「ルール・ブルー 異形の祓い屋と魔を喰う殺し屋」発売記念SS①
こちらは、角川ビーンズ文庫さまより発売されております書籍版「ルール・ブルー 異形の祓い屋と魔を喰う殺し屋」本編から約二ヶ月ほど前の、前日譚のようなお話となっております。
本編のネタバレ無しの前日譚ではありますが、書籍版の本編読了後にお読みいただけることを推奨いたします。
──────────
「なあ。何で、仕事の組み分けの時……いつも俺と
祓い屋見習いの「クラゲ」こと、
「俺が常時、祓いの力を……使えない以上。一番相性が良いのは、どう考えても俺とクラゲだろ。なのに何で、俺とクラゲが組むことがねぇんだ?」
朝緒は生まれつき、人間が秘めたる破魔の力「祓いの力」が弱いため、仕事に活用すべき祓いの
「やだ。朝緒……あたしとが一番相性良いって。そんな、大胆な」
「ちょっとお前は黙ってろ」
恥ずかしがるように口元に片手を添え、真顔で軽口を叩く弥朔を朝緒が遮る。そして朝緒は、テーブルの向こうに座る義兄——
「それは当然、お前と弥朔がまだ未成年だからだ。未成年二人だけに、仕事は任せられん。しっかり責任を持つべき、大人の同伴が必要だろう」
「……つまり、ガキ扱いかよ」
「そうじゃない。俺たちが、大人としての責務を果たさねばならんだけだ」
茶を飲んでいた雨音は、テーブルに湯吞みを置いて、朝緒の問いに淡々と答える。
朝緒は雨音の答えに一瞬眉をひそめたが、すぐに宥められて、渋々ながらも納得したように短く息を吐く。だが、まだ足りないとばかりに、朝緒は雨音に問うた。
「じゃあ、桃とクラゲは? この二人が組むのも滅多にねぇよな」
「やだ。こっちにも火が飛んで来やがった。そういうとこがガキなんだよ、朝緒は」
「お前はしばらく黙ってろ、桃」
弥朔の口調を真似て軽口を叩き、肩を竦めて見せたのは朝緒の隣で胡坐をかくヒモ男——
ふざけることしか知らないような桃を鋭く睨む朝緒に、雨音はまた、小さく息を吐きながら答える。
「以前、桃と弥朔に仕事を任せた時……
「ああ……それは……なるほど」
「いや、なるほど。じゃねぇだろ? 俺のどこが不審者だよ」
雨音の答えを聞いて、桃に冷めた視線を向けた朝緒に、桃が不満そうに鼻を鳴らす。
確かに桃と弥朔の絵面は良くない、と朝緒は深く納得した。
「そして、俺と桃の二人だが……どうにも桃といると、注目を集めてしまってな。依頼人や他の祓い屋の方とお会いする時も、俺と桃だと何やら委縮させてしまうらしい。そのため、俺と桃だけの組み合わせも極力避けている」
雨音が心底わからない、といった様子で首を傾げる。そんな雨音と隣に座る桃を見比べて、朝緒は「ああー……」と一人納得しながら長く息を吐き出した。
「そりゃあ、お前ら……
「あー……それはちょっと、あたしも解るかも……ですね」
そう言って頷き合った朝緒と弥朔に、雨音と桃が「堅気?」と口をそろえて目をすがめる。
「雨音先生は、オールバックにお着物。桃さんは立派な体格なうえに魔性のお顔と、胡散臭い丸眼鏡……まるで、その。ヤのつく……ね?」
言葉を濁した弥朔の後に、朝緒が容赦なく桃と雨音の二人を見据えて断言する。
「どこぞの組の
「誰が若頭だ」
「だーれが下っ端だ。俺ならもっと成り上がってる」
雨音と桃が、即座に朝緒の見立てへと反論してくる。どうやら、そういう自覚は二人共あったらしい。
そこで不意に、弥朔がその場で勢い良く立ち上がり、片手で拳をぐっと握って見せた。
「ならば、あたしが水面下で考えていたこの計画を実行に移すしかありませんね……名付けて、雨音先生と桃さんの〝見た目だけでも堅気化計画〟!」
「水面下で何考えてんだ、お前は……」
呆れて朝緒は半眼で弥朔を見上げるが、弥朔は気にした風もなく、朝緒の肩を強く叩いた。
「ということで、抜群のヘアセット技術を持つ朝緒先生。あたしにいつもしてくれるみたいに、お願いします!」
「はあ……そうだろうと思ったわ……」
こういうテンションとなってしまった弥朔には、従うほかない。それを身に染みて知っている朝緒は小さく溜め息を吐きながら、自室にあるヘアセット用の道具を取りに行こうと重い腰を上げる。
「そもそも、
「おまえも堅気じゃねぇだろ、お兄ちゃん。危ねぇ禁術やら呪符の開発をこっそりやってる非凡野郎が、堅気なわけがねぇ」
「む……」
朝緒の背後では、雨音と桃が小さくぼやく声が零れた。
◇◇◇
まず朝緒は、ヘアアイロンやら霧吹き、ワックスなどを持って、雨音の前に立った。
「んじゃあ、とりあえず。前髪おろして、分け目を八対二くらいに……」
「……」
「……。次は、片側の前髪だけ耳にかけるか。こう、うん……」
「……」
「……次。次は、センター分けにしてみるか? ……あー……」
「……」
結局、いつの間にか雨音の髪型はいつも通りのオールバックに戻っていた。
朝緒は一つ息を吐くと、後ろに控えて終始黙って見ていた弥朔、桃と顔を見合わせる。
「……ダメだ。雨音の顔が
「雨音先生、裏社会で虎視眈々とのし上がってきた、白蛇みたいな印象が強いから……」
「やっぱ、日頃の行いやらマッドサイエンティストな
背後で好き勝手言っている朝緒、弥朔、桃の声に雨音が大きく息を吐いて、ほとほと呆れ果てたような顔で朝緒たちを振り返った。
「……俺はもういい。桃、次はお前の番だ」
「俺は別に、そんな変わらねぇと思うけどな。ま、よろしく。朝緒」
そうして、桃がいつも掛けている丸眼鏡を外し、朝緒の前に目を閉じて座る。朝緒は桃の赤みがかった神秘的な黒髪に水を吹きかけ、ドライヤーで乾かしながら、軽く前髪をセットしてみた。
「おし。じゃあ桃も、まずは前髪を上げてみるか……あ?」
朝緒は思いがけず、苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをすると、動きを止めた。朝緒の隣で桃を覗き込んでいた弥朔は生唾を吞み込んで鼻と口を両手で覆い、雨音は半眼で小さく息を吐く。
「何だ、こいつ……ふざけた顔しやがって……ヒモ野郎が」
「やべぇ……あ。あたし、鼻血出てきましたこれ」
「まったく……罪深い男だな。末恐ろしい」
朝緒たちの言葉に、桃は金色の双眸を開いた。
老若男女問わず。万人を狂わせるに違いない魔性の相貌が、人懐っこい笑みを微かに綻ばせて小首を傾げる。いつも掛けている丸眼鏡と、下ろされている前髪が無い今、桃の魔性の色香は留まるところを知らなかった。
その刺激をもろに喰らったのであろう弥朔が「ぐはっ……顔面国宝……」と呻きながらよろめく。
「ん……何だ。俺、どんな風になった? ……って、うお!?」
桃がそう尋ねてきたのを遮って、朝緒は大量の水を霧吹きで桃に吹きかけ、その赤みがかった黒髪をぐしゃぐしゃに搔き乱す。
「黙れ。ヒモ野郎が。お前は一生、寝癖頭でいやがれ」
「おいおい……何でいつにも増して辛辣?」
ボサボサ頭で苦笑する桃にも構わず、朝緒はドライヤー片手に両腕を組んで小さく息を吐いた。
「この調子だと、やっぱしばらくは仕事の組み分けの面子は変わらねぇな……新人でも入ってくりゃあ、また違ってくるんだろうが」
そう呟いた朝緒の言葉に、立ち上がった桃が背中越しに低く笑った。
「新人ね——そう遠くねぇうちに。朝緒の思う通りになるかもな? つっても、それは手に負えねぇ〝怪物〟だったりして」
「はあ? テキトーなこと言ってんじゃねぇぞ、桃。お前はいつもいつも……」
「ま。楽しみにしとこうや」
朝緒の小言を遮って、やはり桃は怪しく笑う。この時朝緒は、また桃のくだらない冗談かと思っていたのだ。
それから二か月後。
如月屋に「狂犬」と呼ばれる殺し屋の新人が加入することになるが——その〝最悪の出逢い〟を、朝緒は未だ予感すらしていない。
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