第4話

「あの土地にはね、元々祠みたいなものがあったんだよ」


「祠……?」


 普段の会話では出てこないようなキーワードに、どきりとする。


「そう。あの土地の地主さんは、その祠の世話を代々していたらしい」


 背筋がざわざわとした。今は真夏なのに、寒気が体中を這っているようだった。


「元々土地を買い取るとき『きちんとその祠を祀ること』を地主が売却条件としていたらしい。当然うちの会社も了承した上で買収して工事を始めたわけだが。それが工事の業者にうまく伝わってなかったんだ。結果、祠を一部取り壊してしまって」


「えっ!」


「鳥居みたいなのがあって、その奥に石の祠があったんだけど。鳥居を壊しちゃったんだよね。で、それに地主が怒って怒って。結果としてお金で解決したらしいんだけど」


「その祠、今はどうなってるんですか?」


「俺もY店に行ったことがないから、今どうなってるかは知らないんだけど。とにかく祠は直さなかったみたいだよ。オープンまで時間がかかっちゃったこともあって、そんな金ないっていう本社の意向で。たぶん半壊状態のまま、まだ同じ場所にあるんじゃないかな」


 言いようのない恐ろしさを感じた。

 もちろん、常識的に考えたら、単に偶然が重なって人が死んでいる、と考えるのが普通だ。


 しかし店で多発する心霊現象や、代々祀られていた祠が放置されていること、そして一年もしないうちに働き盛りの健康な男性たちが急死していることが、無関係であると言い切れるのだろうか。


「桜井さん……。山上さんから、何か、その。亡くなる前に相談を受けたりとかは」


「俺も含めて、だれもが新店オープンで、ノイローゼにもなったんじゃないかって相手にしてなかったんだけど。『後ろからじっと見られている気がする』『寝ていても誰かに覗き込まれている』『誰もいないのに声が聞こえる』って、店舗がオープンしてからしばらくして言い始めて。彼はやっぱり、祠を祀ってないのが問題なんじゃないかって言ってね。とりあえずお花を供えてみたりとか、掃除したりとか色々していたようだけど。結局、若くして亡くなってしまったね。まあ、それが原因なのかどうかは、わからないけど。病死だったし」


 桜井店長は、目頭をおさえ、嗚咽を漏らした。


「だけど……馬鹿にせずに、もうちょっとちゃんと悩みを聞いてやればよかったって。今になって後悔してるんだ。まさかあんなことになるなんて、思っていなくて」


 堰を切ったように涙が止まらなくなった桜井店長の姿を見て、俺はなんとも言えない気持ちになった。


 このまま事態を見守っているだけでは、俺もこの人のように後悔で泣くことになるかもしれない。


 俺は泣き続ける桜井店長の横に立ったまま、彼の休憩時間が終わるまで、ずっとその場にたたずんでいた。




「祠」とは、なんなのだろう。

家に帰ってすぐにパソコンを開き、「土地、祠」と検索ウインドウに打ち込むと、その答えは思ったよりすんなりと出てきた。


 目に入ったのは「屋敷神」というワードだった。


 その土地や屋敷の守り神として祀られるものらしい。自然霊や先祖霊が祀られるらしいが、それはその土地による。

 何を祀っているのかは、長く続いているものほどわからないことが多いという。


 屋敷神の管理は、土地の所有者によって行われる。つまり、屋敷神から見れば、いまの所有者はうちの会社な訳だが。その土地で働く管理者という考え方を採用するならば、「店長」が屋敷神を管理する役割を負うと考えられるのではないか。


「屋敷神の祟りってこと……?」


 俺はどうしても気になって、その晩、Y店を訪れてみることにした。ことの経緯を報告すると、草野も仕事が終わったら合流すると言う。


 俺たちが店舗の裏手で落ち合ったのは、午後九時をまわったところだった。


 顔を合わせた瞬間から、俺たちはろくに言葉も発さず、屋敷神の祠を探し続けた。


 パッと見た限りでは、祠らしきものは見つからなかったが、資源ごみの回収箱の近くに、ビニールシートをかけられた、不自然な形の「なにか」があった。


 青い古びたビニールシートは、黄色と黒のマダラ模様のロープでぐるぐる巻きにされていた。俺の顎くらいまでの高さがあり、シルエットを見る限り岩のようにゴツゴツしたもののような気がする。


 草野と視線を合わせ、息を呑む。


 俺たちは震える手でロープを解き、そのビニールシートを一気に取り払う。


 草野が、ちいさく悲鳴を上げたのが聞こえた。


 そこには、古ぼけて苔だらけになった石の祠があったのだ。ろくに手入れもされず、薄汚れた祠からは、澱み切った恨みの念と、凝縮された妖気のようなものがただよっている気がする。


「これは、やべえな……」


 あまりの禍々しさに、それしか言えなかった。


 ふいに、耳元で息遣いのようなものが聞こえた。


 即座に振り返るが、誰もいない。



 全身の毛が逆立つような感覚になって、自分の第六感のようなものが、「ここにいてはいけない」と言っているような気がした。


 俺は恐ろしくなって、草野の手を引っ掴み、乗ってきた車に飛び乗ると、静まり返った閉店後のY店を、逃げるようにあとにした。




 その後数日間、俺は悩みに悩んだ。本社になんて伝えれば、祠を祀り直してもらえるだろう。全てを知った上で、みすみす江崎店長を死地に追いやるような事態を傍観するのは気分が悪い。


 しかしそんな俺の苦悩は、なんの意味もなかったことが後日明らかになる。


 なんと本社が、突如祠の改修工事と、鳥居の立て直し、神主による祈祷まで行ったのだ。


 本社も、ここまで人が立て続けに亡くなったことで、何かしなければと思っていたらしい。


 江崎店長は異動したが、ピンピンしているし、祈祷が行われて以降、心霊現象もぴたりと止んだそうだ。



 なんなんだよ、と一人で悪態をついてみたが、江崎店長が元気ならまあいいか、と思い直した。




 それからしばらくして。


 うちアパートの近くの大きな屋敷が取り壊されて、まっさらな土地と祠だけが残された。どうやら車の販売店になるらしい。


 気になって進捗を見守っていると、祠は残ったが、その前面を塞ぐように、販売店に併設された、車の整備工場が建ってしまった。


 それからまたしばらくして、整備工場内で首吊り自殺があったらしい。その次は車の誘導係をしていた販売員が、アクセルとブレーキを踏み間違えた客の車に轢き殺された。



 あれは祠を粗末にしたせいなのだろうか。


 その真相は、誰にもわからない。


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