第2話

「もしもし? 山田ですけど」


「ごめんね、わがまま聞いてもらって」


「いや、いいよ。むしろ帰宅してから話す方が俺もありがたいし」


 草野の声は、店舗で聞いた時よりも柔らかさが増した気がした。もしかしたら俺が電話した時は、周りに誰かいたのかもしれない。


「で、さっきの話だけど……。Y店では、何が起きてるの? 三人も店長が死ぬって、ちょっと異常だと思って」


「うーん。店がどう店長の死因に関わってるかって言われると、特に言えることはないんだけどね……。店で亡くなった訳ではないし」


「そうなんだ」


 俺は拍子抜けして、座っていたソファーに寝そべった。

 なんだ、単なる偶然が重なっただけか、と、電話口の相手に聞こえないようにため息をついた。


「店舗スタッフの仲はいい方だし、地域的にも治安はいい方だから、万引きとかも少ないし。お客様とのトラブルも少ないしで、いい店ではあるの。ただ……」


「ただ……?」


 言い淀むような彼女の口ぶりに、再び好奇心が湧き上がる。

 俺ははやる気持ちを抑えながら、彼女の次の言葉を待った。


「幽霊が出るの」


「幽霊?」


「うーん、信じられないよね」


「いやいや、そんなことないよ。俺は肯定派だから。続きを話して」


 面白くなってきた。とばかりに、寝転んでいた体を起こし、ソファーの上で姿勢を正した。


「誰もいなくなったはずのバックヤードで、作業している人影が見えたり。夜の時間帯になると、店内放送に人の悲鳴みたいな音が小さく入ったり。閉店後にお客様の姿が見えて、呼び止めようと追いかけると、角を曲がったところで忽然と消えていたり。とにかくそういうことが、定期的に起こるの」


「マジか」


 聞きながら、背筋に悪寒のようなものが走る。

 怖い話は好きだが、身近な人物の体験として聞かされると、恐ろしさが倍増する。


「もう、店舗の店員はさ、慣れちゃって。特に気にもしてないんだけど。ほら、管理職の人は、結構遅くまで事務作業まで一人で残ることもあるからさ。そういうのの心労がたたったんじゃないかっていう人もいるけど」


 ここまで半信半疑だったが。

 やはりY店には「何か」があるらしい。非日常に刺激を与える格好のネタとして楽しんでいた訳だが、話を聞くうち、本当に江崎店長が死んでしまうのではないかと心配になってきた。


「遅くまでごめん。でも色々教えてくれて助かった。ちょっと気になるから、俺、個人的に調べてみようかな」


「江崎店長は慕われてるのね。もし私で力になれることがあったら、いつでも言って。関係があるのかはわからないけど、私もなんか、定期的に人が亡くなるのは、嫌だな、とは思ってて……」


「うん、また連絡するよ」


 俺はそう言って電話を切った。

 調べるとは言ったものの、こういうのは何から手をつけたらいいんだろうか。


「土地がいわくつきなのか、元々事故物件だったのか。まずはそういうところなのかな。とりあえず事故物件サイトでも覗いてみるか」


 パソコンを開き、全国の事故物件を検索できるウェブサイトを開いた。事故物件に当たるのが嫌で、今のアパートを借りる前によく活用していたサイトだ。


「Y店の住所は、と……」


 うちのスーパーのサイトから、Y店の住所を貼り付け、検索する。

 このサイトは、自殺・他殺・事故・火災などがあった場所を炎のマークで表示しているのだ。


 Y店のあるあたりは、炎のマークは少なかった。裕福な家が多いエリアだし、草野が言っていた通り治安もいい。それが如実に現れたマップだなと思った。


 Y店の店舗にカーソルを合わせ、拡大してみる。


 これまでの店長も、店舗で亡くなった訳ではなく、自宅か病院での死亡だったので、このサイト上のルールに則れば三人の店長の死亡はマークの対象にはならない。土地での事件は記録されるので、スーパーになる前の事件があれば表示されるはずだが、Y店の店舗上に炎のマークはなかった。


「この土地で死んだ人が人を呪ってる、っていう線は消えたなあ」


 そう言いながら、サイトを閉じた。

 では、怪談などでよく聞く、元々は処刑場だったとか、病院だったとか、そういうやつだろうか。


 時計に目をやると、もう午前零時を回っていた。

 電話での会話で、草野はオープン当初からY店にいると言っていた。

 彼女なら元々なんの土地だったのか知っているだろうか。


「明日また連絡してみるか」


 俺はそう呟いて、今日のところはベッドへ向かうことにした。

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