第6話
特に目的もなく最寄り駅周辺を歩く二人。「どっか食いに行く?」と聞いても返事はなし。よく耳を澄ますと「んんん〜」と小さく唸り声が聞こえる。歩きながら行き場所を考えているようだ。
「あっ!!」
「うわ、びっくりした!?」
急に立ち止まり大きな声を出す。肩がビクッとなり体が強張る。
「行きたい場所、決まった‼」
千夏の汗ばんだ手が私の手に触れる。隣を見るとキラキラした目が視界に飛び込む。
「新譜、買いに行こ!」
「し、しんぷ?」
「ほら、急がないと店が閉まっちゃう」
「えっ、ちょ、手、手が——⁉」
私の手を引っ張り、勢いよく走り出す。後ろから僅かに見える千夏の頬は蒸気していた。
■■■
「とうちゃ~く‼」
三分ほど走った先にあったのは、こじんまりとしたCDショップだった。
人気のない商店街。ほとんどの店がシャッターを下ろしている中、そのCDショップだけが煌々と光が照らされていた。
「しんぷってその新譜ね」
暫く音楽と離れていたため、いまいちピンと来なかった。
「中に入った、入った!」
「ちょっと、押さないで——」
CDショップの前で立ち止まっていると背中をグイグイ押される。そのまま店内に入る。
「わざわざここで買わなくてもユーチューブとかで聴けばいいじゃん」
「分かってないな~、セラ君や。CDを買って聴くことに意味があるんだよ」
やけにテンションが高いな。一時的なものかもしれないが、今の千夏との間に大きな壁を感じない。中学時代、私だけに見せくれた天真爛漫な千夏が戻ってきてくれた。
「どれ買おうかなーっと」
高さが天井まである棚にぎっしり並べられたCDたち。昔過ぎて色褪せたものや最新のものまで年代は幅広い。ジャンルも様々で中学の時によく聞いていたヒップホップが目に入る。
千夏は一つ一つ余すことなく並べられたCDたちを吟味する。立ったり座ったりと動きが忙しない。
「——おっ、あったあった。これずっと欲しかったヤツ!」
千夏が手に取ったのは今、話題沸騰中のパンクロック系バンド。そう云えば昨日、ママが楽しそうに聴いてたな。
「千夏って中学の時もそういうの好きだったよね」
「うん。聞いてて気持ちいもん。歌詞全部にメッセージ性があるし、何より間奏のシャウトするところとかモヤモヤした心がスッキリする」
「そ、そうなんだ……」
千夏は言わずもがな、ストレスを溜め込みやすいタイプだ。どんなに嫌なことがあっても不満を一切漏らさず、愛想笑いを浮かべる。ストレスを溜め込んだ分、音楽の趣味が過激になるのも無理はない。
「セラちゃんは普段、どんな音楽聴くの?」
「音楽は暫く聴いてない。大っ嫌いだから」
「えぇ〜、今どき珍しいね。しかも元吹部であろう者が」
「元吹部だからこそ嫌いになったんじゃないかな……」
吹奏楽部になんか入らなければ良かったと何回思ったことか。本当に心から楽しんで演奏した覚えがない。今、振り返っても辛くて苦い記憶しか思い出せない。勿論、千夏の泣き顔も含めて。
「逆に千夏は凄いよ。よく音楽なんか聴いてられるね」
「なんで?」
「なんでって——、音楽のせいで千夏の人生がめちゃくちゃになったじゃない!」
はてと首を傾げる千夏。突然、声を荒げた私の顔を覗いてきた。
「セラちゃんってたまにおかしくない事言うよね。そこは七年前と変わってない」
「へっ……?」
上品に口元を手で抑えてクスクスと笑う。なぜ、私は笑われているんだ?
「ボクの人生をめちゃくちゃにしたのはあくまで先輩という人間。音楽とは全く無関係。確かに音楽が発端でいじめられるようになったかもしれないけど、音楽を一度も恨んだことはないよ。それに——」
頬に伝わる手の感触。千夏が私の顔を両手で挟み強引に視線を合わせる。
「音楽のおかげでこんな素敵な親友と出会えた。嫌悪や憎悪よりもむしろ感謝しかない」
「わ、わたしが、すてきっ……⁉」
自分でも分かるぐらい顔が熱くなる。思わず千夏の手を振り払い、赤くなった顔を隠すように背を向ける。普段誰にも良いように言われないからめちゃくちゃ照れる。
「うふふっ。反応が可愛い」
「か、かわいくなんかない!!」
子犬を愛でるような感じで私の頭を撫でてくるな。キショイ!!
「アンタ、この店に来てからおかしいよ」
「どこが? 至って普通だよ」
「違う。昔も今も千夏はそんな臭いセリフ吐かない」
「人の発言を臭いとは失礼な。正直なことを述べただけなのに」
拗ねたように頬を膨らませ、彼女に背を向ける私の脇腹を軽く小突く。駅前で会った時とは大違い。このテンションの上がり様は予想外だ。
「サッサと自分が欲しいヤツを買いやがれ、バカ……」
「うふふっ、ごめんなちゃ~い」
初めて千夏の口から心が籠ってない「ゴメンなさい」を聞かされた。普通の人のなら、ちゃんと謝れと一発蹴りを入れているところだが相手が七年ぶりに会った最愛の親友となると話は別だ。どういう訳か、自然と顔が綻ぶ。
「フ~ン、フフ~ン、フンフンフ~ン——♪」
機嫌よく鼻歌を口ずさみつつ、CDをガサガサと漁る。ジャケットを見て裏面の歌詞を見るという作業を何回も繰り返す。
「そんなに迷うなら、一層のこと欲しいもの全部買っちゃえば?」
「でも、財布のお金が——」
「いいよ。私が代わりに払うから」
「ええっ⁉ そんなのいいよ。人からお金借りるなんて恐れ多い」
両手を大きくパタパタさせて私の恩を拒絶する。また遠慮モードの千夏に逆戻りか。
私はたまたま手持ちにあった諭吉三枚を無理やり千夏に渡す。
「いやっ、凄い大金。クシャクシャの状態でポケットから出てきた! こんなの受け取れないよぉ……」
「遠慮するな。これはさっきのお礼だ」
「お礼? さっきボク、なんかした?」
「——」
急に気恥ずかしくなり黙ったままそっぽを向く。さっきのお礼とは勿論、私のことをす、すてきな親友で可愛いと言ってくれたことだ。到底そんなことは口が裂けても言えない。私の無表情クールキャラが崩壊する。
「なんかずっと顔赤くない?」
「断じて赤くなってない‼」
「うふふっ。“断じて”って武将みたい」
なんとかお礼を受け取ってくれた。シワだらけになった諭吉をギュッと大事そうに握りしめる。
「ありがとう。セラちゃん」
「お礼言われるようなことはしてねぇよ」
ああ、マジでずっと顔が熱い。多分今、この場で熱計ったら余裕で三十八度は超えてる。冷え性で冷たくなった自分の手で必死に冷却する。
「ねえねえ?」
「ん?」
「もしかして“あの時も”なんかのお礼だったりする?」
「あの時って?」
「先輩たちが引退した翌日。教室の隅っこにいたボクをファーストにしてくれたあの日」
ここでふと、千夏と会う前に見た懐かしい夢を思い出す。
「いや、あれは別にお礼じゃない。単純にアンタが奏でる音がファーストに合ってると思って指名しただけ」
「それはホントかな~」
「ホ、ホントだ! お礼も下心もない。公正な評価で決めた‼」
早口でそう弁明するも、ニヤついた顔のままこっちを見てくる千夏。絶対、信じてないやつだ。クソ。
「——別に下心はあってもいいんだよ……」
「はい?」
「ううん。なんでもない」
ボソボソと何か大事なことを呟いた気がするが、上手く聞き取れなかった。
お札を握りしめた千夏はCDが山盛りに入ったカゴを持って満足そうにレジの方へ向かう。
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