第10話  魔法大学編1

 魔法大学への道を進むラビたち一行を乗せたバスは山道を進む


 バスがトンネルに差し掛かるとラビは自身のドッペルゲンガーとのつながりが途絶えたことを確認した。ドッペルゲンガーは基本的にラビを中心とした半径10km圏内に配置され常にラビとマナを経由して情報を伝えて生きている。そのつながりが無くなったということはドッペルゲンガーとのつながりが保てないほどの長距離にラビ本人が一瞬で移動したことを示している。


 久しぶりに味わったけど相変わらず気味の悪い感覚だ。


 ラビはこれがあるため魔法に目覚めてからはあまり里の外に出たがらなくなっていた。

 自分のほかにも今の気持ち悪さを感じた人間がいないかと周囲を見回したがバスにいるその他の面々はラビほど感知能力に優れているわけではないようで、そこまで違和感を感じているわけではないようだった。しかし一人バスの一番後ろに座るおどおどした様子の黄色い髪の少女だけはラビを覗いて唯一今の感覚を味わったようで今にも吐きそうな顔をしている。もしかしたらただの車酔いかもしれないが。


 トンネルを通り過ぎると現れたのはなんの変哲もない地方都市の街並みであった。


 もちろんその光景に驚くものは乗客の中にはいない

 バスはその後順調に走行し、高速度道路に入った。代り映えのしない景色にラビはいつの間にか寝てしまった。

 ラビが起きるとバスはちょうどサービスエリアに駐車しようとするところだった。バスが停車し、乗客が思い思いに席を立とうとしているときもう一度眠りに着こうとしていたラビは隣に座るサンゴから話しかけられた。


「ラビはトイレ行かなくて大丈夫なの?」


「誰か僕の代わりに行ってくれるよ」


「他人のトイレを代われる人間がどこにいるのよ、ほら行くわよ。」


 そうしてバスから降ろされたラビはトイレへ行き、そこで変な奴と出会った。


 ~~~~~~~~~~~~


「か、感じるぞ水の呼吸を!これでまた俺は強くなれる!」



 その男は男子トイレの真ん中で逆立ちをしながらそう叫んでいた。


 ラビがトイレに入ろうとしたら、男子トイレの入り口に人だかりができていたので中を謎いたらその異様な光景が繰り広げられていた。


 周囲の人々はその人物の異常さに近づきたくないらしく、だからと言ってトイレには行きたいというジレンマから入り口に立ち尽くしているようだった。


 かくいうラビもさっさとトイレを済ませバスに戻りたかったので、人込みをかき分け男子トイレの中へ入っていった。


「お邪魔しますねー」


 ラビはこともなげに逆立ちしている男の横を通っていく。

 その様子に遠巻きに見ていた者たちから賞賛の視線が集まる。


「なに、邪魔しているのこっちの方だ。どうぞほかの方々も遠慮せずに」


 遠慮してるわけじゃねぇ。とその場にいる全員の意見が一致した。

 しかしいつまでも我慢できるものではないため、しびれを切らしたものから一人二人とトイレの中へ入っていく。


 周囲の人間がトイレをすましているのにも関わらず、その男はなおも逆立ちを続けていた。


 ラビが手を洗って出ていこうとすると、唐突に男から声を掛けられた


「そこの少年!君はもしやクオリアの新入生かい?」


「そうですけど、なにか?」


 ラビは里の人間にそうするように仮面の笑顔で対応した、がサンゴがこの表情を見れば明らかにめんどくさがっていることに気づいたはずだ。


「やはりか!その莫大なマナの量!そしてそのマナを全て完璧に制御する技量!君が学長の言っていたラビ君だな!」


「はあ…」


「私の名前はアクレス!クオリア学園の3回生だ!魔闘道部の部長をしている。もし興味があったら覗きに来てくれると嬉しい!」


「なるほど、先輩でしたか。魔闘道部、ぜひ一度見学させてください。それではいそぐので」


「うむ!また会おう!」


 ラビは速やかに出ていくとバスに戻ることにした。


「あの先輩に会うなら大学行きたくないなぁ」


 とぼやきながら、バスに乗車するとすでにラビ以外の乗客は戻ってきているようだ。

 幾人かから遅れたことを責めるような視線を浴びるが、ラビがそんなものを気にするはずもなし、悠々とサンゴの隣の席にすわると間もなくバスが動き出した。


 動き出したバスの車窓の風景を眺めながら、ラビが考えていたの先ほどの逆立ち男のことであった。


 一見するとただの異常者、会話することさえ憚られる風体だが纏うマナの量はラビに匹敵していた。


 水という単語を口にしていたことからもおそらく水魔法の使い手なのだろう。彼の周囲を渦巻くマナはあまりにも優雅にみえ、制御を手放しているにしては不自然で、制御しているにしてはあまりにも自然な美しさであった。


 もしもあのようなマナを操作しているのならばもしかしたら自分よりも…


 そこまで考えてラビは窓に映る自分が意図せず笑っていることに気づいた。


「あれ、ラビ随分楽しそうじゃない。やっとあなたも大学生活が楽しみになってきたのかしら。」


「サンゴの横顔がすごく綺麗だなーって思っただけだよ」


「き、急にそういうのやめなさい。お世辞なんか言われてもうれしくないんだから。」


 顔を赤くしたサンゴが恥ずかしそうに反対側を見ると向かい側の乗客が全員ニヤニヤしているのが見えたので


「ニヤニヤするのやめて!」


 とサンゴの声がバスの中に響くのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~


「あれが噂に聞く、炎王か…」


 アクレスはラビたちと同じく学園のあるメイジアンへ向かう車の中で独り言ちる


 あまりにも完璧なマナ制御ゆえに男子トイレでは気づくのが遅れてしまったが、ラビの周囲のマナを見たときの衝撃たるや

 今にも爆発しそうなマナを強引に圧縮し完璧な球体に収めたそのすがたはまるで…


「小さな太陽だな…」



 武者震いかそれとも恐怖ゆえか、アクレスは体の震えとその野生獣のような笑みを隠すことなく


「楽しみだなぁ」


 と呟くのだった。

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