練って、成形して、掛けて。内を満たし、外を装い、自分を形作る

声優の各務は台詞をしゃべる。それは自分の心の伴っていない「嘘」であり、彼は演じていない時も「本当」で向き合うことが出来ない。そんな彼がじわりじわりと自身の心を見つけ、また、他人の心に触れる。

とにかく読んでいて心地よかったです。あっちからもこっちからも繰り出される「人間」にどっぷり浸かれました。この感覚をきちんと言い表す言葉を、どうやら私は持っていないようです。もどかしい。
人間の上っ面や深く、微妙な心の動きにも向けられる眼差し、それぞれが好き勝手言う人間味、突いてくる本質、琴線に引っ掛かるやり取り、スッと心に刺さるセリフ。
それは「味」とか「おかしみ」とか、もしかしたらそういうものなのかもしれません。

ダウナー系の各務視点なため、物語は一見、淡々と語られているように見えます。でも、心が動きまくっていること、熱意や矜持といったものがハッキリとわかりました。また、描かれているのが微かな心の動きであっても、水面が凪いでいるからこそ、その波紋が際立つのだと思いました。短い言葉だからこそ鋭く。インパクトのある言葉を使うからこそより強く。胸を打たれる場面がたくさんありました。
表現もとにかく絶妙で心地よかったです。

描かれているのが負の感情であっても嫌みなくスッと入ってくる。随所でクスッとできる。声優、演劇、落語を実際に肌で感じたくなる。心地よいところはまだまだあります。

言葉では表しきれない数々を、是非たくさんの方に味わっていただきたい作品です。

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