4/3~4/10 案陽市

4/3

 案陽市の大教会はだいたい街の中心地にある。

 位置だけ見れば東にも西にも属してないわけだけれど、そこは経済的支援とかなんとかの絡みでどうしても東寄りになっているきらいがある。

 ので西地区の方をぶらぶら歩いてみることにした。

 行商人のおっさんの紹介もあって宿は東にとってたが、もとより冒険者、多少荒い地域の方が肌にあっている。なんとなくうまいものを出してそうな店にふらりと入る。

 正解。小汚い定食屋だがその気取らない味付けが心地いい。甘辛鹿肉の串刺焼に貪りつきながら周囲の話に聞き耳を立てる。

 本格的な衝突が近い。普通にぶつかれば西地区が武器の差で負けるがなにやら秘策あり? いずれも噂程度の話で明確な根拠はなし。

 調査を早めに切り上げて案陽市から去るのを検討。


4/4

 早めに帰る決心をしたので教会にその話をしに行ったら1日だけ待ってほしいと言われた。

 なんでも返信の内容を決めるのに話し合う必要があるんだそうだ。

 こっちが急に言い出したことなんで承諾する。出発は明日に延びた。

 最後の夜ということで飲みに出かける。昨日西地区をぶらぶら歩いて見つけたよさげな店その2。

 真っ平茸にかぶりつきつつ木肌を飲んでたら変な男に絡まれた。

 西地区の人間ではないやつ、おそらく案陽市の人間ですらないやつ。

 ひょろりと背が高くて手も足も長い。鉄丸を1杯おごってくれたあたりいいやつではある。

 俺が頻繁に教会に出入りしているのを知ってて近づいたのかどうか、そのあたりはっきりしない。


4/5

 手足ひょろなが男、通称ナナフシの正体がよくわからなかったので、そのまま教会に話す。

 すると正式な依頼を受けて、ナナフシからの接触を待つことになった。

 つまりはさらに予定変更で案陽市にとどまって飲み屋で飲んでいろということだ、人の金で。

 こんなにいい依頼はなかなかない。素直に受けて今日も昨日の飲み屋に出かけた。

 ナナフシは現れなかった。

 しかしすぐに現れてもそれはそれでこっちとしてはただ酒にありつけなくて困るので、まあ教会が諦めないいい具合のところで接触してきてくれたらうれしい。


4/6

 3日連続同じ飲み屋で飲んでいて店主ともすっかり顔なじみになる。

 しがない冒険者風情が連日飲み歩いてるなんて怪しいと思われかねないので、近頃おおものが取れて余裕ができたんだと、酔ったふりして盛大に自慢話をぶちかましておく。

 店主は酔っぱらいの戯言だと半信半疑の様子だったが、無理を押して説得するほどではなかったので、そのぐらいでとどめておいた。

 それにしてもさすがはこのあたりの中心都市といったところで、町ではなかなかお目にかかれない食材にひょいひょい出くわす。曲がり猪、電燈海月、赤蝮、泥芋に神納退き、合唱麺なんてずいぶんと久々。

 ただし肝心のナナフシは現れなかった。


4/7

 くたびれた。今日はもう寝る。


4/8

 昨日の話。いつもの飲み屋で飲んでたら外から急に爆発音が聞こえた。

 とっさに飲み屋を飛び出して見に行ったら、教会の外壁がぶっ壊れた上そこらに腕やら足やら人間の肉片が散らばってた。

 かろうじて生きてたやつを見つけたので応急処置しつつ、周辺にいた人に教会関係者を呼んでくるように頼む。

 近所で起きたことだったんで意外と早く神官がやってきてそのまま仕事は引き継いでもらったがどっと疲れて、昨日は帰ってすぐ寝た。

 そして今日の話。その後どうなったのか教会に話を聞きに行く。

 東地区と西地区の若い連中が衝突、その際にどちらかの陣営が持ってた『遺物』が暴発した可能性が高いとのことだった。それがどんなものであったのかは詳細不明。

 その場で急遽依頼を受けて町の教会に今回の件を伝えることになる。さっと準備を整えて案陽市を発つ。ひとまず山並街道を下っていく。今日は野宿。


4/9

 街道沿いの宿屋で硬いパンをかじっていたところ声をかけられる、ナナフシ。

 待っていた時には現れなくて、待ってない時には現れる、変な男。

 飯を食いながら話したところ彼の名は鉄肌で流れの職人だそうだ、どうせ嘘だろう。俺と同じ頃に案陽市を発って、偶然にも目的地も同じ町だとわかる。やはり怪しい。

 話の流れで知らない間柄でもないし同行しないかと誘われる。

 こちらは何か重要な荷物を持ってるわけでもなし、何かあっても自分一人ならなんとかなるだろうと考えて、その誘いを承諾する。

 奇妙な道連れができた。


4/10

 ナナフシは大きな荷物を大事に背負っている。

 それはなんだと訊いてみたところ、秘密の仕事道具だから人には見せられないと笑いながら言われた。

 直感が「まちがいなく怪しい」と告げているが、同時に「関わり合いになるな、危ないぞ」とも騒いでいる。

どうしたもんかとぼんやり考えながら街道を歩く。

 何かの権限があるわけでもないし、依頼を受けているわけでもない。つまりは俺には積極的に動く理由がない。

 けれども彼が相当の危険人物であった場合、ここで急所をがっつりおさえておくのは悪くない。

 いろいろ考えて気づいたのは自分はやらない理由の方を探しているということだ。つまりは別段強めにナナフシのことを疑っているということではない。

 いっしょに歩いてそこまで悪い人間ではないだろうとわかった、まああやしい人間だというのは変わってないが。ひきつづき要観察で。

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