6/25~7/2 疲労

6/25

 "それ"は簡単に言えば黒い立方体だった。光沢はない。大きさはちょっとした小屋ぐらい、目測でだいたい2M×2M×2Mといったところ。

 秘境域には道がないようで道がある。少なくともそこに住む人間たちは決まって同じところを通っているようだ。外部からやってきた俺にはその道がどう走っているのかいまいちわからないけれど。

 "それ"は道からはずれたところにあってかつ全体が苔むして周囲と調和していた。そのために長年発見されることがなかったのだろう。あるいは発見されたことはあったのかもしれないが、少なくとも強く興味を持って"それ"を調べようとした人間はいなかった。


6/26

 しっかり周辺を調査して、さらにぐっすり休んで体調を整えた上で、本丸に攻勢を仕掛ける。

 表面に触れたところはっきりと拒絶された。全身に走った軽いしびれと頭の中で鳴り響く警告音! 非言語的ではあったがそのくらいは理解できた。

 ナナフシと斬の2人も接触したが似たような結果に終わる。残念。


6/27

 ナナフシと話し合ったところ、"それ"は遺物の一種であるということで意見が一致した。要するになんなんだかよくわからないもの。崩壊前文明の遺産であり私たちの生活にとてつもない祝福あるいは厄災をもたらしかねない何かだ。

 とりわけ目の前にある"それ"については大きさの分、広範囲に影響を及ぼすものと考えられる。下手に触って目覚めさせるのはまずい。

 だったらどうすればいいのか? ――結論、放置。

 むやみに遺物を起動させたがる北の人間に見つかるとまずいが、移動させるのも難しそうだし、かといってずっと監視しておくわけにもいかない。幸い人のほとんど立ち入らない秘境域の奥地である。何も見なかったことにしてその場を去る。


6/28

 黒肝に戻る。なんだかくたびれた。

 ナナフシも同じ意見だったようで「そろそろ諦めて街に帰りますかね」なんて言い出した。こちらとしては特に異を唱えるところはない。

 ひとまず帰りの体力を養うべくだらだら過ごした。そうやって2、3日休んでいられる程度にはこの集落には歓迎されている。


6/29

 昼過ぎ、ずるずる麺をずるずるとすすっていたら、ナナフシが片手で丸い木の実をつぶしていた。

 いったいそれはなんなんだと聞いたところ「名前は――なんでしょうかね、そういえば知りません。みんな木の実って呼んでます。ただこうして潰すと味が途中で変わって飽きないんですよ」と言った。

 ためしにひとつもらって潰して入れてみたら強い香りと舌先にぴりぴり来る感触があって確かに味が少々変化していた。おもしろい。

 これは南方でも珍しい食材なのかと問えば、「こんなの南方ならどこでもありますよ。めずらしくもなんともないです。街の方では全然見ませんけど――」と答えながらだんだん語尾が薄れさせていった。

 ナナフシは10秒ほど何やら考え込む顔をしてそれからいきなり立ち上がると「これだ!」と叫んだ。どうやら目的のものは見つかったようだった。

 よくよく聞けばこんな秘境域まで来なくとも手に入るものらしくて無駄な労力をかけたと嘆いていた。その点についててはまあすぐにはわからないがいつかそのうち何かの役に立つ経験が得られたとでも思うしかあるまい。そういうものだ。


6/30

 ぎりぎりのところで目的を無事達成して何一つ思い残すところなく平穏な気持ちで帰路につく。

 斬にも何か別れ際にプレゼントしたかったが道々ナイフを渡してったせいですっかりそれらはなくなっていた。しかたがないので考えに考えた末、自分が普段使っていた短剣をやる。南方を出るのにあと数日、まあなくても大丈夫だろう。

 斬はひどく喜んで早速森へと飛び出していった。やったかいがあるというもの。


7/1

 蔦を握って崖を降りる。斬に近道だと教えられたがまさかこんな道だとは思ってもみなかった。

 事前にしっかり確認したところきちんと強度はあるようなので、腹をくくってゆっくりと降りていく。半日かけてようやく下の地面に降り立ったときにはひどく安心して、足裏に揺るがない大地の触れていることのありがたみを実感した。

 そこからちょいと歩けばすぐに川の流れるところに出くわす。川岸にて野宿。


7/2

 川をさかのぼって見つけた木念軍の川小屋にて帰りの舟を手配する。

 都合のいいことに、ちょうど上り用の舟とそれを操作できる船頭がいるよということで、それに乗せてもらうことになった。紹介されたのは髭面の肌の黒い恰幅のいい男で、どこかで見たことがあるなと思えば他でもない、行きの舟を動かしていた源大祐その人だった。

 お互い生きていたのかと固い握手を交わせば、源大祐はどうせこれから腐るほど時間はあるのだからと、挨拶も早々にぶるんぶるんと風啼に活を入れると舟を発進させた。

 当初の予定では20日ほど滞在するはずだったのが、依頼人ナナフシの希望により伸びに伸びて、最終的にその2倍の40日ほど、秘境域を含めてあちこちうろつく羽目になった。その長い旅もようやく終わろうとしている。

 ――さらば、南方!

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