「ルール・ブルー 異形の祓い屋と魔を喰う殺し屋」発売記念SS②
こちらは、角川ビーンズ文庫さまより発売されております書籍版「ルール・ブルー 異形の祓い屋と魔を喰う殺し屋」本編から約二年ほど前の、前日譚のようなお話となっております。
本編のネタバレは無しの前日譚ではありますが、書籍版の本編読了後にお読みいただけることを推奨いたします。
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害悪異形討伐組織柊連合——通称、
時には人間の生命や安寧を脅かす、人ならざる存在〝
入隊二年目。二十三歳となった
「身の程も
「このクソ野郎、また俺の討伐任務を喰いやがったんだ! 悪食野郎め!」
もう一時間以上は経つだろうか。代わる代わるに、同僚たちが逢魔を殴っては蹴り上げ、罵詈雑言を浴びせては、嬲る。
一張羅であるスーツも、もう随分と逢魔の血と泥で汚れ切っていた。未だに繰り返される暴行の数々を、逢魔は呻き声の一つすら漏らさず、ただひたすらに黙って耐え忍ぶ。
「お前のような、どこぞの馬の骨とも知れない野良犬が……! 五天将という
同僚の一人が、火のついた煙草を逢魔の頬に投げ捨て、逢魔の顔と共にぐしゃりと踏みにじった。続けて、逢魔の白い喉を何度も乱暴に踏みつける。
「この、この、このっ! お前のような得体の知れない狂犬など、憎き異形と同じ〝怪物〟も同然! いつかその悪食の因果で、異形に喰い殺され死んでしまえばいい!」
「怪物」——そう呼ばれるのは、この世に産まれ落ちて何度目だろうか。
逢魔はぼんやりと、内心で同僚たちに言い返した。
己が「怪物」であることなど、産まれた時からとうに知っている、と。
「なーにやってんですか。紳士諸君」
不意に、同僚たちの背後から軽薄な男の声が掛けられた。同僚たちが逢魔への暴行の手と足を途端に止め、びくりと肩を震わせて、振り返る。
そこには、見上げるほどの人並み外れた長身に、恵まれた屈強な身体——そして、赤みがかった黒髪と、珍しい金色の両目に散った三つの泣きぼくろが特徴的な、恐ろしいほど端整な顔立ちをした青年が低い笑い声を零して立っていた。
(
逢魔は、内心でその青年の名を呟く。青年の名は、
「なあ。あんたらがやってるそれ、楽しいコト? 俺も混ぜて」
桃がゆるりとした足取りで、倒れている逢魔のもとへと近づいてくる。
同時に同僚たちは皆額に冷や汗を浮かべて、素早く桃に道を開き、地面に頭を擦り付ける勢いで桃へとひれ伏した。
「あ、あ……
「現人神さま、現人神さま……」
同僚たちは皆口をそろえて、桃をそう呼んだ。
落神桃という青年の名を、存在を、柊連で知らぬ者はいない。桃は、史上最年少の十歳という若さで五天将候補へと抜擢されるほどの千年に一人の逸材、所謂〝天才異形殺し〟であったのだ。
九州の田舎から出てきた逢魔とは違い、桃の出身のルーツも、
そのうえ、桃の異形殺しの御業は「神業」とも謳われるほどの強大な力を持つ。よって桃は、名を呼ばれることも憚れるほど柊連の多くの異形殺しから崇拝されており、「現人神」と称されていた。
桃は倒れ伏している逢魔のすぐそばまで来ると、近くでひれ伏す同僚の一人に声を掛ける。
「へぇ。こういうことすんのが楽しいんだ」
「……い、いえ……これは、その、現人神さま」
「口開くな。気色悪い」
桃の声の軽薄さは、変わらない。そのはずなのに、全身が凍り付くほど、冷たいものに聞こえた。
「ひぃ」と怯えを漏らす同僚たちにも構わず、桃は同僚の一人の顎を靴の爪先でひょいと持ち上げた。
そして、あらゆる人々を堕とす魔性の
「目障り。失せろ」
瞬間、同僚たちは悲鳴と「お許しを」という許しを請う声をみっともなく上げながら、その場から逃げ出した。
逢魔は同僚たちの遠くなってゆく背を見て、小さく息を吐くと、鉛の如く重く感じる身体を仰向けに動かす。一方桃は、逃げ出した同僚たちに一瞥もくれることなく、逢魔の前にしゃがみ込んで、逢魔の顔を覗き込んできた。
「いつもいつも、派手にやられてんなあ、假屋。もしかして、本当にお楽しみ中だったか?」
「楽しいわけ……ないでしょ」
桃の揶揄に、逢魔は掠れた声を絞り出す。桃は小首を傾げて見せた。
「じゃあ何で、抵抗の一つもしないわけ? 次期五天将ともあろう狂犬さまが」
逢魔は白昼の青い空に視線を縫い留めたまま、静かに桃の問いに答える。
「……ああいうのは、何も反応しないのが一番いい。つまらないと解れば、飽きて勝手に離れていく。抵抗すると、面倒事がさらに増えるだけだから」
「ほお? そりゃあ随分と、そういうコトに慣れてんだな?」
「……」
どうにも桃という青年には、調子を狂わされる。何を考えているのかわかりづらい桃は、逢魔の何もかもを見透かしているようにも思えた。
これ以上、己の中の「何か」を知られるのは良くない。そう思い至って、逢魔は黙り込んだ。それをすぐに察したのだろう桃は肩を竦めて見せて、ズボンのポケットから煙草とマッチを取り出した。
桃の咥えていた煙草を、逢魔は上体を起こして片手で掠め盗る。そして、そのまま桃の煙草を薄い唇で咥えた。マッチに火を点けようとしていた桃が、不満そうに逢魔を見る。
「おいおい。俺の煙草の銘柄嫌いだったろ、おまえ。それ、最後の一本なんですが?」
「未成年は煙草、駄目でしょ」
「こういう時ばっか、そういうこと言いますよね。大人ってやつは。おまえが吸いたいだけだろうが」
「うるさい。火、ちょうだい」
「やれやれ。大人って狡い。俺もそうなりたいね」と桃は呆れたように笑うと、マッチの火を逢魔の咥えた煙草に点けた。
桃の好きな甘さと、仄かな苦味が混じった煙を味わい、逢魔はゆるりとふかす。やはり、桃の煙草の味は嫌いだと思った。
桃は立ち上がって、そばにある喫煙所の灰皿に使ったマッチを捨てると、逢魔の前を通りがかりざま、揶揄うように尋ねる。
「集団リンチ後の一服。気分はいかが?」
一つ間をおいて、逢魔は離れてゆく桃の背中に短く答えた。
「最悪」
「はは、最高じゃねぇか」
桃という青年は、性格が悪い。人の隙を目聡く見つけて、潜り込もうとしてくるくせに己の隙は一切見せもしないし、他人の詮索はしてくるくせに、自分への詮索は許さないからだ。
そして、やはり何を考えているのかわからない——そういう、奇妙な人間だと逢魔は思う。同時に桃は、いつも他者の「深淵」を覗こうとしてくる。桃は以前、逢魔に「〝怪物〟だなんだと言われる同じ鼻つまみ者同士、柊連ではぼちぼちやっていこうぜ」などと言っていたが。
そういう所も、己と似ている所なのかもしれないと。逢魔は密かに考えるのであった。
ルール・ブルー【書籍版2024年2月1日発売】 根占 桐守(鹿山) @yashino03kayama
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