6 「白」の世界 動かす人
◇◆◇
「向コウヘノ説明ハ」
「マダ続ケテイマス」
ビルの一室。そこで、着席する中老の大臣とデスク越しの壮年官僚が二人話していた。
「大学ノ退学処分準備扱イノ事態ダトイウ切迫感ハ伝ワッテオリマスカ」
「富総氏ノ子ナダケアッテコチラモ秀デテイタヨウデ、今後注目サレル研究課題ニ取リ組ム人材ヲ毀損シテクレルナトイウ意見モ上ガッテイルヨウデスガ」
「大義トシテ危険思想保持者ダカラトイウコトデ、何トカソコハ理解サセテクダサイ」
「イツモ下ニ見ラレ気味ノ我々ノ大義ナンテ理解ヲ示シマスカネ」
「ハァ…」
息をひとつ吐くや少々うなだれ気味になって言葉を落とす。
「ソモソモ、脅威判定ヲ出シタノハAIナンデス。全世界共通。ソノ時点デ認識ハ共有サレテイルベキデスシ、ココマデハ上モ下モアリマセンノニ。政治家ニハ判定ヲ解釈シ採用スル責任ヲトル作業ダケ残サレテシマイマシタ」
「私ノ配慮不足ニヨリ失意ヲ与エタヨウデ申シ訳――」
「イヤ、コレハ仕事ノ独言、トイウカ愚痴ミタイナモノデス、相済ミマセン」
目線が下向きなままなのを直さず、ぶつぶつと喋り続ける。
「仕事ニ対スル人間ノ居場所ハ、正解ガ無イノニ違誤ヲ許サレナイモノシカ与エラレナクナリマシタ。前代ニ比ベタラ、簡素デ軽快デ、時短デ不争デ最適カモシレマセン。デモソウアルコトハ、幸セヲモタラスコトヲ意味シテクレハシマセンデシタ。
人間トイウノハイツダッテ間違エテバカリデシタ。ダカラコソ、間違エラレナイ判断ヲ間違えナイヨウニスル仕事ガ残ッタコトハ、煩雑ナ業務内容ヲ絞リ込ンデクレタソノ一方デ、常ニ責任ヲ糾弾サレ続ケル大地ニ追放サレテ、ムシロ人間一人ニ対スル負荷ハ増シタヨウニ思ウノデス」
「ソレヲ言ッテシマッタラ…AIヲ大イニ活用シタ体制ダッテソノ間違エテバカリノ人間ガ創造シタ産物ナ訳デスシ、コノ世界ノアリトアラユルモノハ完璧デハアリエナイノデアレバ、AI体制モ常ニ何カヲ誤リ続ケテイル、トイウ主張ニナリマスガ」
解釈上あってはならないAI体制の過ちについて主張するということは、危険思想だとして後で告発する用意をこちらに与えたも同じだがいいのか、という確認を暗に述べる。
「諸行無常ハ潜在的体制反逆デナクテ只ノ事実デショウ観測的ナ。イインデス、今ダケデス言イタイコトヲ言エルノハ。ソレニホワイトカラー職ナンテ業務効率化ニヨッテ今ヤ希少人材デスカラ、替エナンテスグ用意出来マセン」
しかめた表情をつくる官僚を見て軽く諫止し、敢えてAIスピーカーの類を置かないこの部屋を回視して向き直る大臣。
「貴方ハ…トイウカ、若イ者ハ、スッカリコノ生活環境ニ慣レテ生キテイルンデスネェ」
「ソレハ若者批判デスカ?」
「トンデモナイ」
目を少々丸くして背筋が僅かに伸びる大臣。
「マダ何ノ根拠モ申シテマセン。感慨ガ批判ニ聞コエマシタカ」
「“最近ノ若者”ト一括リニスル発想ハ社会団体間抗争ヤ組織腐敗ノ典型的前兆デアリマスガ、本意ヲ確認シタクテ」
「ソレニ当タルノハ“不甲斐無イト見做サレタ最近ノ若者”対“不甲斐無クハナイト思イ込ンデイル完熟シタ上ノ世代”トイウ古典的ナ類型意識ニ嵌ッ多時ニ言エルデショウネ。少ナクトモワタクシハコノ話題ニ差別的意識ヲ持チ込モウトハシテオリマセン」
「ソウナノデスカ」
「上ノ世代デアルワタクシ自身ノ口カラ申ス事デハアリマスガ、信用シテ構イマセンヨ」
そう柔らに笑む大臣の纏う凛気を見るや、毒気が抜かれて、翻って意識させられた己の尖りを見て取ってしまい改悛する官僚。
「デモ良イコトデスネ、良クモ悪クモ注目サレルコトモ成果ニ関ワル職業ヲ務メテイマスト、正解ガナイ分成果ヲ収メタダケ周リニハ指摘ヲスル人自体ガドンドン減ッテシマウモノデアリマシテネ」
「昔ハ多カッタノデスカ?」
中間報告ダケスレバ良イカと此処へ来るまで目測していた官僚は、話ガ逸レ始メテ来テイルナと思いはしたが。マァコチラノ知識ノストックガ出来ソウダシ相手ノ覚エ目出度キヨウニ繕ウノモ構ワナイカと直して、後ろ手をつくり聞き役にまわる。
「モット荒々シカッタデス。内容モ玉石混交デシタケレド、ソレデモワタクシ自身ノ関ワリニヨッテ事ヲ為シテイルトイウ手応エヲマザマザト触ッテイタ分、生キテイルナアト感ズルノガ強カッタヨウニ振リ返リマス」
「生キテイル?」
「アノ
「ソノ頃ガ好カッタトオ思イナノデスカ」
「ウム…」僅かに口を曲げて考え、「ワタクシハ時ニ過チニ身ヲ置イテシマウ前ニ諫言スル者ノ存在ノ居ルコトニツイテ良サヲ表明シテオリマスガ、デモ、昔日ト今日ノドチラガ時代トシテ好カロウカト申セバ、ドチラトテ同ジデハアリマス」
「ホウ」
「昔モ今モ、日本ノ為ナドデハナクモット広クテ只ノ個人デハ容易ニ想像モツカヌヨウナ〝民族ノ協和〟ノ為トイウ、正シキニシテ大イナル名分ニヨル事業ガ行ワレタノニ違イハナイデスシ…ソシテソノ名分ニカコツケテ、随分色々ナコトヲサレタリ変ワッテ行ッタリシタノデスカラ」
「何ニセヨドチラモ好クナイト?」
「アアデモ」そう言うと一つ息を吐き上半身を弛ませたうえで、今度は真っすぐ息を吸い、「好悪ヲ現時点デワタクシガ、我々ガ判ジルベキカ、ソレ自体ニ異論ハアリエルデショウ。ソモソモ情勢安定ノ為ニハ今後ノ影響ヲ鑑ミテノ変更妥当仕分ケナンテ、手ヲ付ケル余裕ナドナカッタノデスケレドモ…」
そこで言葉を切って、遠い目をしながら考え始める。
「表面上変ワッタト思ウノハ、言葉デスネ。他人ヲ変革サセル手段ノ代表ハ、言葉ノ統司デスカラ」
「言葉、デスカ」
「ソウ思イマス」
デスクに軽く掌を伏せゆっくりと頷く大臣。
「言葉ガ、言葉ハ変ワリマシタデショウカ? 最低限スマートグラスガアレバ異語ヲ習得セズトモ意思疎通デキルノデスカラ、言語ハムシロ保存サレタノデハ?」
「マア、確カニ各々ノ言語ノ様式ハ変ワラナカッタデショウガ、使ワレテイル言葉ノ意味ガ、ネ。何ダカ溶ケ出シテシマッタト、ソウ感ジテイルノデス」
「意味」
「言葉トハ、世界ヲ感ジ取リ構成シ、理解スル道具デス。世界ニ存在スルモノヲ言葉ニヨッテ表現スルノデハナクテ、マズ言葉ガアッテ、ソレニ指シ示サレタ形デ世界ガ解釈サレルノデス。【机】トイウ言葉ガアルカラ、ココニアル異形ノ物体ハ初メテ〝机〟トシテノ意味ヤ機能ヲ持ツコトニナルノデスカラ、意味ガ変ワルトイウコトハ、互イニ見エル一ツノ光景ナノニ別ノ理解ニヨッテ共通ナラザル世界ニ立チ現レテシマウトイウコトデアリマス」
「ソウデスカ」
「コウナルト、共通語ヲ話シテイル筈ナノニ、表現サレテイルコト、意味ガ違ウノデ、理解モデキ合エマセン」
「言葉ノ定義ガソレゾレ違ウナラバ、マア幾ラ辞書ヲ作ッテモ無駄ニナリマスネ」
「ハイ。通常、意味ノ相違ガ在ルナラバ辞書ヲ参照スルナドスレバ解消サレルノデスガ、問題ハ、意味ノ勝手ナ解釈ノ余地ヲ多クサセテモ意ニ介サナイ者ガ、盛ンニ言葉ノ意味ヲ溶カシタトキデス。論理的ナ議論ヤ認識ノスリ合ワセガデキマセンシ、中立的ナ契約モ守ラレナクナリマス。【一年】ノ意味ガ、1月~12月デハナク、寒イ日~暑イ日越シノ寒イ日、ナンテ設定サレマスト、到底具体的ナ予定ヲ立テラレマセン」
「ソウデスネ」
「日本ニ移民ガ入ッタコトデ、言葉ノ意味ニ対スル認識ノ齟齬ガ多クナッタリ、厳密性ヲ問ワナイ姿勢ガハビコッタリシタコトデ、他人ヘノ信用ハ落チマシタ。公人ガマズ外形的ニ契約ヲ守ラヌノニ堂々トイヨイヨ居テシマイマス。契約破リハ人ノ人格ヤ存在ヲ認メナイトイウ表現ニ他ナラナイデスノニ。表面的ナ言語体裁ヲ取リ繕ッテモ、ソノ者ガモトモト居タ環境ヤ文化的人格トイウ前提ハナカナカ容易ニ変エラレマセン。…アアイエ、別ニ移民ダケガ悪者トハ申シテオリマセン。人種ノ問題トイウヨリ、個人ノ教養ノ度合イノソレト言エマスカラ」
〝民族の協和〟本体への疑視はタブーであり、その性格上移民差別は決してあってはならない。ただ、日本人に今移民系は無いことになっているが。それを指摘しようと後ろ手をほどいた官僚だったが、大臣はその素振りを見て、本意と違う発言解釈をされないようにと前提を述べる。もっとも、その行動はそれこそ本意に背き政治屋的弄言のようにも聞き取れさせてしまうものではあった。
「他人ト協力シテ何カ事ヲ為スニアタッテ、ソモソモ何ヲシヨウトシテイルノカ、何故スルノカ、協力スル義務ナド、特ニ緊急時ニオイテ言ワズモガナ解カリ合ッテ行動スル事ガ出来ナクナリマシタ。
変化ノ話ガ、表面カラ根本ヘ移リマスネ。モノノ考エ方トイウカ、受ケ取リ方トイウカ、生来ノ生活ノ仕方ガ変ワッタコトガ、最モ肝心ナ日本ノ変化ダト思ッテイマス。同胞ヘノ、他人ヘノ、時ニハ助ケ合ッテ守リアオウトスル精神性ハスッカリヒソメテシマイマシタ。アトハタトエ犯罪ニ手ヲ染メテデモドウ他人ヲ利用シテ自分ガ出シ抜コウトカヤッテ自然ニナリマシタシ、契約ノ拘束性ニ構ワナイノデ人々ハ上カ下カトイウ階級意識ニ秩序ヲ頼ッテ、戦後日本ニトッテハ治安ノ必要トシテ、厳罰化ト市民監視ニ増々依存スルシカアリマセンデシタ」
「タトエドノヨウナ事情ガアッタトシテモ、個人情報ヲ体内デ管理スルヨウニナレバ、自動的ニ個人ヘノ監視技術モ促進サレルモノナノデハ?」
そう言いながら左手首を右中指~小指3本で数回触る。
「真ニ助ケ合エルトイウノナラ体制ニヨル監視ハ要リマセン。困ッテイナイカ、罪ヲ犯シソウカ、メイメイガ問題ノ発生ニ注意ヲ払ッテイマスカラ。志学シテ道理ヲ知ル良キ民ノ上ニハ、寛容ナ法ヤ政府ガ立ツデショウ。ソレニ、マイクロチップハワタクシガワタクシ自身デナクアプリノ情報ニヨッテ証明サレルタメノ道具ニ過ギマセンカラ、コノ話トハ少々ズレマスネ」
「ソウデショウカ」
いまいち腑に落ちず首がゆっくりかしげられていく。
「自ラガ自ラデアルコトヲ自ラデハナイ物ニヨッテ証明スル現象ハマイクロチップヨリモハルカ以前、例エバ銀行通帳トカIDカードナル物ガ在ッタ時代カラデスガ、ソノ時代ハ今ホド監視社会デハ無イハズデス」
「ソウデスカ」
「現況ノ監視社会ハ、政府ダケデナクヨーロッパ共同体ニトッテモ具合ガ良インデス。〝大日本テーマパーク〟ノ安全ニ必要トサレルノモソウデスシ、自尊心ガ満タサレルノデ」
「自尊心?」
引っかかりを覚える単語がやってきたことで片眉が上がる官僚。
「“優秀ナ者ハ劣ッタ存在ヲ支配シテ構ワナイ。劣ッタ存在ノ物ヲ獲ルノハ強奪デハナク優秀ナ我々ニヨル保護デ、ソレハ義務デモアリ正当ナ行為デモアル。ナゼナラ我々ハ自然法ノ理論上道徳的ニ正シク倫理的ニ上品ダカラデアル。神ヲ信ジラレナイ異端者ハ人間デハナイ。劣ッタ異端者ヲ文明国トシテ征服シ調教スル事ハ、神ニヨリ与エラレ成シ遂ゲネバナラナイ高邁ナ試練デアル”。大航海時代カラノヨーロッパノ基本姿勢ハコンナ感ジデショウネ。文面表現ハ多少替ワルデショウケレド。
イマ宗教ニツイテハ大イニ漂白サレタニセヨ、一神教的神ヲ笠ニ着タ行動自己免罪ガ人間ノ大義ニヨル免罪ニ代ワッテ、ソノ基本トナル考エ方ニヨッテ〝大日本テーマパーク〟ハ常ニ成功セネバナラナイ存在トナッタノデス。テーマパークガ成功シテイレバ、支配体制ハ間違イデハナカッタト安心デキルノデスカラ」
「フーム」
腕を縮こませながら握った拳を見つめる仕草をとる大臣の様子を、しげしげと見つめる官僚。
「コノ悪辣ナ点ハ、日本人ノ憎悪ガ海外資本デナク上流階級日本人ニ向ク、トイウ所デス。貧富ノ差ガ開クト知能ヤ経済ノ格差モ固定サレテイクノデ、情報ヤ富ニアクセス出来ル資格ニモ従ッテ差ガ出来マス。トナリマスレバ、少数ノエリートガ大勢ノ落チコボレヲ管理スル格差ノ再生産ハ確定シテシマイマス。ソレドコロカ、ヨリ増シテ上流エリート向ケノ法律ガ整備施行サレルノデショウネ」
「エエ…」
ダガ自分モマタソノ上流エリートダカラムシロ幸イダト思ッテイル、トハ今言ワナイデオコウ。腕を脱力させながらデスク上に両手を組み置いた大臣を見ながら、そう内心思っていた。
「海外資本ハ情勢ガ安定スルノデアレバ財布モ自尊心モ痛ミマセンシ、下流ノ者タチハ自ラノ生活ノ質ヘノ疑念ヲ造リ出ス当ノ元凶ヲ突キ詰メラレナイママ、目ニ見エル上流バカリ排除スル動キデ充チ足リテシマイマス。アトハ〝民族ノ協和〟ニ正シクナイ奴ラトシテノ差別的処分ト、管理責任能力ヲ問ワレタ責任者ノ更迭処分ヲ下サレ終ワリデス。人ガ多少移動シタダケデ、特ニ情勢ハ変ワリマセン」
「ソウシタ情勢ガ腑ニ落チナイトイウ訳デスカ」
「ナニモ体制転換ヲ志向シテイル訳デハアリマセン。罪モアレバ功モアリマス。但シ、〝民族ノ協和〟トハ精神的ナ自ラノ個性ヲ消ス方向ニ行カズトモ成リ立ッタハズデハナイカ、トイウ問イヲ考エテイルノデス」
「ソレハ」
「民族ニセヨ個人ニセヨ、人格ヤ生キ方ノ多様性ノ表現トハ“自ラガ自ラデアッテモ構ワナイ”自他共栄ガ本来ノ想定デアッテ、困難辛苦“自ラト彼方ハ均質デナケレバナラナイ”架罪ノ圧迫トハムシロ対極デアッタト思ワレマス。
デモ始メニ自他ノ摩擦ノ発生原因ヲ、個人アルイハ個々人ノ教養見解ノ至ラナサニ求メルノデナク、内集団・外集団ノ二元的闘争トシテ後ロ盾ニ
サレド不満有リ抑圧サレシ者ノ恨ミニ発スル一極浄化ハ、手間ノ都合上、変エタリ変エラレタリサレル個人ノ日常ニ目ヲ向ケルコトガアリマセン。ソレヲオシテ、悪シキヲ集団ヒト括リニ投映スル在リ方ハ、ムシロソノ被抑圧者ガ嫌ウハズノ、人種差別ソノモノノハズデス。隙アラバ手抜キシヨウトスル人間ノ弱サノセイナノデショウカ――」
虚空を睨む。
「ソレガ、先ホド仰ルヨウナ“人間ノ間違イ”デスカ」
「監視社会ニ移ルシカナカッタノハ言葉ノ意味ガ溶ケタカラデ、意味ガ溶ケタノハ性急ニ過ギタ〝民族ノ協和〟ニヨル移民ノ無条件許容ニ源流ヲ想定サレマス。カクシテ相手ヲ気遣イ協力スル精神ハモウアリマセンガ、ソノ後〝大日本テーマパーク〟ガ出来テカラハオモテナシノ需要ガ持チ上ガッテ、ソシテ日本カラモオモテナシガアルト自称スルニ至ルノデ、運命トハ皮肉デス。
ダイイチ、礼節ハ相手ノ顔ヲ立テツツモ自ラモ心地ヨク過ゴス空間ヲ生ムタメノ、人ノ尊厳ニ対スル自然ト漂ウ敬意デスノニ。自ラガオモテナシヲ看板ニ据エテ敬意ナク「尽クシテヤッテイル」ト礼節ヲ自己主張シ始メテシマイマスト、ソレハ贈リ物ノ一方的送リ付ケトソノ対価ノ提出ヲ、暗ニ相手ヘ迫ルヨウニ請求スル行動デハゴザイマセンカ。相手カラ少シデモ何カヲ引キ出ソウトスルツモリデ下手ニ出タ時点デ最早礼節デハアリマセン。空虚ナモノデスネ」
「ソシテ…コノ情勢ヲドウニカナサリタイトオ思イナノデスカ?」
その問いで、今まで比較的すらすらと答え続けていた大臣は、初めて答えが滞った。
「――――「呑舟ノ魚ハ枝流ニ游ガズ」」
「ハイ?」
「ソンナコトワザガアルノデスガ…ソレハ、舟ヲ呑ム程大キナ魚ハ川ノ支流ヘハ泳ガナイ、トイウ意味デシテネ」
「エエ」
知っているがそれを「知ッテマス」とは敢えて述べない官僚。
「コレニハ、結果ニ甘エヲ許サナイ大イナル目標ヲ立テタナラ実現ノタメニ小事ニ拘ルナ、トイウ意味ガ含マレテイルノデス。
“魚”トイウノハ、今ヤヨーロッパ共同体ノコトデス。人間全体ヲ捉エルヨウナ大イナル俯瞰デ視テ、コノ世ノ中デ大キナ目標ヲ持ツニ耐エラレル実力ヲ持ツノハ、ヨーロッパ共同体シカナイノデス。国ハ白眼視サレ民族ハ消化サレ、宗教的ナ動機付ケハ表面上過ギ去ラレテイク。コノ時ニ、日本ノ体裁ナド最早小事ノ拘リニシカナリエナクナッテシマイマシタ。ムシロ、
「ナラバ、良シデスカ?」
この時本人としては、体制に対する背きをしないか否かの確認で訊いたつもりだった。だが、大臣はまた少しの時間考えた。
「……言葉ヲ翻弄サセタリ契約破リニ寛容デアッタリニ至ル空間デハ、統治経営ノ主眼ニハ一身上ノ享楽福祉ノ厚サニツイテシカ見エナクナリマス。ソレカ、他者ヲ巻キ添エニシタ一世一代ノ大博打ニ未来ヲ委ネルカ。カクシテ〝民族ノ協和〟在ル日本ハ皮肉ナコトニ、性急スギテ言葉ノ規律ヲ皆ニ修養サセラレナイママ名目上ノ成果ニ固執シタ責任ヲ取ラサレルヨウニ、〝民族ノ協和〟ガ崩壊シタ圏トシテ記録サレルコトニナルデショウ。
モトモトAIヲ取リ込ンダ社会体制ハ、モノモコトモヒトモ上下関係モ際限モ無ク横ノ繋ガリヲツクッテ、ソコカラ新シイ価値ヤ意味ヲ創造スルホウヘ、非中央集権的ニ進ムノデス。ダカラ今ノ人間中心ナ考エ方ヲスル社会ハ、実際ハイビツダト言エテ、マダ過渡期デシカナイ。デモワタクシタチハイマ民ノ上ニ立ッテイマス。
アナタハ…未来ノ民ノ為ニ引責デ死ヌ覚悟ハオアリデスカ?」
それを目を見つめられながら聴いた途端、あくまで他人として話に相槌を打っていた官僚は突として意想外な危うきが身に迫る感に圧され、顔はこわばり息をわずかにのんだ。
「ヨーロッパハ過去、正義ヲ神ガ示シマシタ。正シク生キル事ヲ自然法ニヨッテ理論武装サセルコトデ、創世ノ神ヲ信奉シナガラモ戦闘ノ士気ヲ高メラレタノデス。一方、アジアデハ人トシテノ在リ方ヲ貫ク事コソガ正シク生キル事ヨリ勝リマス。言ワバ、正義ヲ人ガ示スノデス。尊ブ徳ニツイテ、義ノ前ニ仁ヲ置クノハソノ反映デス。
大戦ニヨッテ宗教ノ反省ヲ要求サレ、初メテ世界的ニ〝民族ノ協和〟ノ正義ガ人ニヨッテ示サレルコトニナリマシタガ…ドウヤラコノ取リ組ミハ、如何様ナ体裁カハ分カリマセンガ、再ビ大イナル反省ヲ要求サレルコトニナリソウデス」
「デハ…我々ハ何ヲスレバ良イト」
これまでとは別に、真っすぐな眼差しで大臣を見る官僚。ところが大臣は、目を細め悟りきった風情を漂わせる。
「100年後ニハワタクシハ、民ヲ徒ニ虐ゲタ唾棄スベキ下手人ノ謗リヲ受ケルコトニナルデショウ」
「ハ…?」
「ダトシテモ…ソモソモソノ100年後トイウモノガ、コノ世ノ健気ニ生キル人ニヤッテ来テ、ソシテ振リ返ラレタ過去トシテ今ヲユックリ考エ直セル程ニ、100年後ノ最善ノタメニ、堪エテ平和ナ世ノ中ヲ子供達ニ残サナケレバナリマセン」
「シカシ自分ノ今後ノ生活ダッテ大事デショウ? 真ニ反省ノ時ガ来テ100年後ソウナルカハマダ分カリマセン、イヤ確度ハモシカシタラ高イカモシレマセンガ…デモ我々ハ、我々トテ今ノ食事カラマズ必要デスヨ? 座シテ滅ビヲ請ケヨナドト政治家ニアルマジキ態度デス」
「モチロン日本ニ一方的ニ悪シキ滅ビニ対スル抗イハ必要デスガ、シカシ現情勢ノ責任ヲモ我々ハ取ル必要モアリマス。ダカラコレカラ、日本ノ皆ニ覚悟ヲモテルヨウニセネバナリマセン。現況スグニ皆ニ向ケテ政治家ガ笑顔デ絶望ヲ語リダシタラ、下ニ居テ付キ合ワサレル民衆ハ哀レデス。感情ノママニ失望シ、動物ノヨウニ怒リ、秩序ニ混乱ヲ来シテ。周リカラハ自ラノ思惑ニ反シ下等生物ニ見ラレ、立場ヲムシロ弱クスル。コレダトヤガテ緩ヤカニ奴隷ト成ルシカアリマセン。
恐ルベキデハナイデスカ。死ヌシカ希望ヲミイダセナクトモ死ヌ勇気ヲ持テズ、ナラバト政治的ニ抗ッテミレバイズレ世界ヘノ愚昧盲目ナ逆張リニ取ラレテ行クデショウ。コノ果テニ、教育カラ多角的ナ視点ヲ養ウ目的ガ失ワタトキ、目先ソノ日暮ラシシカ考エラレナイ人種ノ成立デス。日本人ノ人トナリニトッテハ災厄ノ末路デス。
ソウナル前ニ、欺瞞的デアロウト今ノウチハヨーロッパ共同体ノ中デ独自ノ魅力ヲ魅力ラシク抱エテ媚ビテ自ラ政治ヲ律スル方ガ、性急ニヤッテ完全ニ隷属下ニ置カレテシマウヨリモ、マダ希望ガ持テマス。戦争ト係ワラズ死ヌコトモナケレバ生キルコトモナイヨウナ希望デハアリマセン。自ラヲ自ラノ力デ護リ、自ラノ考エデ事ヲ主導シ、人ノ尊厳ヲ活カサセル者ヲ生ム、ソンナ時ガ来ル希望――」…
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