第6話 ふぁいなる

「そう言えば、ヤマト殿とタコ太郎殿は、どこに閉じ込められていたのだ?」というカワジローの言葉に、まだ倉庫をちゃんと調べていなかった、とヤマトは気づく。


 舞夢によって照らされた倉庫を調べてみると、あっさりと鍵が見つかった。

「まさか倉庫にあったとはな……」

「これぞ『灯台下暗し』タコね。灯台のおかげで見つかったのだけど」

「よし、これで俺も鍋を外せるぞー! 外してくれ!」


 ガチャリ、と、タコ太郎によって南京錠が解錠される。

 鍋から出てきたのは――



 トマトだった。




「よっしゃあ! なんとかなったぁ!」


 トマトに油性ペンで描いたような顔のヤマトは、ガッツポーズを決める。

 きっと太陽の下では、そのトマトはつやつやと輝く赤い宝石のようだと形容されただろう。


「これで全員鍋から解放されたタコね!」

「鍋を被ったまま帰るのかと心配した。それがしも貴殿らも、何とかなって本当によかった」


 タコ太郎とカワジローの安堵と祝福の言葉に、舞夢も首を縦に頷く。

 ――誰もヤマトに、「お前も人間じゃなくてトマトかよ」とは突っ込まなかった。


「しかし、だからと言って脱出できたわけじゃないんだよなあ」

「こうなれば、覚悟を決めて窓を割るか?」

「うーん。監視カメラで撮られている可能性がある以上、それは……」


 カワジローの提案を、ヤマトが否定したその時だった。



『その必要はないよ。君たちは見事ミッションをクリアした』



 デスクトップパソコンからスピーカーが流れたのと同時に、天井に設置された電気が灯る。LEDの眩しさに、思わず目をつむる一同。

 ようやく目が光に慣れた時、ヤマトが目にしたのは――。





 全身真っ赤な河童の姿だった。





「おいいいいい⁉ おま、カワジロー⁉ 出血した⁉ 全身真っ赤なんだけど⁉」

「? それがしは元からこの色だが?」


 どうやら舞夢のランプが赤かったために、今までカワジローの体が赤であることに気づかなかったようだ。


「え、真っ赤な河童とかいるの⁉」


 ヤマトの困惑が混ざった素朴な疑問に、そこに、『あー、いいかな?』と、機械を通した声が遮る。



『カワジローくんは遠野出身でね。遠野物語ってわかる?』

「柳田邦男だろ」

『そーそー、そこに登場する河童って、赤いタイプでね?』

「マジかよ! 河童はキュウリと同じ色だと思っていた!」



 驚きのあまり叫ぶヤマト。



『で、本題に入っていいかな?』

「あ、はいどうぞ」


『――この度はスパゲッティ専門店「スパモン」のPR動画に出演していただき誠にありがとうございました』


「は? 出演?」


 ヤマトには全く心当たりがない。


『おや? 君には顔本ふぇいすなぶっくで、当選をしたことをお知らせしていたはずだけどな? 抽選で出演が決まるやつ』

「え、全然覚えがないんですけど。……あ、なんかDMに突然『当選しました』ってURL付で来たやつかな。詐欺っぽくてスルーしたけど」

『んんん⁉』


 今度はスピーカーから流れる音声の方が困惑し始めた。


『ちょ、ちょっとどういうことなの、タコ太郎。本気で身に覚えがないみたいなんだけど』

「えー、僕ユビキタスはわからないタコー」

『なっつかしいなその単語!』


 そこでごほん、とスピーカーの音声は咳払いした。


『な、なんか手違いだったようです。ごめんね?』

「手違いで誘拐されてごめんねで済むなら警察いらないんだけど⁉ っていうかこれ結局何だったの⁉」

『あー、簡単に言うと今度オープンするうちのお店の宣伝をする予定だったんだけど……ほら、今配信とかあるでしょ? どうせならただの動画じゃなくて、ゲームで宣伝しようと思って。脱出ゲームも流行ってるし。で、無事クリアしたでしょ?』


「脱出って鍋からの脱出ってこと⁉ 脱出ゲームってこういうのじゃないと思うけど⁉」


 行ったことないけど。と、ヤマトは心の中でつぶやく。

 周りを見渡すと、カワジローも舞夢もどんな顔をすればいいのかわからない、と言う表情であった。そう言えば彼らは演劇に携わっていると言っていたので、彼らはちゃんと仕事としてこなしていたのだろう。

 つまり、訳が分からないまま連れ去られたのは、ヤマトただ一人だった。


『ご、ごめんね。謝礼として用意していた10万円、ひとまず示談金として受け取ってくれないかな……』

「ま、まあお金がもらえるなら仕事として請け負ってもいいですけど!」

 今月は家賃ビニールハウスの光熱費もジリ貧だったため、ヤマトは乗っかることにした。一日で10万稼ぐとか時給1000円の身としては有難い。

「そもそも、なんで俺選ばれたんですか? 抽選って言ったって、何かしら理由があるんですよね?」

 出演者はトマト、タコ(宇宙人かもしれない)、カッパ、赤色灯である。何の共通点があるのか――。

 ヤマトのごくまっとうな質問に、スピーカーの声の主はきょとんと、




『え、君たちが赤いから』




 と答えた。


「……はい?」

『赤は食欲を促進する色なんだって! このPVを見たら、途端にお腹が空いてうちの店でスパゲッティを食べに――』


「来るかあああああああああああ!

 なんだその理屈はああああああ!」







 こうして、無事ヤマトに承諾を得てできたPR動画『登場人物全員人外で鍋を被って脱出する狂気のホラーゲーム』は、


「カワジローがコールドテーブルに入った件は真似するバカが出るから訂正しろ。ただでさえバイトテロとかヤバいんだから」


 と、至極真っ当なヤマトの意見を受け、そこのあたりだけ撮り直して編集。


 一応SNSでは、「クソ動画」としてバズった。

 炎上しなくてよかったと、後に店長は胸を撫で下ろしたとか。


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登場人物全員人外で鍋被って脱出する狂気のホラーゲーム 肥前ロンズ @misora2222

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