第3話

 翌日、休憩時間に草野に土地の件についてメールを送ると、もしよかったらお互いの自宅の中間地点で会わないか、という返事が返ってきた。


 土地の話については、彼女も知っていることもあるようだが、もう少し調べた上で、まとめて報告したいとのことだった。


 確かに電話で話すより、直接会って話す方が色々スムーズかもしれない。

 そして自分が興味本位で調べている案件に、これだけ協力してもらっているので、食事の一回くらい奢らないと悪いな、という気持ちもあって。俺は彼女の申し出を快諾した。



 俺たちが待ち合わせたのはよくあるチェーンのファミレスで。

 彼女にはもうちょっといい店でもいいよ、と言ったのだが。奢ってくれるなら悪いから、と草野が折れてくれず、この場所に落ち着いたのだ。


 真っ黒なおかっぱの頭で、化粧気のない地味な女を想像していたのだが。ファミレスにやってきた草野は、ツヤのあるダークブラウンのロングヘアーに、嫌味のない薄化粧をしていて。彼女を目の前に、俺は少し緊張をしてしまった。

 新卒からしばらく経つと、ずいぶん垢抜けるものだな、と、失礼な感想を心の中で抱きつつ、俺たちは安っぽい合皮の張られたソファーに腰を下ろした。


 お互いドリンクバーと軽食を頼み、少し腹が落ち着いたところで、彼女は調べた内容の報告をし始めた。


 元々あの土地は、「神野」という地主が持っている土地らしい。

 言われてみれば、事故物件マップで見た時に、いそざきのすぐ隣の土地に、「コーポ神野」というアパートもあったので、あのあたり一帯が神野家の土地なのかもしれない。


「うちの会社の店は基本借地の上に店舗を建てることが多いじゃない? でもY店の土地はね、買取りだったの。だけどね、工事を始めてから、元々の土地の持ち主とかなり揉めたみたいで」


「揉めた? 売ったあとに?」


「そうなのよ」


 詳しいことは草野も知らないらしい。ただ、当時そのせいで工事が大幅に遅れ、元々のオープン予定日から三ヶ月も開店が遅れてしまったのだと言う。


「私は平社員だから、なぜそんなに揉めたのかっていう理由は聞かされてなくて。当時の店長なら詳しいことを知っていたはずなんだけど、もう亡くなってるからね」


「そうか……」


 土地に何かありそうだということはわかったが、うちの会社と揉めているなら地主に聞くこともできない。となると、さらに事情を聞くにはどうするのがいいのだろうか。


「経営企画部……に同期がいればいいんだけどな。いや、あそこはベテランだらけだから、同期はいないか。いきなり電凸しても、相手にしてもらえない気がするなあ」


 あーでもない、こーでもないとブツブツ俺が言う間、草野は黙ってコーヒーのカップを見つめていた。しばらくして何か閃いたように顔を上げた彼女は、俺に向かって意見を述べた。


「そういえば、一番最初の店長、山上さんっていう人だったんだけどね。隣店の店舗の店長と仲が良くて。その人に色々相談していたみたいなの。確か……桜木さん。その人にならもしかしたら、土地の件話してるかもしれない。桜木さんに連絡とってみるのはどうかな……?」


「草野さん、なんか探偵みたいだね。俺よりずっとこの調査、向いてるよ」


 俺が真面目な顔でそう言うと、彼女は吹き出した。

 笑った顔もなかなかいいじゃないかと、俺は密かに思ったりしていた。



 出勤日。休憩時間にデータベースをいじると、すぐに「桜木さん」の現在の勤務先が出てきた。今はK県内では末端の店舗に当たる「A店」の店長をしていることがわかった。流石に閉店後といえど、店長に仕事と関係ない理由で電話をするわけにもいかず、俺は休みの日に、一人でA店へ向かった。


 草野も一緒に行こうかと言ってくれたのだが。直近では休みが合わなかった。できれば江崎店長が異動する前にことの次第を調べ切りたかったので、俺一人で行くことにした。


 A店は四十年以上営業を続ける店舗で、見た目も少しボロくなっている。どちらかというとY店よりもA店の方が、お化けスーパーにふさわしい趣だと思った。


「すみません、桜井店長いますか。K店の山田ですが。少しお伺いしたことがあって」


 店舗に入ってすぐ、近くにいたスタッフに声をかけると、すぐに桜井店長が出てきた。草野からも聞いていたが、穏やかな感じの人で、仕事中にも関わらず、嫌な顔ひとつせず、俺をバックヤードに招き入れてくれた。


「今日は休み? ちょうど今から休憩時間だから、ちょっとなら話せるよ。突然訪ねてくるんだもの、驚いたよ。ちなみに君は喫煙者?」


 しばらく吸っていなかったが、ここで断ると話が途切れてしまうと思い、「たまに吸います」と答えると、嬉しそうな顔をして、彼は俺を喫煙所に連れ出した。


「最近は肩身が狭くてねえ。うちの店舗俺以外吸わないんだよ。いやあ、嬉しいなあ」


 店長は俺に一本タバコを渡し、ライターで火をつけてくれた。


「すみません、突然に押しかけて。実はうちの江崎店長が、今度Y店に異動することになりまして」


 俺の言葉を聞いた瞬間、桜井店長はさっと顔色を変えた。

 色味を失った顔で、俺の顔をまじまじと見つめたと思うと、気を取り直すようにタバコを蒸し、煙を吐いた。


「そう、Y店に……」


「あの店、もう三人店長が亡くなってるって聞きました。俺、自分のところの店長が行くってなったら、ちょっと気になっちゃって。色々調べてるんです」


 桜井店長は、目を逸らしたまま、俺の話を聞いている。


「あそこが開店する時、土地の元々の持ち主と揉めて、オープンに時間がかかったって聞きました。何があったのか知りませんか。今Y店にいる草野さんと俺、同期なんですけど、桜井さんが当時の店長さんと仲良かったって聞いて。それで……桜井さんならご存じなんじゃないかと……」


 そこまで言い切って、桜井店長の顔色を伺った。


 普通に考えたら、仕事中にこんな用事で押しかけてきた社員、迷惑以外の何者でもないだろう。


 しかし桜井店長は、怒るでもなく、視線を俺の方に戻し、眉尻を下げて悲しげに笑った。


「山田君はいいやつだね。江崎さんは部下に愛されていて幸せだ」


 そう言うと、彼はY店オープンまでの経緯を、語り始めた。










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