第9話 魔法の里編・終

 いよいよ私たちの引っ越しの日がやってきた


 家具やその他の荷物はすでに引っ越し先についているから、私たちは鞄だけ持てば準備は完了だ。


「ラビ、準備はできた?」


「うん」


「ほんとに大丈夫?お財布とケータイは持った?ハンカチとティッシュは?」


「持った…ていうか、昨日の夜にサンゴがバックに入れたでしょ」


「そ、そうよね」


 珍しく浮足立っているのが自分でもわかる。何せこれからは二人で暮らすことになるのだ、女子たちの話で聞いたようなあんなことやこんなことが起こったら、と先のことを考えると頭が沸騰しそうになる。


 ラビの奴は里が大学に代わっただけでいつもと変わらない、なんて言っているけど、そんなわけがない。里の中では噂が一瞬で広まってしまうために少なからず自制していた面もあった。


 そんな周囲の目が無くなるということは、絶対私たちの関係にも変化が起こるはずだ。そうに違いない。




 自分の世界へ入ってしまったサンゴをよそにラビはこの瞬間も常にマナの操作をし続けていた。

 ラビが意図せず生成してしまう大量のマナ、それを消費し続けるためにラビはある魔法を常時使用している。


 自身のほぼ完ぺきなコピーである”ドッペルゲンガー”という魔法である。


 ドッペルゲンガーというだけあってラビ本人の見た目やしぐさは完璧にコピーしている。おまけに大量のマナを与えれば少しの間自律して動くことも可能だ。できないことといったら魔臓によるマナの生成ぐらいのものだ。

 この魔臓によるマナの生成だけは現代の英知をもってしても解明することができていないので魔法で再現するのははなから諦めているが。

 それでも体がマナで構成されているのでラビが遠隔から操作すればドッペルゲンガーから魔法を発動することも出来る。


 ラビはこれを利用して自分の周囲で魔法が発動できないときに暇つぶし的に魔法の鍛錬を行っている。


 ちなみに本気の鍛錬を行っているときは本体とドッペルゲンガーの両方で並行して魔法の鍛錬を行っている。


 ラビがそうして暇つぶし的な鍛錬をやっているとサンゴがこっちの世界に戻ってきたようだ。


「ふぅー危ない危ない。危うく鼻血が出るところだったわ。って時間やばいじゃない!ラビ!走るわよ!」


「走るのはいいけど、鼻血が出るっていったい何をっ…」


 言い切る前にラビはサンゴに腕を引かれ里の入り口まで連れていかれるのであった。


 ~~~~~~~~~~~~~



 里の入り口で待っていたのは一台のバスであった。


 その中にはすでに数人乗客が見える。

 ラビたちが息を切らしながらバスに乗り込むと、その中の一人が声を掛けてきた。


「あ、やっと来たー。時間ギリギリなんて珍しいじゃーん」


 おそらくはサンゴにかけられたであろうその言葉にサンゴも親し気に返した。


「サキちゃん!ラビがなかなか起きてこなかったのよ!もうほんとに困っちゃう。」


 ラビがいつも遅刻寸前まで寝ていることは確かであるが、今日はそれに加えてサンゴの妄想が盛んだったせいもあるのだが、ラビは突っ込まずにそれを飲み込んだ。


「ラビっていつも深夜まで魔法の練習してるんでしょ、しょーがないよ。さすがこの魔法の里の誇りだわ。」


 ラビにも親し気に話しかけてくるこの気の抜けるような話し方の女子はサキ。青い髪と半分閉じられた大きい瞳が特徴だ。


 里から魔法大学に行くことのできるのは学校で魔法の成績が高い上位5名と決まっている。今年は特例のラビがいるので合計で6人魔法大学へ行くことになるというわけだ。


 サキは学校で2番の成績だったらしい、らしいというのは僕は学年が一つ下だったから上の学年の順位なんて詳しいはずもない


「里の誇りだなんてそんな…。ラビはそんなものに収まる器じゃないわ!ラビは世界に名をはせる大魔法使いになるのよ!」


「お、おう。サンゴちゃんなんかいつもとテンション違くない?大丈夫?」


「そうかも!でも大丈夫!」


 ラビの話題のはずなのに会話に入る余地が一切なく、ラビがボーとしていると入り口近くの席から男子がこっちをじっと見てることに気が付いた。


 このバスにいるのはラビを覗いて全員上級生のため、ラビが顔と名前を知っているのはサキのみであった。


「えーっと…」


「アオだ、よろしく。何回か模擬戦してるはずだけど、覚えてない?大波で君を押しつぶそうとしたら、レーザーみたいなやつで波ごと射貫かれた。」


 さすがのラビも気まずさを感じ、自分から話しかけようかと思ったが、名前も分からない相手にどう話しかけようかと考えていると相手の方から話しかけてきた。


「あー!うんうん覚えてるよ!あの魔法の人か」


「君もしかして人のことを使う魔法で覚えてる?」


「模擬戦ときは人の名前を覚えるほど余裕がないからね」


「意外だね、僕の時以外も随分余裕そうに見えたけど」


「とんでもない、君の魔法を観察するのに精いっぱいで、魔法に対して集中を割けなかったくらいだよ」


「あの魔法を片手間でやったってことか…さすがだな。でもそんなに優秀なのに僕の魔法の何を観察してたんだい」


「それは…」


「ラビ、早く席に座らないとバスが発車できないわ」


「うん、じゃあアオ続きはまたね。」


「あ、ああ」


 ラビがサンゴの隣の席に座ると少ししてバスが動き出し、山道をきれいに整備された道路を走って魔法大学のある都市メイジアンへ向かうのであった。


魔法都市メイジアンには世界最高峰の魔法の研究施設である魔法大学クオリアが存在する。


数多の天才を排出してきた魔法大学クオリアがその時、史上最高の天才が生まれたと全世界に発表したのはそれから一か月後のことであった。

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