6/13~6/18 秘境
6/13
線外が現役であったのは20年前の話。ナナフシも当時のことはほとんど覚えていない。たったひとりでどでかい猪を村にひきずって帰ってきた記憶だけうっすら残っていると話してくれた。
といってもその後の大宴会で食った猪肉の話の方にナナフシの感心のほとんどは向けられていたわけだが。まさしく三つ子の魂百までといったところか。
とっくに引退した老戦士の足取りは驚くほど軽い。体力だけで言えば決してこちらも負けてはいないはずなのに。気を抜くと置いていかれそうになる。
密林の中をすいすいと進んでいく。まるでそこに道があるみたいに。あるいは彼が道を作ってくれている。俺とナナフシはその後をついてくだけでずいぶんと楽ができた。
6/14
森を歩きながら森を歩くコツについて線外に尋ねてみれば「そんなもんねえよ」と一蹴される。
いやいやこんだけ動きが違うのだから何かあるだろと食い下がったところ訥々と彼は語ってくれた。
「しいて言うならば――線を引くな、自分と外の世界の間に。この自分の皮膚の内側と外側が連続してると考えるんだ。そうすると感覚できるものの範囲が拡大する。どこに足を動かせばいいか見えてくる。何言ってるのか、わかんないって顔してるな? その通りだ。何言ってるのか、自分でもわかんない。でもこれが言葉にして表現できる精一杯なんだ」
悲しそうに線外は笑った。彼の言うように何を言ってるのだか俺にはわからなかった。
秘伝書に隠された究極の奥義だけさらりと教えられた感じ。それだけでわかるはずもない。
けれどもいつか役に立つときが来るかもしれない。頭の片隅にでもしまっておくことにしよう。
6/15
どこからどこが秘境域とはっきり決まっているわけではないが、だいたいこのあたりはすでに秘境域とのこと。確かに言われてみれば感覚的に植物体の濃度が上がった気がする。
それでも線外のリズムが崩れることはない。剣鉈でつるをはらってとりのけて踏み込み進んでいく。なんてことない作業に見えるがそんなことはない。
例えば俺がそれをやってみようとすれば初手でつまる。あんなに鮮やかには切り払えない。
6/16
食事の質も変化した。
ナナフシはそのあたりに手を伸ばしてとれたものをそのままスープにぶちこんでいる。木の実やらあるいはちっちゃなカエルやら。
見た目は時にグロテスクだがうまい。料理とも言えないようなあんなものがうまいなんてふざけていると思う。けれどもうまいものはうまいのだから仕方がない。
一説によれば南方秘境域を中心にあらゆる生命は噴出したと言われている。俺もそんな話を信じてるわけじゃない。が、その底力をがつんと味あわされた、ような気がした。
6/17
朝方出発しようとしたところで線外からいきなり話を切り出される。
「集落までだいたい2日ってところか。あとはまあお前ら2人だけでもだいじょうぶだろ」
こんなところで放り出されても困る。詳しく話を聞いたところ渋々といった感じで彼はおしえてくれた。
「個人的な事情で悪いんだが、あそこの村に入ったら最悪俺は殺されるかもしれん。若気の至りでずいぶんと無茶をやったせいでな。一応双方悪かったってことで水に流す形になったんだが、今会ったらまたぶり返す可能性がある。ってことですまないがここまでだ、じゃあな」
解決したといってもむやみに顔をあわせない方がいい関係というのはある。残りの日程は2人で問題ないという言葉を信じてその場で別れた。
6/18
「力を示せ」
昼過ぎ、木々をかき分け歩いていたところ、全身刺青の目つきの悪い少年が頭の上から降ってわいた。
こちらの戸惑いに構わず少年は標準的なファイティングポーズをとる。ナナフシを後ろに下がらせてから俺も同じように構えた。
俺の方は武器を持っていたのだが相手に合わせて徒手空拳。殺し合いがしたいわけじゃないんだからこれでいいだろう。
知らない相手と戦う際、選択肢は大きく分けて2つある。相手が力を出す前に潰すか、それとも相手の力を見極めてから潰すか。
好奇心が勝つ。秘境域の人間がどのような戦い方をするのか見てみたかった。ひとまず見の姿勢に回る。
足場ははっきり悪い。ぬかるんでいる。下手に踏み込むとはまって身動きがとれなくなるかもしれない。向こうも慎重に動くか――と考えていたところ少年は勢いよく飛び出してきた。
右側にあった大木に飛びつく。それを蹴ってさらに高い場所へと飛び上がった。
足場が悪ければそこを離れて空中で戦えばいい。言われてみれば単純なことだ。決して簡単にまねできることではないが。
少年は木と木の間を飛び移って立体的に機動する。目で追ってはいけない。大きな隙をさらすことになる。集中しろ。
視界の端にその姿を捉える。すでに間合いの内側に侵入を許していた。右の拳が顎めがけて飛び込んでくる。ぎりぎり間に合ったといったところ。
歯を食いしばってその一撃を耐える。一瞬でも気づくのが遅ければやられていた。耐えながら反撃、みぞおちに拳を叩き込んだ。
少年の体がくの字に折れた。
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