第2話
駅チカにある喫茶店に入る。男とデートする時はだいたいここに寄る。
「待ち合わせ場所とか時間とか勝手に決めちゃうなんて独りよがりですよね。本当にゴメンなさい」
「う、うん、別に気にしてないから取り敢えず顔上げて」
喫茶店で入ってからというもの。低姿勢でひたすら謝ってくる。「自分が指定した時間よりだいぶ早く来てしまい、ゴメンなさい」とか「こんな頼りない男でゴメンなさい」などなど下らないことでヘコヘコと頭を垂れる。
「そこまで謝られると逆に気分が悪いというかなんというか……」
「ゴメンなさい、あっ……‼」
慌てて口元を抑えて顔を伏せる。またも気まずい空気が流れてしまう。
「は、はやく、メニュー選ぼ!」
「は、はひっ‼」
机にあったメニュー表を手に取り彼に渡してあげる。
「新島さんはもう何にするか決まっているんですか?」
「うん、決まってる。一応行きつけだからね」
「す、すごい……」
何が凄いのかイマイチ分からない。
子犬のような彼は食い入るようにメニュー表を見る。
「何かオススメとかは?」
「特にない」
「はい……?」
「ヤベッ」
どんな状況でも「特にない」の一点張りで会話を終わらせようとする悪い癖。前々から治そうと意識しているが中々治らない。
「カプチーノとかはどう?」
「カプチーノ? 車?」
「違う」
可愛らしく首を傾げて頭上に疑問符を浮かべる。恐らく、あまりコーヒーを飲まない子なのだろう。てか、よく車の方のカプチーノが出てきたな。
「決めました!」
「お、おう……」
いきなり大きな声を出すなよ。心臓に悪い。
「砂糖マシマシブラックコーヒーでお願いします‼」
「頼み方がラーメン屋。普通にミルクコーヒーでいいだろ」
「あぅ……」
彼が変なことを言うせいで客の注目を集める。私が醜態を晒したわけじゃないのに視線が痛い。恥ずかしい。
苦笑いしている店員さんに注文して深いため息をつく。
「なんかゴメンなさい……」
「だから、それやめて。そろそろ鬱陶しい」
「ゴメっ……。はい!」
この子は今までデートしてきた男の中で一番最悪かもしれない。常にノリが悪いで有名な私が頭を抱えるのは相当だ。
「名前なんだったけ?」
「た、田中……弘樹ですっ。よろしくお願いしましゅ」
最後めっちゃ噛んだ。あと、自分の名前を言うのがたどたどしい。不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。
「何歳?」
「21歳です!」
「おお、タメじゃん」
「タ、タメ……?」
プロフィール通りの歳だ。よく自分の年齢を詐称する輩がいるのだが素直そうなこの子は違ったみたい。見た感じ、もっと若くても違和感がないぐらい中身が幼い。
「大学生?」
「一応、社会人という設定です……」
「設定?」
「いや、正真正銘の社会人です!!」
額から流れる脂汗。オロオロした瞳。震える唇——。噓が丸わかりだが、今は社会人という“設定”を受け入れよう。
「彼女が欲しくて焦ってる感じ?」
「ま、そうですね。未だに恋人ができたことがないので……」
「へぇ~、意外。結構イケメンなのに」
「ホントですか⁉ 嬉しい‼」
無邪気にガッツポーズして喜ぶ姿は男でも可愛い。自然にこちらの表情筋が緩む。
「美味しそう……」
「何がですか?」
「キミが、だよ」
ぺろりと艶めかしく舌なめずり。そんな純粋な反応されると内に秘めた肉欲が剝き出しになっちゃう。
「なんか目が怖いですぅ……」
「ゴメン。童貞くんを見るとつい興奮しちゃうんだよね」
「もしかして痴女⁉」
「あながち間違いじゃない」
「ひぇっ……」
その怯えた表情がまたそそる。きっと今、私の目は血走っているだろう。ワンナイトいけないかなと淫らなことを考える。
値踏みするように彼の体を観察していると店員さんの手が視界に割って入る。
「——ごゆっくりどうぞ」
テーブルには二つのコップが置かれる。
彼はコップに大量の砂糖を注入。そんなに入れたら甘々になり過ぎて違うものになる。白の主張が激しいコーヒーをぐびぐびと飲み始めた。
「アンタって、甘党男子?」
「はい、超がつくほど甘党です」
「そんなに砂糖入れて大丈夫? 致死量で死なない?」
「安心してください。砂糖で死ぬ人なんかこの世にいませんから」
「あっ、そう……」
体調崩さないように気を付けてねと言っても、アホそうなコイツは一切聞く耳を持たないだろう。私は呆れた風に窓の外に視線を移し、コーヒーを一口飲む。
「ごちそうさまでした‼」
砂糖だらけのコーヒーをあっという間に飲み干してご満悦。コーヒー飲み終わるの早すぎだろ。
「趣味とかあんの?」
「趣味は音楽を聴くことです」
「どういうの聴くの?」
「古いクラシックから最近流行りのヒップホップまで全部です」
自分のスマホをポケットから取り出して私に渡してきた。画面を見ると音楽アプリのプレイリストに色んな曲がズラリと並んでいる。
「めっちゃ聴いてんじゃん」
「でしょ、でしょ‼」
「こんなに曲あったら容量めっちゃ食いそう」
「いきなり現実的なこと言わないでください!」
下にスクロールしまくるが無限に曲が出てくる。アイドル系やロック系、アニソンまで様々なジャンルが揃っている。
「なんでここまで音楽好きなの?」
「ボク、元吹奏楽部で昔から音楽をよく聴いていたんです」
「おお、マジで。私も元吹奏楽部だわ」
「同志ですね‼」
「おっと、近い近い……」
私が元吹奏楽部だと知り、テンションが爆上がり。整った顔面がお互いの息がかかる距離まで接近してきた。
「ちなみに楽器はトランペットですよね⁉」
「なんで分かんの?」
「いや、これは、なんというか……勘ですね」
つくづく彼は噓が下手だ。瞳孔が不自然に右往左往してバツが悪そうに頬をかく。そのまま大人しく自分の席に戻った。
「でも、凄いね。吹奏楽部だったのに音楽が好きって」
「えっ?」
「私は音楽なんて大っ嫌いだよ。この世から消えてしまえばいいとも思ってる」
「えぇぇぇぇぇっ‼」
またまた私の悪い癖が出てしまった。こういうときは相手の意見に共感して話を合わせるのがセオリーなのに、どうしても本音が隠し切れない。
正面に座る彼は今にも泣きそうな顔で下を向く。
「一回、外に出ようか」
「はい……」
気まずい空気に耐え切れず、店から出ることにした。失言したお詫びとしてお会計は私が全部済ませた。
◆◆◆
「次はどこに行きたい?」
「そうですね——」
店から出て五分ほど経過。気まずい空気は未だに健在で両者とも口数が少ない。行く当てもなく、適当に百貨店の中を歩く。
「どこでもいいですか?」
「うん」
「どんな場所でも?」
「うん」
「どんな願いでも」
「ん? 願い?」
「もう拒否権はありませんよ」
「なに、急に拒否権とか。怖い」
神妙な顔つきで私の方を見る。一体、どこに行くつもり?
「ボ……」
「ボ?」
一文字だけそう呟いたあと、自分の頬を思いっ切り叩く。そして意を決したような凛々しい表情で私と向き合う。
「ボクの家でピアスの穴、開けてもらえませんか?」
「はい——⁉」
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