エドガー・フラグメント1

閑話 ある冬の日の追憶【クリスマス特別編】

 ユルシカ基地に行く前の話だ。


 その頃のエドガーと言えば、今と変わらず自分の機関工房でミラージュの調整に精を出していた。


 季節は冬。

 国土の多くを海に面するアゼルデンだが、内陸部に位置する王都カリストーの十二月の末はそれなりに寒い。


 日はすっかり落ちて、時刻は二十時を過ぎている。

 その日、ラトクリフに押し付けられた仕事はチームのみんなにも手伝ってもらい、何とか終えていた。

 

 週末であったし、年末も近い。

 さすがのラトクリフも今日ばかりは追加の仕事を押し付けなかった。


『できたのか。ふん……、まぁ良いだろう。ごくろう』


 試験結果の報告書を受け取った彼は、そう言いながらさっさと帰ってしまった。


 また不条理な命令をされなくてよかったと思う反面、帰ってもすることがないなぁとも思う。そんなわけで、結局エドガーはミラージュの元に舞い戻っているのだ。


 真冬の機関工房は寒い。軍用端末コンソールを叩く手が赤くかじかむ。エドガーの工房は広く、暖房をつけてもすぐには温もりは広がらない。


(今年の冬は、冷え込むな……)


 白い息を吐きながらも黙々と作業を続ける。

 毛布でも持ってくればいいのに、この男はそれよりも作業を優先してしまうのだ。

 

 もうすぐ年末である。

 アゼルデンでは宗教の自由が保障されている。


 人種も多く、多様な文化が混在していた。

 だからある宗教の冬のお祭りである聖夜も存在する。


 宗教色は少なく、アゼルデンの若者や恋人たちにとって特別な夜だ。


(みんな、今頃楽しんでるかなぁ……)


 最近、彼女ができたとか、子供が生まれたからゆっくり家族で過ごすのだとか。

 エドガーの企業時代の同僚から、そんな連絡が来ていた。 


 今のチームの仲間たちも、クリスマスと重なった週末を、それぞれ大切な人々と過ごすのだろう。


 ――こんな寒い夜はエドガーとて、自分の事を考えてしまう。


(俺は……どうかなぁ。今はこれが楽しいからなぁ)


 若い恋人たちが聖夜に浮かれる夜も、彼は仕事があればよかった。


 ラトクリフに強制されていなくても、こうなのだからつける薬はもはや無い。


 だがまぁ、そんなエドガーにも救いはあった。


「せーんぱい」


 機関工房に、可愛らしい声が広がる。


「――あれ、リリサ中尉じゃないか。どうしたんだい、こんな夜中に?」


 私服姿のリリサ・アンブレラは、やっぱり……と呆れ半分でため息をついた。


「どうしたんだい? じゃないですよぉ。先輩なんで帰ってないんですか?」


 彼女もまた、仕事が終わって落ち着かない夜を過ごしていた。


 宿舎のベッドでごろごろごろごろ。


 エドガー先輩どうしてるかなー、連絡したらだめかなー、まだだったらご飯食べにいけないかなー? なんて考えていたのだ。


 リリサは開発局の近くの独身宿舎に住んでいる。


 なんとなくベランダに出たら案の定、工房からあかりが漏れていた。


 



「――先輩、働き過ぎじゃありません? 駄目ですよ?」


「うーん、分かってるつもりなんだけど、ね」


 エドガーは、曖昧に笑ってごまかす。

 分かってはいても、変われるものじゃない。


 リリサも、もう先輩ったら……とも思うが、仕事をしている彼が好きな彼女はそれ以上強くは言えない。それどころか――


飛行機構フライトユニットのバランスがどうしても気になってさ。もう少し出力上げれば、翼を切り詰められて、小型化できるんだけど。そうすると安定性がね」


「試したバランサー・ユニットは、あんまり意味が無かったですよね……。推進力に対して力が足りない印象……。数を増やしても駄目ですか?」


「それだと、余計に動力くっちゃうね。増設した魔力蓄槽マナバッテリーにあまり負荷かけたくないから……」


「それなら、小さなものでも尾翼を増やしてみるとか……」


 二人して、仕事の話に熱中してしまうのだ。

 結局、似た者同士と言える。

 

 コンソールを覗き込み議論を交わす二人。


 熱中しすぎて、距離が近くなり過ぎていた。


(あ、先輩の顔近い……)


 先に気が付いたのは、リリサだ。


 エドガーは、気づく様子もなく話を続けていた。


(ちょっと疲れてる顔もかわいい。先輩のこういうとこ。ほんと好きだなー)


 好きな事となると一直線。他の物は何も目に入らなくなってしまう。


 もちろん、リリサのこともだ。

 これまでも、それとなくアピールをした時もあったがすべて不発に終わっている。


(多分、仕事への興味が強すぎるのよね)


 意外としたたかな所があるリリサは、自分の魅力が足らないとは思っていなかった。


 何気に、ダイエットやメイクにはしっかり気を使っているし、鏡の前でポーズを取って一番よく見える角度を研究したりしている。


 世間一般的にいって、自分はちゃんと魅力的だと認識していた。


(まぁいいかな。今はこの関係で。一番近くに居られるし)




「ねぇ、エドガー先輩。ご飯は食べました?」


「え……あ、食べてないやそういえば……。言われたら急にお腹減ってきたよ」


「そんなことだろうと思いましたよ」


 くすくす笑う。

 リリサは、持ってきた包みから、途中でテイクアウトしてきた料理を出した。

 

「さすが王都ですよね。今の時期だし、こんな時間でも美味しいもの沢山売ってました」


「おお……すごい。まだちょっと暖かいね」


「先輩と食べようと思って、急いで持ってきたんですよ? 


 彼は反応を示すだろうか? リリサは考える。


 できるだけ強調して、可愛く見える角度で伝えてみたのだけれど。


「そうなんだ……。ありがとうね。こんなにおいしそうだもんね!」


 反応はいまいちだ。

 いつものうすらけた顔で、お礼を言われた。


(まぁ、分かってましたけどね。そんなところも好きかなぁ……)


 いつものことだし、とリリサは自分を納得させる。


 エドガーをうながして作業を中止させる。


 簡易のテーブルで二人だけのディナーを準備する。


「先輩、キャンドル立てます?」

「へ? なんでそんな――ああ、クリスマスだからか」


 それすらも忘れてるの? 流石に笑ってしまった。


 ディナーは、七面鳥の足ターキーレッグと、ポテトサラダ。それに暖かなグラタンだ。


「さ、食べましょう。先輩!」

「そうだね。食べよっか」


 ミラージュの改造案なんかを議論しながら、遅めの夕食を取った。


 これが、この時のリリサには十分幸せな時間だった。


 ただの先輩と後輩。同じ職場の仲間


 特別じゃないけれど、替えの利かない、同じ目線で話せる人。


 この関係で満足だった。こんな時間がずっと続けばいいのにとも思っていた。


(あ、でも局長のイジメはなんとかしなくちゃね……)


 そんな事も思いながら。


 



 二人がディナーを楽しんでいるころ、外ではしんしんと雪が降りだしていた。


 その年のクリスマスは、王都カリストーでも記録的な大雪だった。


 二人はそのまま、工房で夜を明かす。

 もちろん、特別な事は起こらなかったけれど。




 エドガーが、ユルシカ基地に左遷される半年前の出来事である。

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南国辺境基地の魔導機関技師エドガー・レイホウはそれでも兵器が作りたい 千八軒@サキュバス特効 @senno9

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