第10話 青の時間
「ううう! ふぎゃあ! ふぎゃあ!」
「ああ、異形。殺す」
「待て待て待て、待ちやがれ!!」
柊に守られた赤子がぐずり始めて、逢魔と朝緒は赤子の泣き声が轟く方向を振り返ろうとする。しかし、二人が振り返った瞬間——頭上から、おびただしい数の蜘蛛が土砂降りの如く降ってきた。
「くっ……!?」
朝緒は反射的に両腕を構えて身を守る体勢に入るが、その前に逢魔がスーツの下に身につけているホルスターから二挺拳銃を抜き出し、降り注ぐ蜘蛛たちを瞬時に一匹残らず撃ち抜いた。
一時的に頭上からの脅威は去ったものの、次はどこからともなく地面一帯を蜘蛛が覆いつくしてゆき、朝緒と逢魔に襲い掛かってくる。
朝緒は蜘蛛たちを足で蹴散らし、吐き出される糸を避けながら大きく舌を打った。
「クソ! まさかこの蜘蛛の式共……あの毒芽人の術者の制御がなくなって、暴走してんのか!?」
「そうらしい。アオの面倒臭さといい勝負」
「んなわけあるか!」
「……ん」
ふと、逢魔が小さく声を漏らして身体をふらつかせると、がくりとその場に片膝を着いた。
「逢魔!?」
初めて見る逢魔の膝を着いた姿に、朝緒は仰天したように声を上げる。「どうした」と掛けようとした言葉は、逢魔が軽く掲げた片手によって制された。
「随分耐えたけど。そろそろ、限界——眠い」
「は?」
片手で目元を抑え、微かに鼻から息を漏らす逢魔の「眠い」という言葉に、朝緒は怪訝な声を上げた。
「ぼくは、夜から夜明けまでが弱いんだ。暗くなると死ぬほど眠くなる。いつも二十時までには寝てるくらいだし」
「お子様か!?」
朝緒の言葉に逢魔は如何にも眠たげな半眼で、むっとした声を朝緒に返す。
「アオもぼくと似たようなものでしょ。祓いの力、夜明け前の時間帯しか使えないんだから」
「ぐ……なんでそれを」
「落神に聞いた。無駄に早起きな年寄りみたいだって言っとったよ」
「あのヒモ野郎、後でしばく」
逢魔はついに脚にまで纏わりついてきた蜘蛛たちを銃で撃ち消しながら、鈍い動きで何とか再び立ち上がる。そして、何やらぼうっと空を見上げたまま、少し離れた場所にある巨木を銃を持った手で指し示して見せた。
「あの木の上に、この無限に生まれ出てくる式神たちの〝核〟がある。それをアオ、きみが討ち取って」
「! あれは……!」
逢魔が指し示す巨木の幹には、朝緒たちに群がる人ほどの大きさをした蜘蛛たちの何十倍も巨大な——まさに〝大蜘蛛〟が幹の色に同化するように張り付いていた。どうやら、あの大蜘蛛こそが先ほどの毒芽人の式神の本体であり、大量の蜘蛛たちを生み出す源泉であるらしい。
「ぼくは、眠い。……道は開けてあげるから、後はアオが何とかしなよ」
「……わかってる。だが、今の俺じゃ、式神を消滅させることができる祓いの御業は……」
「うるさい。めんどくさい」
「な、はあ!?」
「空。見て」
何やらさっきからずっと、一心に空を見上げている逢魔に倣って朝緒も空を見上げた。
「現世と幽世は昼夜が逆転している。現世での夕暮れは、幽世の夜明け。幽世の夜明けも現世と同じく、祓いの力が最も高まる聖なる時間だ」
逢魔の言った通り。そこには、朝緒の瞳と同じ色をした、夜明け前の広大な空。ほのかに白い朝日を帯びて深い藍が溶けた、白昼の空よりも、大海よりも鮮やかな——青の世界。
「ほら。ここからの世界は、きみのもの——
逢魔は辺り一面を覆いつくした蜘蛛たちに向かって、大量の灰の弾をばら撒く。即座に二挺拳銃を構え、無数の銃弾を撃ち込むのと共に、ばら撒いた全ての灰の弾にも見事銃弾を命中させた。ばら撒かれた弾と、銃から放たれた弾がぶつかってまるで乱反射の如く弾け、更に多くの蜘蛛たちを蹴散らす。
幽世の世界が完全に青に染まり。逢魔によって、朝緒の前には道が開かれた。
朝緒は駆け出すのと同時に、そばに落ちていた毒芽人の大太刀を拾い上げる。大太刀の刃は幽世を覆う青を美しく映して、朝緒が振り上げると閃光の如く煌めいた。
——如月流
朝緒の祓いの御業は、大蜘蛛の身体を三つに切り裂く。そして大蜘蛛は塵となって崩れ、他の蜘蛛たちも煙となって消え去った。
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