第11話 別れ
「おー。やっと見つけた」
「……落神」
「ったく、やり合ってる最中にいきなり飛び出していきやがって。本当、勝手な奴だな。おまえは」
背後の幽世門から聴き慣れた男の声が聞こえて、逢魔は振り返ることなく声の主の名を呼んで応えた。
桃は逢魔の隣までくると、そこから少し離れた場所で、ぐずる赤子を必死にあやす朝緒の背中を静かに見守る。そんな桃を逢魔は横目で一瞥するが、すぐに視線を戻して足元に転がっている毒芽人をつま先でつついた。
「この毒芽人、きみの手柄にしな。そして柊連で偉くなって、もっと僕が自由に動けるようにしとってよ」
「……そりゃおまえ。自分でやるもんじゃねぇのか?」
「偉くなったら、その分縛られる。縛られるのは嫌いだ」
「おれは縛られてもいいのかよ」
「きみは少しくらい、何かに縛られていた方がいい。地に足がついていないからね」
「……なかなか言うな。おまえ」
桃は小さく苦笑を零して逢魔を見る。そうして、どこか揶揄うように朝緒へと向かって顎を振って見せた。
「んで? 異形は殺さなくていいのか?」
「異形は殺す。け、ど——」
「うおっと」
逢魔はついに眠気の限界を超えたのか、大きくふらついてその場に倒れ込もうとする。だが、その身体を咄嗟に桃が支え、随分と慣れた様子で肩へと担いだ。
身動き一つせず、死んだように眠りこける逢魔に桃は笑いを含んだ溜め息を吐き出す。そして、朝緒の背中へと声を掛けた。
「朝緒」
「うお……桃!? いつの間に。つーか、逢魔? どうしたそれ」
「お眠なんだと。こいつは暗闇に弱ぇんだ。——それと、朗報。その赤んぼの親、見つかったらしい」
「! まじか!」
「ああ。だから、とっとと帰るぞ。赤んぼは大丈夫か?」
「ん。もう、落ち着いた。——そうだな。帰ろう」
担いだ逢魔と共に、桃はさっさと幽世門をくぐって行ってしまった。朝緒もその後を追うが、もうすぐ朝を迎える幽世を最後に振り返る。
(いつか——この世界のことも、知りたい)
朝緒には、藍闇の溶けつつあるその世界がやはり、話に聞いていた〝地獄〟のようなものには到底見えなかった。
◇◇◇
その後、無事朝緒と桃は如月屋へと帰り着き、そこには雨音が探し出してきた赤子の母親が訪れていた。その母親はなんと、異形ではなく人間の女性であって、朝緒はひどく驚愕することとなる。
母親によると、赤子は鴉天狗と人間の間の子であるらしく、鴉天狗の父親の方は未だ幽世にて必死に赤子の捜索を続けているという。
母親と赤子との別れ際。思いがけず朝緒は母親に「なぜ異形と……?」と問いかけた。
しかし、彼女は満面の笑みで快く答える。
「私が好きになった人が、たまたま異形の人だった。ただそれだけです——彼と、そしてこの子がひたすらに愛おしいから。そういうの、どうでもよくなっちゃったんですよね。だから……私と、私の大好きな彼との、世界で一番大切なこの子を守ってくださって、本当にありがとうございます」
そんな答えを聴いた朝緒は、微かに笑って「そうか」と頷く。そして最後に「早くデカくなって、母さんと父さんを大切にしろよ」と赤子の額を撫でてやって、二人の親子と別れるのであった。
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