アンサンブル

石油王

第1話

付き合ってまだ半年。今日、彼氏にフラれた。

別れを切り出したのは彼氏の方。理由は一緒にいてもドキドキしないし、つまらないから。見た目は量産型のギャルでそこそこ可愛いのに喋ってみると想像と違った。口数が少なくて陰気な性格。何を考えているのか分からず、取っ付きにくい。夜は何回ヤッてもマグロのまま。どんなに激しくしても一度も喘いだことがない。本当に俺のことが好きかどうか疑うレベルで酷い女——。

相当ストレスが溜まっていたのだろう。一方的に不満をぶつけて、去っていった。


「はぁ……」


これで何回目だ。経験人数だけは多いが基本的にワンナイト限り。一向にちゃんとした恋愛まで発展しない。運良く付き合えたとしても今日の彼のように一ヶ月で別れてしまう。色んな男と取っかえ引っ変えしてるせいでそのうち影では"ヤリマン女"と言われる始末。昔から断れない性格でどんな男でも告白されたらOKしてしまう。いくら下品なあだ名を付けられても否定できない。自業自得だ。

自業自得だけどやっぱり精神が病む。手首には無数にリスカの痕があり毎晩ODしないと落ち着いて眠れない。


「死にたい……」


おぼつかない足取りで大学を出て踏切の前に立つ。


「死にたい……」


大学に入学してはや3年。そろそろ就活を始めないといけない時期なのに——。


「死にたい、死にたい……」


未だに青春っぽい青春を送ったことがないし、楽しいとか面白いとか思えた瞬間がない。


「死にたい、死にたい、死にたい……」


ヤケになって男とヤりまくる生活。ベッドでの刺激は足りているけど、キャンパスライフの刺激が足りない。


「死にたい、死にたい、死にたい、死にたい……」


友達はたった一人。そのたった一人の友達も今は行方知らず。

大学では基本、一匹狼。暇な時間は適当に出会い系アプリで男を漁るだけ。


「死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい……」


日が経つにつれ、目に見える光景がモノクロに染まっていく。彼氏と別れるたびに自分の魅力の無さを嘆き、死にたくなる。


「死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい……」


空を見上げれば真っ黒な雷雲。大きな雨粒は容赦なく顔に降り注ぎ、全身を冷やしてくれる。


「死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい……」


ああ、今日はダメみたい。こんな天気を見せられたら死にたくて死にたくて堪らなくなる。

カンカンと鳴る踏切に条件反射で足が前に出る。


「あれ……」


なんの躊躇もなく遮断機の棒を乗り越えて、線路のど真ん中に立つ。


「死んじゃう……」


前を見るとライトをピカピカと光らせる電車の姿。距離的に今から逃げようとしても衝突は避けられない。死が確定された。


「来世は地獄かな……」


親から貰ったこの命。私を愛してくれた家族は泣いてくれるだろうか。自暴自棄になった頭の中で母親とたった一人の親友の笑顔を思い出す。


「バイバイ……」


静かに目を閉じて死を待つ。しかし——、


「おい、早く渡れ。危ねぇだろ‼」


轢かれる直前に邪魔が入った。たまたま通りかかったおじいちゃんが非常停止ボタンを押し、警報音が鳴り響く。電車はギリギリのところで停車し、事故を回避する。


「何やってんだ、バカヤロウ! 命を無駄にするな‼」


駅員さんや警察、近隣住民が集まる前に逃げを選ぶ。ダイヤルを乱したせいで多額の賠償金を払わないといけないかもしれない。背後でおじいちゃんの怒号が聞こえてきたが完全無視。百メートル七秒台の足の速さを生かし、その場を後にする。


「ハァ、ハァ、ハァ——」


あの踏切からだいぶ走った。取り敢えず雨宿りも兼ねて近くにあったボロボロのスーパーで乱れた呼吸を整える。


「——ん?」


スマホの通知音が鳴る。ホーム画面を開くと出会い系サイトの名前の文字。明日会う約束をしていたマッチング相手からメッセージが届く。待ち合わせ時間と場所の指定だ。


「はいはい……」


一応、了解と返事しておく。

マッチングしといてあれだが、ハッキリ言って行きたくない。今はそういう気分じゃない。自分勝手だと思うがこれは仕方ない。

でも、ここ数日のメッセージのやり取りで仲良くなってしまい、簡単には断れない雰囲気。最初はアイコンの顔写真がちょっとイケメンという理由だけで選んだだけなのに、面倒くさいことになった。これで拾い画だったら許すマジ。


「ハァァァァァァァァァァァァァァァ——」


そのまま肺が飛び出そうなぐらい長い溜息を吐き、重い足取りで自分の住んでいるアパートへ戻る。


◆◆◆


翌朝、辺り一面ゴミだらけの混沌とした部屋にて——。

色々あった疲れで、雨に濡れた服のまま寝落ちしていた。目を覚ますとベッドのシーツが若干濡れていて気持ち悪い。


「——あっ、今日デートか」


重い体を起こす。変な態勢で寝ていたせいで全身が痛い。痛すぎて外に出るのも億劫だ。このままドタキャンしようかとも考えたが生憎、今日会う予定の男性は写真を見る限り顔面偏差値がかなり高い。拾い画の可能性は充分にあるが、生で見てみる価値はある。たとえ期待外れでも黙って帰ればいいだけの話だ。


「服はどうしようかな……」


濡れた服を脱ぎ捨て鏡の前で今日のコーデを決める。股下87センチのスタイルの良さを生かして脚を長く見せる服が多い。生足が丸見えのミニスカか、大人し目のパンツスタイルを選ぶか迷う。


「服選ぶのマジしんどい……」


クローゼットから埃が被った衣服を引きずり出し、体に当てるがどれも似合う気がしない。苛立ちのあまり頭を搔きむしり、長い髪をグチャグチャにさせる。後で髪を整えないといけないのに仕事が増えた。


「もう、これにしよっ」


適当に手に取ったのは脚にピッタリフィットするレザーパンツと誕生日の時に自分で買った高級革ジャン。無難に量産型を選ぼうとしたがイマイチ量産型のファッションのイメージがつかず、いつものヤツに落ち着いてしまった。この明らかに今時ではないファッションセンスはちょっと引かれそうな感じもするけど、別にいいや——。


「いきますか……」


待ち合わせ時間まであと二十分。髪は手櫛で充分だろう。あらかじめ呼んでおいたタクシーに乗り、車内でパパッと化粧を済ませる。


◆◆◆


待ち合わせ場所は百貨店が隣接する最寄り駅構内。人がゴミのように群がる改札口。三連休とあって幸せそうな家族連れやラブラブのカップルが多い。


「南口で待ってるよ、か……」


追加でメッセージが送られてきた。もう先に来てるみたい。


「服装教えてっと、送信……」

『灰色のパーカーに黒のスキニー』

「りょ」


至って普通の男子学生って感じ。服装的に変な人ではなさそうだ。


「あれかな……?」


広告が目立つ柱に寄りかかる一人の青年。身長はわりと高めかと思いきや、厚底ブーツを履いて誤魔化している。冷静を装っている感じだが、どこかソワソワしている。スマホを何回も確認し、目を泳がせる。

ちなみに顔は中性的なイケメン。アイコンの写真と同一人物だ。拾い画じゃなくて安心した。


「あ、あの……」


私から声を掛ける。ちょっと緊張しているのか声が裏返る。男性経験が豊富とはいえ、いつまで経ってもコミュ障が治らない。初対面は苦手だ。


「えっと、キミが新島さん——?」


どうやら相手もコミュ障のようだ。声とスマホを持つ手が小刻みに揺れている。


「はい、そ、そうです……」

「ど、どうも……」


なにこれ。お互いギクシャクしてて気まずい。絶対会話が弾まないヤツだ。せっかくビジュアルがいいのに頼りなさそう。エスコートしてもらうのは難しいかな。


「この近くにオススメの喫茶店があるんで、そこに行きませんか?」

「はぅぅ……」


怯えた子犬のように私の後ろを黙って付いてくる。だめだこりゃ。










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