5/16~5/21 川舟

5/16

 川の旅は退屈だ。ゆるゆると舟に乗って流れてくばかりで代り映えしない。

 もちろん1日中舟に乗りどおしというわけではない。夜は河岸でテントを張って眠っている。

 それでも起きている間はずっと河岸を眺めているばかりで、こちらも何もかもに驚きを覚えられるほど若くはなくて、2日目ともなれば飽きてきた。

 船頭と話をする。名前は源大祐。

 ベテランで長いこと変睨川で船頭をやっているそうだ。下手をすれば彼の人生において、地上で生活する時間より、水上で揺られている時間の方が長いという。

 どっしり構えて少々のことには慌てない。風と水の流れにまかせてゆっくりゆっくりと川を下る。

 生活そのものが鍛錬なのだろうか。体幹がしっかりしている。隙が見当たらない。


5/17

「世界には人にはどうすることもできなうねりが存在する」

 源大祐は言った。あるいはその通りかもしれないと俺は思った。

「すべてがすべて流されるままというわけじゃない、確かに意志を通せる部分はある」

「けれどもその人間によって干渉できる部分というのは、全体に対してさほど大きな割合を占めていないでしょう」

 ナナフシは静かに流れる景色を眺める。大きな岩が川の真ん中に突き刺さっていた。

 流れはそこで一旦分かれて、けれどもすぐまたひとつになる。人間にできる選択というのも無数にあるように見えて結局は同じところに行きつくものでしかないだろう。

「それでもちっぽけな俺たちにとってはそれが大きな影響を与えることだってあるかもしれない」

「あまりに複雑すぎて到底読み切れないところだな」

 俺の言葉にもぐもぐと源大祐は付け加えた。その目は舟の進む先を見ているばかりで、その中でも何に焦点を当てているのやら、傍からではわからない。

「流れ流れて流されながら、流れの中にて自分の意志を見つけて通せ」


5/18

水の底にたまっている

落ちて沈んでたまっている

だれかがそれを見つけるだろうか

だれもそれを見つけることはできない

ずっとずっと昔の話

まだ世界に水が流れていなかった頃の話

神様は言いました

大いなる水の塊は語りました

空気は徐々に湿り気を帯びる

風は速度を落として体にまとわりつく

水は静止へと向かう

完全に止まってしまうことは決してありえないとしても

だれかがそれを止められるだろうか

だれも止めることはできない

時は流れる

同じところをぐるぐると回っている

夏が来た

いつかまた終わる夏が来たのだ


5/19

 南方に到着、源大祐と別れる。

 帰りもまた源大祐に会うかもしれない。また別の人に頼むかもしれない。

 後者だとすればもう二度と源大祐に会うことはないだろう。そんなものだと源大祐は笑うに違いない。

 船頭という人種は皆、似たような哲学を抱えているとも考えられる。あるいは冒険者たちもまた一定の類似した思考回路を持ち合わせているのだろうか。

 それらは内側からでは見えにくいことなのかもしれない。

 徒歩による探索を開始するあたって装備を変更。南方のほとんどは森である。

 といっても町周辺とは植物の濃さが違う。生命力にみちあふれている。

 暑いといっても半袖はまずい。南方生物は危険だ。

 ナナフシは南方出身ではあるがその全域に詳しいわけではない。ぼんやりとしたあてはあるといった程度。


5/20

 森を進む。腐った草木の降り積もった地面はやわらかくて歩きづらい。体に絡む空気が不快だ。

 南方に生息する生物でもっとも注意を払うべきは毒を持ってるやつらだ。ほんのすこしの接触でも甚大なダメージをもたらしてくる可能性がある。

 幸いないことに彼らは自らが毒を持っていることを、その派手な色合いでもってアピールしてくれている。それは南方の豊かな森の中にあっても目立って、見つけやすい。

 金泥蛙はその名の通りに金ぴかに光っている。彼らにとって毒とは攻撃手段でなく防御手段だ。

 向かってくる敵を倒すためのものでしかない。だからこちらからそのテリトリーに踏み込むことがなければ、その毒の餌食になる可能性は格段に低くなる。

 人間の方でも何か『自分たちは危険だから近づくな』という信号を出した方がいいのだろうか。けれどもそうすると今度は別のやつらに目をつけられることになる。厄介なものだ。


5/21

 ナナフシは歩きながら虫を食っている。おやつ感覚でちょこちょこつまんでる。

 そういう習慣が身についていて特に意識せずやってるという。南方から出てきてはやってなかったというが、帰ったら自然とその動きが復活してたそうだ。

 そんな彼の住んでた集落をひとまず目ざして3日目。まだ日の高い時間帯。

 不意に気配を察知する。動物でない。同じ人間だとわかる。それといっしょに相手の方がこちらの存在に先に気づいたことも察せられた。

 小声で相談。おそらく相手は森の戦士でむやみな敵対は危険だという個人的な判断を伝える。

 ナナフシもそれに同意で、こちらに敵対の意志はないと示すことになった。武器は抜かずに緊張も解く。

 やがて半裸の男が現れた。筋骨隆々で褐色の肌には赤で幾何学模様が描かれている。

 手には武器らしきものは見えないが、南方では鉄器を入手することが難しいため、彼らは徒手格闘に習熟していると話に聞いたことがあった。

 ナナフシが急いで自分の所属する村の名前と本名を告げる。戦士の警戒態勢は緩んだようだが、完全に信用してはいない様子だった。

 そういうわけでその指示に従い彼の住んでいる村へと連れていかれることになった。

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