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