第4話

「アンタが男装してることなんか会ってすぐに分かったわ」

「なら、言ってほしかったです。男として接していたのがバカみたいですぅ……」


頬を膨らませて拗ねてますよアピール。あざといが可愛いので許す。


「てか、もっと重大なこと私に隠してるでしょ?」

「もっと重大……?」

「とりま、そのカツラ取れ」


「きゃっ、やめて」と手で制止されたが強引に力で押し倒し、短髪のウィッグを取り上げる。


「やっぱり……」

「うぅ……」


ウィッグを外した瞬間、スルスルッと長い髪が露わになる。毛先がクルクルしていてまるでお嬢様のよう。少し垂れ目で琥珀色の髪が印象的——。薄々気付いていたが、絶対“アイツ”だ。


「アンタさ高校時代、吹奏楽部で一緒だった雅千夏(みやびちなつ)だよね?」

「あぅぅ……」


自分の長い髪を隠すように両手で抑える。半泣きで首を横に振るが千夏で間違いない。あの頃よりかは多少、大人っぽくなっているが容姿はほとんど変わってない。


「あ、あの~、雅千夏って誰ですか。そんな人見たことも聞いたこともありません」

「おい、いつまでシラを切るつもり」

「はひっ⁉」


私のドスの効いた声に千夏は条件反射で正座する。土下座の態勢だ。


「伊達に七年間アンタの親友やってるんだわ。その親友の目を欺こうだなんて百年先でも無理」

「ま、まだしんゆうなんですか?」

「はい⁉」

「あっ、ゴメンなさい。めっちゃ親友です。今も超親友です!」


千夏がふざけたことを抜かすので思わず射すくめるような目つきで睨んでしまう。


「色々聞きたいことがあるけど、まずは——」


千夏の体をそっと抱きしめる。そして背中を優しくさすってやる。


「やっと、千夏に会えた。やっと、やっと、やっと……」


いつもポーカーフェイスを貫いている私らしからぬ一筋の涙。千夏に見られないように抱きしめる力を強める。


「セラちゃん、ちょっと痛い、です」

「親友に敬語使うな、バカ……」

「うん」


私がこうやって涙ぐむのも無理はない。だって私の親友は七年前に突然、失踪したんだから。


「どこに行ってたのよ、バカ……」

「ゴメン」

「ゴメンじゃないわよ。バカバカバカ——」


千夏の肩が私の涙で濡れてしまう。千夏は何とも言えない表情で私を抱きしめる。


「千夏が帰ってくる日を何年何年も待ってた」

「ボクのことなんか忘れてくれれば良かったのに……」

「マジで親友、舐めすぎ。一生忘れるわけねぇだろ!」


千夏の頬を軽く叩く。叩いたところがじわじわ赤くなる。


「一つ質問していいか?」

「うん、どうぞ」


千夏は穏やかな笑顔で承諾する。



「誰かと同棲してる?」

「――」


私の質問に千夏は目を丸くして呆然とする。


「どうして分かったのって顔してるけど、この部屋見たらバレバレよ――」


玄関に散乱した男物の靴。洗面所に置かれてある赤と青のコップ。一人暮らしにしては不自然なダブルベッド。部屋に充満する汗臭い男の匂い等々――。

これだけ情報があれば男と同棲していてもおかしくない。逆に一人暮らしだとしたら違和感がある。


「一体、これはどういうこと?」

「――」

「この空白の七年間、千夏は何をやってたの?」

「――」


言うとまずいことなのか千夏はだんまりを決め込む。緊張のせいか彼女の頬に汗が伝う。


「それは答えられない。いくら親友でも――」

「そう」


私は千夏の傍から静かに離れる。そのままベッドから降りて玄関に向かう。


「もう帰っちゃうの?」

「うん。ちょっと家で頭冷やしたい。まだ理解が追いついてないから」


玄関に向かおうとしたら裾を引っ張られた。後ろを振り向くと寂しそうに上目遣いでこちらを見詰める千夏の姿があり、内なる庇護欲をそそらせる。


「LINE交換する?」

「うん」


高校時代、千夏はスマホを持っていなかった。そのため今更、連絡先を交換する。


「会いたい日があれば、LINEで連絡して。すぐに返事するから」

「うん!」


先程までの寂しそうな表情から一転。LINEを交換したことで一気に明るくなる。


「いつでもいい?」

「バイトがある月木以外なら大丈夫」

「やったー!」


胸元で小さくガッツポーズ。嬉しさのあまり目を輝かせる。


「じゃあ、さっそく明日会えない? 今日と同じ場所で」

「明日? 別にいいけど」

「約束だよ?」

「う、うん……」


純然たる歓喜が全身から滲み出る。私の手を強く握り、腕を力いっぱい縦に振る。


「じゃあまた明日」

「うん、また明日‼」


玄関のドアを閉めた直後、私はへにゃへにゃと床に座り込む。緊張が解けて体の力が抜けてしまった。


「あああ、マジで意味わかんない。なんで千夏がここにいるの……?」


こめかみに手を当て頭痛を抑えるポーズ。オーバーヒート気味の頭を冷ますため、後頭部をかきむしる。


◆◆◆


家に帰る道中。何回も車に轢かれそうになった。頭の中はすっかり千夏のことで一杯一杯だ。今日はまともに眠れそうにない。


「ただいま」


玄関で誰もいない玄関にただいまの挨拶。いつもなら返事は返って来ないが——、


「あら、おかえり~」


まさかの「おかえり」が返ってきた。リビングの方で物音が聞こえる。いや、ゴリゴリのパンクロックのメロディーが聞こえる。

私は慌てて靴を脱いでリビングの方に向かう。


「ママ⁉」

「なによ~、鬼の形相で私の顔を睨んで」


一瞬、泥棒と勘違いした私が馬鹿だった。吞気にポテチを食べながらスマホで曲を楽しんでいる母親が視界に入る。


「娘と会うのはだいたい半年ぶりぐらいかな~」

「突然、何しに来たの?」

「えぇ~」


これは昼から酒飲んだヤツだ。アルコールの匂いが染みついた派手な服を着崩して、ダラダラしている。泥酔状態のこの人と喋っても会話が成立しない。


「うごっ……。急に吐き気が——」

「もう、早く水飲んで」

「これは軟水か、それとも硬水か~?」

「今、それ気にすること⁉」


こんな所で吐かれるとまずいので水道水をコップに汲んで酔っ払いの口の中に無理やり流し込む。


「ゴホゴホッ……。ここはプールか」

「違う。私の家」


酔い過ぎて自分が今、陸地にいるのか海にいるのか分かってない。水を飲んで危うく溺れそうになる。これはだいぶ重症だ。


「ママ、さすがに飲み過ぎだって。このままじゃアル中でぶっ倒れるよ」

「アル中で死ねるなんて最高だ~♪」

「娘置いて勝手に死ぬなんて絶対に許さないから」

「痛い、痛い、痛い。そんな強く二の腕をつままないでぇ~」


ふざけたことを抜かすと年相応に肉付いた二の腕を狙うようにしている。また太りやがったな。


「お酒は仕事柄飲まないとお金が稼げないのよぉ~」

「それでもちょっとは控える努力して」

「ダーメ。お偉いさんのご機嫌を取るためにはお酒が必須。控えるなんてご法度だわ」


ママは若い頃からナンバーワンホステスとして夜の街に名を馳せている。今年で四十路を迎えるが、見てくれは完全に二十代。老いをまだ知らない妖艶な美貌でお金持ちのオジサンたちを次々と虜にしていく。


「セラちゃん、なんか歳取ったぁ〜?」

「やかましい。ママと違ってまだぴちぴちのJDだ」

「うふふっ。ママはね、人魚の血を飲んだから絶対に死なないし、永遠に歳を取らないのだぁ〜」

「はいはい、そうでっか……」


やっぱ会話が成立しない。私は呆れてスマホをいじり始める。


「ママ」

「ん〜?」

「私の家で音楽聴くのやめて」

「あっ、ごめんごめん」


静寂が訪れるとママのスマホから流れるパンクロックが耳障りだ。無性にイライラする。


「まだ音楽アレルギー治らないの〜?」

「治らない。一生、大っ嫌いだ」


音楽が嫌いになったのは吹奏楽部に入部して三年後。ちょうど千夏が失踪した頃だ。

ある日を境に音楽が少しでも耳に入ると、腕に蕁麻疹が出て謎の悪寒に襲われるようになった。酷い場合は吐き気も催す。嫌悪感が増幅し過ぎて音楽自体がアレルギーになるなんて不思議な体質だ。吹奏楽部を引退する直前で退部したのもこの不思議な体質が原因だ。


「そろそろ病院とか行ってみたら〜?」

「心因性のアレルギーだから問題ない」

「問題ありありよ〜。早く精神科に行って薬を貰ってきなさい」

「ODしてるから大丈夫」

「あれは致死量。体壊すからやめなさい。ちゃんとした薬を処方してもらうのよ」


たまに母親面してくるのがウザイ。でも、それだけ娘の体のことを心配してくれるのは何となく嬉しい。わざわざ口には出さないが感謝している。


「なによ〜、ジッとこっち見て」

「なんでもない!」


一瞬、顔が綻びかけた。急いで口元を引き締め、自分の頬をパチパチと叩く。


「手作りホットケーキ、冷蔵庫にあるんだけど食べる?」

「おお〜、食べる食べる。甘いものだぁ〜いしゅき。特にセラちゃんの手作りは格別〜」

「きっしょ……」

「こら、親に向かってその暴言はメッでしょ!」

「はいはい……」


たまにはこうやって小さな親孝行をするのもアリかもしれない。








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