死の辞令
春日あざみ@電子書籍発売中
第1話
「嫌だなあ、俺、まだ死にたくないよ」
営業中のバックヤードで、店長がそんな物騒な言葉をボソリと発したのを聞いて、俺は思わず振り向いた。
「死にたくないって。どうしたんですか、健康診断の結果でも悪かったんですか」
普段はヘラヘラしている店長が、そんなことを言うなんて珍しい。そう思って聞き返すと、店長は俺を手招きし、パソコンの画面を見せた。
そこに映っていたのは「辞令」の二文字。うちの店長である江崎さんへ、「Y店への異動」を言い渡す文章が並んでいた。
「店長、異動になるんですか?」
「そう、来月からね」
俺が務める「スーパーマーケットいそざき」は、K県のご当地スーパーで。平社員は基本的に異動がないのだが、管理職に上がると、二、三年単位で異動を言い渡されるのだ。江崎さんも今この店舗で三年目なので、社員間の雑談では「そろそろかな」なんて話も出ていた。
「そうですかあ。寂しくなりますね。でも、なんで『死にたくない』なんて」
「山田くん、知らないの? Y店てさ、まだオープンして三年目なんだけど。すでに三回も店長が変わってるんだよ」
言われてみれば確かに、新店オープンのお知らせメールが店舗宛に来ていた記憶がある。
「三年で三回店長が変わるって、ちょっと異常ですね。……スタッフの仲が悪くて、みんな病んじゃう、とかですか?」
「違うよ。それだったらまだ対処のしようがあるけどさ。……三人とも、亡くなってるんだよ。死因はみんな違うけど、だいたい着任から一年持たずに亡くなってるんだ」
「そんな、まさか」
「それが本当だから、嫌なんだよ……」
店長は背中を丸め、暗い表情を見せた。この人がこんなに落ち込むなんて珍しい。まあ確かに、自分が店長の立場だったとしても、目に見えない不安を背負っての異動なんて、確かに嫌だろうなあと思う。
そんな店長の暗い顔が頭に残ってしまったのと、単なる好奇心からの興味もあって、俺はY店の店員に、コンタクトを取ってみることにした。
社員名簿を調べてみると、Y店には同期がいることがわかった。ただ、研修は一緒だったものの、どちらかといえば暗い雰囲気の女性で、あまり会話した覚えがない人物だった。
本当なら積極的に連絡を取りたい相手ではなかったが、「店長が心配だから」という建前で、本音は野次馬根性丸出しで、連絡を取ってみることにした。
シフトをシステム上で確認し、同期の「草野」がいる日、クローズ作業が終わったタイミングを見計らって電話をかける。
目論見通り草野を電話口に呼び出すことに成功し、世間話もそこそこに、俺は本題を切り出した。
「で、草野さん。今度うちの店長がそっちの店舗に異動になるでしょ? その、嫌な噂を聞いてさ。店長があまりに異動の件で落ち込んでるから、ほんとのところどうなのかを俺の方でも聞いておきたくて。励ますにもまずは、事実確認からかなってさ」
「店長が死ぬって噂? かわいそうだけど、本当だよ」
草野は、淡々とした様子でそう答えた。
まるで江崎店長も死ぬことが確定事項のように。なんの感情ものせずに電話口でその言葉を吐いていた。
「……ここでこのまま電話して、自分にも何か降り掛かったら嫌だから。あとで個人携帯から連絡してもいい?」
俺が了承すると、草野は俺に電話番号を伝えて、九時くらいに電話を寄越すよう言ってから電話を切った。
いったいY店には、何があるというのか。
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