第12話 群青の祓い屋たち

「殺し損ねた。最悪」


 雨音と桃の二人がかりで、眠っている間に封印の呪符で厳重に縛られていた逢魔は、ようやく自由になった身体をパキパキと鳴らしながら不満げな声を零した。

 呪符を解いてやった朝緒は、呆れ果てて溜め息を吐き、逢魔を見上げる。


「てめぇの目は節穴か? 最後に、わざわざてめぇにまで礼を言いに来たあの母親の喜びようを見といて、何をぬかしてやがる」

「何を見て、何を聴こうとも。ぼくは変わらない。異形は人間だけでなく、同族をも容易く喰い殺す、碌に秩序すら保てない生き物。危害を加えられてからでは遅い。そんなものは全て殺すべきだ」


 逢魔は端然とそう言って、恐ろしく真っ直ぐな視線を朝緒に突き刺す。


「それが……人間と異形の間の子であってもか?」

「無論」


 朝緒は、逢魔のどこか透明で、しかし金剛の如く堅い意志を持った視線に、また心の底の不安と恐怖感が小さく蠢く。

 それでも、それらに屈することは絶対に嫌だ──という頑なな心を奮い立たせ、またいつもの如く噛みつくように逢魔へと言い返した。


「なら、これからは何度でも俺がてめぇを止めてやる! 何が五天将だ。俺がいる限り、てめぇには誰も殺させねぇからな、このクソアホ狂犬野郎!」

「そう」


 あしらうような短い応えであったが、逢魔の声はどこか微かに、面白がるような色が滲んでいる。

 それを密かに察した桃は、二人の背後でニヤニヤと怪しい笑みを浮かべながら、隣にいる弥朔へと小さく囁いた。


「な? やっぱあいつら、いいコンビだって。次はアレをネタに薄い本書いてみろ、クラゲ」

「ほーーう……なるほど。イチャイチャじゃなくて、ギスギス関係からくるエモさ。いいですね、朝緒×逢魔のカップリング! 新たな性癖を開拓できそうです……カップリング名は何にしよう」

「朝緒が左なのは、逢魔の場合でも変わらねぇのか……」

「いや、桃さんと逢魔さん相手だったら、完っ全に朝緒がポジになるでしょ!?」


 徐々に大きくなってくる弥朔の声を拾って、朝緒は額に青筋を浮かべながら背後でおぞましい話をしていた二人を振り返る。


「おいそこ! 気色悪ぃ話してんじゃねぇ! 次、俺の前でんなふざけた話してやがったら飯抜きにすんぞ!」

「え。なに、朝緒……またあたしにご飯、作らせてくれるの? そんなにあたしのご飯食べたかったんか……もー、早く言ってよ。あの鴉天狗の赤ちゃんのお礼も兼ねて、とびっきりのクラゲスペシャル作ってあげるから」

「ちげーわ!? てめぇは台所立ち入り禁止だろうが! 怪我人が出るから冗談抜きでやめろ!」


 子犬の戯れの如く言い合っている少年少女を横切って、逢魔は半日以上軟禁されていた空き部屋から音も無く出ようとする。

 部屋の出入口前にて腕を組んで佇んでいた桃は、朝緒と弥朔に目を留めたまま。既に部屋から一歩踏み出していた逢魔を呼び止めた。


「ここ、来てよかったろ。おまえ、寂しんぼだからな」


 逢魔は一度立ち止まって、一つ瞬きをすると、相変わらずの無表情のまま短く応える。


「まだ、わからない。だけど」


 そして、微かに薄い唇の端が上がった。


「──あんなにも真正面から。啖呵を切られたのは生まれて初めてだ」


「あと。さみしがりは落神の方でしょ」と珍しく笑いを含んだ声を受けて、桃は素早く視線だけを逢魔に向ける。しかし、そこには初めから何もなかったように、もう誰もいなかった。


「おい。桃、弥朔、朝緒──立て続けになるが、また依頼が入った。さっそく、それぞれの仕事を割り当てる。居間へ来い」


 部屋を後にした逢魔と入れ替わるように、ひょいと顔を出したのは雨音。

 雨音の声に、桃は返事の代わりに大きく欠伸をしながらのろのろと部屋を出る。一方、弥朔は「はーい!」と明るく返事を返し、小走りで廊下を駆けていった。

 それに続いて朝緒も廊下に出ると、弥朔たちが向かった居間とは反対方向へと身体を向けて、背中越しに雨音に声を掛ける。


「じゃあ俺、逢魔探してくる。ったく、アイツ。いつもフラフラと勝手に消えやがって……」


 気だるげに金色の短髪を掻き乱している朝緒の背中を、雨音は思いがけず笑いを零しながら呼び止めた。


「……すっかりお前も、逢魔の世話役が板に着いたな」

「はあ!? 俺はあんなクソ野郎の世話なんか……」

「逢魔なら既に居間にいる。その調子で、これからの仕事でも逢魔と共に助け合ってゆけ」


 雨音が眉を上げてそう言ってみせると、ゆっくりとした動作で居間の方へと足を向けた。

 ふと、空き部屋の開け放たれた窓の外に広がる空の群青が、朝緒の目に入る。その鮮やかな青色を見て、朝緒は逢魔と幽世で過ごしたほんのひと時──〝青の時間〟を思い出した。


「……誰があんな狂犬野郎と」


 朝緒は雨音の背中を振り返って、苦々しげに小さく悪態を吐く。そうして、如何にも不機嫌そうな顔で鼻を鳴らすと、静々と歩く雨音の背中を追って、如月屋の面々が揃う居間へと歩き出した。






 対異形専門相談所「如月屋」。

 異形に関する禍事を打ち払う「祓い屋」とも呼ばれる彼らは、夜明け前。藍闇と白光が溶け合う、「青の時間ルール・ブルー」に現れると云う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る