中堅冒険者の日記帳

緑窓六角祭

3/17~3/26 日記帳

3/17

 まっさらなノートを拾ったので日記をつけることにする。

 特に何かはっきりとした目的があるわけではない。

 近い未来に後進の冒険者が参考にすることもあるだろう(反面教師としてかもしれないが)。

 あるいは遠い未来に歴史の研究に役立つ可能性だってある(たいしていい紙ではないのでそこまで長くはもたないけど)。

 どっちにしろ俺の知ったこっちゃない話だ。気にせず気負わず書きたい。


3/18

 ぶらぶら歩く。

 適当になじみの店に顔を出すが、特に緊急の依頼はないという。

 冒険者としてはそこそこで、そこそこの蓄えもあるから、ぎりぎりところで生活しているなんてことはないけれど、何日も仕事しないでいられるかというとそんなこともない。

 休んでばかりではどうやってもカンが鈍る。

 まあ今日は休みの日で鍛冶屋のじいさんと世間話してたら、客も来ないので早めに閉めることになって、そのまま下宿近くのごった煮屋で飲んだ。


3/19

 教会の方に顔を出すとその場で教導を頼まれた。

 あまり割りがいいとは言えないが、慣れた仕事なんで二つ返事で引き受ける。

 冒険者になりたてのガキどもを連れて近くの森に出かける。周囲に気を配りつつ薬草採取、特に問題もなく終了した。

 先走らずこちらの話をきちんと聞いてくれるタイプの子らで長生きすることはできるだろうなと思った。冒険者として大成するかどうかはまた別の話になるが。


3/20

 簡単な依頼、ずた豆一袋を運ぶ。

 大崩壊の前には町と町をつなぐ交通機関があったというがそんなものは全部ぶっこわれた。一部どこかに残っているという噂も聞くが行って確かめたことはない。

 途中、川の曲がったあたりで不穏な気配を察知したので、無理せず遠回りの道を選ぶ。

 野犬の1匹程度なら追い払えなくもないが、出会わないに越したことはない。

 完全に日の落ちてしまう前にぎりぎり隣町までたどり着いた。

 明日はこのままこっちの町で仕事を探す予定。


3/21

 同じく仕事で来てた山火と偶然出会って飲む。

 最近日記をつけているのだと話すと「お前も年を取ったな」と言われる。

 日記をつけるのと年を取ったことに何の関係があるのかわかるようでわからなかったが、わからなくもなかったのでその場では何も言わなかった。

 山火はひとしきり笑ってから「まあそれをおもしろそうだと思った俺も年を取ったんだな」と言った。

その場で別れる。次に会うのはいつになるのか知れない。


3/22

 ぼろい台車を見つける。修理すれば十分使えるだろう。

 安値で引き取ってから応急処置だけして持って帰る。

 ついでに案陽市の方が何やら騒がしいという話を聞く。要するに情勢が不安定なようだ。

 何かと込み入っていてはっきりとはわからないが、あそこはこのあたりの中心だから揺れるといろんなところに影響が出てくる。

 詳しく知るためにも一度現地に出向くべきかそれとも君子危うきに近寄らずか迷うところ。


3/23

 台車をずるずるひきずって帰る。用心して行きと同じ回り道をする。

 大抵の場合そうした用心は空振りに終わるものだが万一ということはいつだってある。

 長生きしたければそうした用心を常に積み重ねた方がいい。もっとも長生きしたいのなら冒険者になんてなるもんじゃないが。

 夜になってから町に入る。くたびれたのでかるく飯を食ってこうして日記をつけたら即寝るつもり。


3/24

 台車の修理で一日が終わる。

 結局鍛冶屋のじいさんに手伝ってもらった。次に飲むときは俺がおごるとしよう。

 これで安全で舗装のしっかりしてる道なら大量の荷物を運べるようになった。いつでもどこでも使えるわけではないがそれなりに使い道はあるだろうと考えている。

 冒険者の仕事ではないと言われそうだがものを運ぶというのは案外今の時代危険なことなのだ。俺たちのような人間に頼んだ方が安くつくことは結構ある。

 まあ確かにこれが冒険の本筋では決してないわけだが。


3/25

 ごった煮屋で姫とメイドに会う。それは姫とメイドとしか言いようのない2人組だった。

 おもしろそうなので話を聞いたところなんでも役割から逃れる旅に出ようとしているらしい。

 悪者にさらわれて勇者に救い出されて幸せな結婚をして平穏に暮らすという役割。

 大変だなあと思わずつぶやいていた。その言葉は姫に向けていたのかそれともそれに付き合うメイドに向けていたのか、いまいちはっきりしなかった。

 俺は自分の役割を果たしているのか、それとも外れているのか、考えたこともなかった。そしてそんな考えはすぐに忘れてしまうのだろう。


3/26

 薬草採集がてら周辺の森を探索する。なんだか雰囲気がぴりぴりしていたから。森の空気を確かめるのが目的で薬草採取はついで。

 浅いところで銀目兎に遭遇、すでに互いの間合いに入ってたので、とっさの判断で首を切り落とした。

 探索は切り上げて薬草は薬草屋に、肉は肉屋に売り払ってから教会に報告。注意喚起を出すことになるのかもしれないがそれは俺の知るところではない。

 いいとこだけ取っておいた兎肉を下宿のばあさんに渡して置いたら、味噌仕立ての鍋に仕立ててくれた。そいつを肴に秘蔵のポン酒で一杯やった。

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