「ルール・ブルー 異形の祓い屋と魔を喰う殺し屋」假屋逢魔 誕生日記念SS

 こちらは、角川ビーンズ文庫さまより発売されております書籍版「ルール・ブルー 異形の祓い屋と魔を喰う殺し屋」本編の後日譚のお話となっております。

 ですので、書籍版の本編読了後にお読みいただけることを推奨いたします。


 ──────────


「おい……本気で行く気か? クラゲ……」

「何言ってるの、朝緒あお。ここまで訪ねて来ておいて、行かない選択肢なんてあるわけないでしょう」


 朝緒は現在、弥朔みさくと共にとあるボロアパートの一室の前に立っていた。

 無理やり弥朔によって、ここまで引っ張り出されて来た朝緒は、げんなりと大きく溜め息を吐き出す。


「そもそも、あいつの誕生日って結構前のことなんだろ? 今更祝うって……」

逢魔おうまさんのお誕生日は二月三日——まだ二か月しか経ってない。だから、今からでもお祝いは間に合うよ」

「俺は微塵も祝いたくねぇんだが……」


 嫌そうな顔を隠しもせず、今すぐにでも帰りたい心持ちの朝緒。そんな朝緒にも構わず、隣に立つ弥朔は肩に提げたトートバックから一冊の〝薄い本〟を取り出した。それを目にした朝緒は、ぎょっとした声を漏らす。


「そ、それは、まさか……」

「うん。もちろん同人誌。この間言ってた、アオ×モモがモデルのね。これを逢魔さんへのお誕生日プレゼントにしようと思って、持って来たんだ」

「はあ……アホすぎんだろ、お前……」


 朝緒は思わず、軽く頭を抱えてまた深く溜め息を吐いた。心なしか、頭痛までしてきた気がする。

 朝緒の呆れ果てたような言葉に、弥朔がムッとした様子で言い返す。


「アホじゃない」

「いや正真正銘のアホだろ。逢魔がそんなモン、受け取るわけがねぇ。突き返される前にやめとけ、クラゲ」

「いーや。逢魔さんなら受け取ってくれます。だってこの間、別の同人誌を読んでくれたし、感想までいただいたんだから。逢魔さん、本を読むのが好きなんだって」

「は……はあ!?」


 信じられないと、朝緒が大声を上げた瞬間。目の前の部屋の扉が、鈍い音を立てて開かれた。そして中から、今や聞き慣れた無機質な声がするりと流れてくる。


「人の家の前でうるさい。何やってるの、きみたち」

「あ、逢魔さん! すみません、お騒がせして……え」

「あ……?」


 現れたのは、部屋の主である逢魔、であったが——その姿を目の当たりにした朝緒と弥朔は、思いがけず言葉を詰まらせて固まった。


 逢魔はいつもの見慣れたスーツ姿ではなく、部屋着であった。


 ズボンは、どこかの学校のモノだろうか。痛いほど目につく緑色をした、ボロボロの学生ジャージを履いている。腰には、ジャージの上着と思われるモノが袖同士を結んで巻かれていた。

 そうして極め付きには「KILL YOU」という白文字がプリントされている、襟元がヨレヨレになった皺くちゃの黒色Tシャツ。

 艶やかな黒髪を軽くポニーテールで結った逢魔は、白磁の美しい顔を崩さぬまま。とんでもない恰好を惜しげもなく披露していた。

 朝緒はそんな逢魔を目の前に、本音が口をついて出る。


「ダッッ……」

「朝緒」


 朝緒の口を片手で抑え、見事にその本音を遮って見せたのは弥朔。弥朔は冷や汗を滲ませながら「それだけは言ってはならない」という顔で、首を横に振る。何とか平常心を取り戻した朝緒は、顔を引き攣らせながらも弥朔に何度も頷いて見せた。


「? なに、二人とも」

「い、いえ! お気になさらず」

「それで。何しに来たの」


 逢魔が無表情な顔に、微かに怪訝そうな色をたたえて首を傾げる。弥朔が咳ばらいを何度かして、逢魔に答えた。


「実は遅ればせながら、逢魔さんのお誕生日をお祝いしたくて来たんです。雨音あまね先生やももさんともご一緒したかったんですけど……雨音先生は仕事がお忙しく、桃さんはやっぱり今日も行方不明でしたので。朝緒とあたしの二人で、逢魔さんのお祝いに来ました」

「……」


 弥朔が訪ねてきた理由を説明する横で、朝緒は短く鼻を鳴らす。二人を見比べた逢魔は、僅かに目を見開いたようだった。


「……誕生日」

「はい! 逢魔さん、節分の日のお生まれなんですね。おめでとうございます」


 弥朔の言葉に、朝緒は「確かに」と内心で気が付いた。逢魔の誕生日だという二月三日といえば、だいたいの年が節分の日だ。

 朝緒はニヤリと笑みを浮かべて、皮肉っぽく逢魔に声を掛ける。


「節分の生まれか。『鬼は外、福は内』とよく言うが……何とも、鬼を地の果てまで追いかけまわしそうなてめぇにピッタリの誕生日じゃねぇか」

「ああ、うん。……『鬼は内、福も内』」


 ふと、朝緒の皮肉へと素直に頷いたかと思えば、逢魔が小さく呟いた。その呟きに、朝緒は目をすがめて尋ねる。


「何だ、それ」

「母がぼくの誕生日の時、いつも言っていた言葉。どんな鬼も、ついでに福も。内に入ってくれば、きっと楽しくなるって。そう言っていた」

「……!」


 朝緒は、はっと息を吞む。逢魔の母親のについて、思い出したからだ。これはあまり、突っ込んでいい話ではないかもしれない。


「今思い返してみれば……本当に、馬鹿げたことを言う人だったな」


 逢魔が、どこか虚しい声でそう零した。朝緒は反射的に逢魔へと、本心で思っていたことを大声で言い返す。


「んなことねぇ。すげぇ、いい言葉だろうが。俺はその言葉も考え方も、好きだ」


 途中で我に返って、後半の声は尻すぼみになってゆく。そして朝緒はいたたまれない心地になって、そっぽを向いた。

 逢魔が短く息を吸う気配がする。しかし、すぐにいつもの無機質な声が呆れたような色を纏って、朝緒に掛けられた。


「……やっぱり、アオも馬鹿だ。きっときみは犬死にする」

「ああ!? 何だとてめぇ!」

「まあまあ、二人共」


 いつも通りの険悪な二人に戻ったところで、弥朔の仲裁が入る。


「それで、逢魔さん。あたし、逢魔さんへのお誕生日プレゼントを持って来たんです。朝緒は……」

「俺が持ってくるわけねぇだろ。こんな狂犬野郎にくれてやるモノなんざ、一つたりともねぇからな」

「ああ。アオのはいらない」

「……死ぬほど腹が立つ野郎だな? てめぇは」


 弥朔は互いに不機嫌な空気を醸し出す朝緒と逢魔に苦笑しながらも、逢魔へと持参してきた〝薄い本〟を手渡した。


「では、あたしからのお誕生日プレゼントは……こちら、この間言ってた新刊『青い果実』です。どうぞ!」

「うん。ありがとう、弥朔。また楽しませてもらう」


 何と、逢魔は快く弥朔の〝薄い本〟を受け取った。

 思ってもみなかった逢魔の反応に朝緒は、啞然とした顔で「てめぇ……ありがとうとか、言えたのか……」などと、混乱したような声を漏らす。

 その横で、弥朔が楽しそうに声を弾ませた。


「来年は如月屋全員でお誕生日、お祝いしましょうね。逢魔さん」


 弥朔の言葉に、逢魔は頷きも返事もしなかったが、小さく鼻から息を漏らした。

 一方朝緒は、弥朔の言葉をどこか曖昧に受け流した逢魔に何故だか無性に腹が立って、思わず舌打ちをする。



 誰に何を言われようと、来年も、いつになろうとも——自分が逢魔を祝うことは絶対にない。

 朝緒は内心でやはり、そう深く心に決めたのであった。

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