3 失われた人々 主のないパレス


 キョウトパークに来て2日目になった。

 12月のキョウトは寒いという評価があったので防寒具を持って来たが、確かに空港の外は耳を縄で縛ったような感覚がするほど寒く、おまけに雪だった。なのでぼくたちはその日、移動以外に屋外でほとんど何も出来ていない。

 だが、そのおかげか翌日のキョウトの景色は、色を削り落とした世界となって広がっていた。雪湿りを受けたカワラの屋根は、澄んで晴れた午前の光に浮き出され海波のように白く輝いて、軒下は濃く影を落とした。そのような木と土と紙の建物たちが、少し高い所から見下ろせば何層にも畳まれて、全体で一つの景色となって古き年月を訴えかけた。人々の生活と営繕の築きを視界の隅々に亘るまで眺め保った。

 ヒガシヤマ・キョウトホテルのラウンジで全体の景色を堪能したぼくたちは、貸し出しのキモノを身に着けてみて、早速外へ繰り出すことにした。ここキョウトパークでは、特別なアミューズメントアトラクションの類が無い。その代わりに、1000年以上の歴史が有る街の至る所にジンジャシュラインスタイルやブッディズムテンプルスタイルの建物が在る。建物だけでなく、庭園のほうも見どころなのだそうだ。時間が幾らあっても足りないだろうが、こつこつチェックして行きたい。


◇◆◇


「不思議な場所なのね。エンペラーの場所なのに、塀はあるけど堀もない、城壁もない」

「それを必要としない思想で構成したんだね。やっぱ実物を見てみてこそ感じ入るなあ」

 日中雪解けして湿った世界の中をうろうろするぼくたち。広いキョウト・インペリアルパレスの外縁は、侵入したり攻撃しようとしたりしようと思えば簡単にいけるのではないかと感じるほど、一見心許ない造りだった。

「やっぱり防衛としてのキャッスルやパレスとは全く違う意図に依って造られてる。そもそもエンペラーが“畏れ”としての存在者を保持してきたと云うから、それに従って必要となる用具も違うよね」

「“守るキャッスル”じゃないもんね明らかに。エンペラーは政治や軍事の代表じゃなくて宗教のそれなのだし。外から見えない、人の内側の考えに係わるんで、敵が近くまで堂々と活動されている段階で最早敗けている」

「覚悟の表現ね。他人に信を置かれるように振舞おうと緊張感を持ち続けなきゃ、このパレスは成立できそうにない。それを成立し続けるなんて唯の安穏な君臨ではどう考えても無理。むしろ、常に相手を疑っていようとするからこそ成り立つ仕様」

「でも“ある意味での君主”として配下を疑って点検し続ける日々というのは、生涯心労絶えないだろうなあ。パレスはかく在るのだから」

「でももうここには居ないのでしょう?」

「それはまぁそうなったと書いてあるもの」

 もはや主の居ないパレス。その現況に思いを馳せて、ぼくたちは後にする。

 キョウトパークは今こそ見物に堪えるが、歴史がある分荒廃にも何度か陥ったし史的事件の現場も多いとある。その蓄積の街に、以前のぼくなら内心感傷を重くしてしまったかもしれない。でも引き摺られてしまうことのないよう、〝そういった街〟であるとだけ、受け取ったり考察したりしている。


 マルタマチブリッジへと来たとき、下流方の河原付近で、露店商らしき日本人の集団を見かけた。皆セミロングの髪を後頭部で縛り上げて纏めた髪型をし、かつキモノを着ていた。その者たちの脇にはキモノが整理されており、「日本観光の思い出作りに如何ですか~!」「着物を着て街を歩きましょう!」「自由に着物を着こなしてみましょ~!」と流暢に呼び込む。興味を惹かれたゲストたちが集まり、陳列されたキモノを眺めてはにこやかに買って行く様子だった。

 すると突然、警備用自律移動ロボットAMRやネイビーの制服を着た別の日本人の集団が押し寄せてきて、ゲストとの間に腕を広げて保護するように割って入るとともに、露店商人たちへ盛んに食って掛かり始めた。

「ミナサマ、緊急デゴザイマスガ安全ヲ確保サセテ頂キマス」「イケナイオ兄サンタチノ言ウコトニ乗ッテハナリマセンヨ!」「オ前ラ!非公式ノグッズヲ撤去シロ!違法行為ダゾ!」

 どうやらパークのセキュリティオフィサーのようだ。え、違法? 戸惑いの色がゲストたちに伝心して、いきなりの場面転換にどう反応すればいいものだか戸惑いその場を動けない様子になる。ぼくたちもただ見ている。

「我々はただ平々穏々に着物を販売しているだけです」

「オ下ガリクダサイ」「キモノハパークノ専売トナッテイルダロ!キモノヲ売ッテイル時点デ犯罪ダ!」

「着物は日本人の象徴です!日本人が自由に着て日本人が販売することの何が犯罪なんですか!」

「犯罪ノ意識ガ無イ貴様ラハ重犯罪者トナルゾ!」

「我々のものですよ!着物は日本人の文化です!日本人の手にあってしかるべき財産です!外側の人々の」

「ダマレ!契約ノナイ販売ハ反逆ダ!」

「日本人が日本の物を売ることが反逆なんですか!?」「もっとみんなに着物を楽しく着て貰おうとしているだけです!」

「警告ハ終了シタ!」

「話は終わってません!」

 ゲストたちはやおらスマートグラス・コンタクトレンズのカメラ機能を起動させてやりとりを撮影しつつ様子見していたが、事態が大体解って来るやセキュリティオフィサーに問い合わせや抗議をし始める。

「ワタシガ買ッタモノハ違法ナンデスカ?」「アタタタチ議論ガ成リ立ッテマセン」

「落チ着イテ下サイ!オ買イ求メニナッテシマッタ物ハ消費者調整センターマデオ問イ合ワセ下サイ!」

「ナゼソノ人タチヲ怒鳴ッテイルンデスカ?」

「犯罪行為デゴザイマス」

「犯罪トハ?」

「我々はあなたたちが称する犯罪行為を働いているとのように主張をされています!でも日本人が日本のものを紹介して販売する行為が違法なら日本とは何ですか?」

「販売ヲ中止シロ!」「実行排除ヲ開始スルゾ!」

「アマリニ機械的対応デハ?」「キモノハ日本人ガ売ッテハイケナイノカ?」

「落チ着イテ下サイ!」「ココカラ速ヤカニゴ退出下サイ!」「消費者調整センターヘ」

「着物は文化の尊厳です!」

「取リ押サエ!」「排除!」

 セキュリティオフィサーたちは警棒を取り出し「パシシシシ」と規則的な破裂音を立てさせ始め、一斉にキモノの露店商人たちに突撃した。露店商人たちは掌を突き出して向かい合って叫んだり、荷物に構えず追われて散りじりに逃げ始めたりする。

「やめてください「終了!」「退避!」あまりに強引です!」

「「コレハ事件ダ!」話シ合イニ警棒ヲ持チ出シタゾ!「ネェ撮ッテル?」」

「撮影ヲ中止シマショウ!「追エ!」場合ニヨッテハ取リ調ベヲ受ケル恐レガアリマス!「ショーデハゴザイマセン!」」

「話シ合イニ「弾圧ダ!」応ジロ!「ヤリ過ギテイル!」」

「落チ着イテ誘導ニ従ッテ下サーイ!」

「まずいなここから早く去ろう」

「ええ…」

 ゲストたちが抗議の声を上げて詰め寄ったり騒動が起こる集団に合わせて逃げ始めたりして、場の騒がしさが拡散し始める。予想外の事態が起きて不穏さを感じ、さすがに何はともかくこの場を早く出ねばならないと感じてエルフに声がけする。

 と、突然バイクが数台現れAMRを轢き倒しつつセキュリティオフィサーを搔くように走り回る。セキュリティオフィサーたちは突然やってきたバイクに視界を奪われ、回避するための僅かな間あたふたさせられる。その隙に今度はインモータルモビリティが現れ露店商人が噛みつくように飛び乗っていく。その頃には本分を取り戻したセキュリティオフィサーは「待テゴラ!」「止マレェ!」「倒セソコ!」と怒声を上げながら車両の後を追い駆ける。

「おい!」

「え」

 方々で騒ぎ声が散らかるなか一層はっきり聞こえる呼びかけが右から届くので顔を向ければ、腕を伸展しながら迫るモビリティ。

「ぅく」

(轢かれる!)と勘じ身がちぢ固まった瞬間、腕に掴まれ足がぶわりと浮き景色が勢いよく流れ走り始める。後部へ投げられるように収容される。そして時速何キロか見えないが冷や冷やするほどの速さでキョウトの街を疾走される。

「何だお前は!」

「ああ!?」

「どうするつもりだ!」

「聞こえない!」

「何してる!」

「逃げてんだろうが!」

「やめてくれ!」

「揺らすなケガしてえのか!」

 この速度と風切り音じゃいま何かしても却って逆効果になってしまうのか? どうすればいいと頭を使おうとするがそれ以前に現況身体的危機が思考の邪魔をしてしょうがない。

 有効な手立てを打てないまま、拉致の時間は過ぎて行く――


◇◆◇


「愚か者が!」

 髭を生やしたリーダー格の男に弾かれるように拳で倒されるキモノの男。

 何処かの地下道に入るや関係者用と思しきドアから照明のないじめじめした横坑を延々渡り、明かりの少ない広い空間に来てようやくモビリティを降ろされた時。ようやくドライバーからまともに顔を見られるや、突然「お前誰だ!?」と今更な大きい声で問われることで、初めて全くの部外者が混じった事態を知ったらしい。

 そこから向こう勝手な演劇が起きた。「侵入者だ!」「侵入者!?」「侵入者だと!?」「なぜ気付かなかった!」「状況開始ィ!」ぼくの腕を後ろに捻られるが「待てこいつモビリティから降りなかったか」「モビリティ?」「ドライバーは!」呆然とするあのドライバー。「撤退の時確認したか!」「いぇ…仲間らしい顔と格好の奴は取りあえず無我夢中で掬い上げてきま」「原因それだろ!」「ああもう」「どうする!」「取りあえず確保しとこう」「場所を知られたら」「ジャミング効いてるよな!」

「静粛に!」ワーワー反響する論議声を一声で黙らせた男がいつの間にか立って居た。

「何が起きてどうなったかを簡潔に」

「はっ、状況撤退時に同志と見間違えた観光客らしき男女2名を誤って掬い、当アジトに連行してしまったものと思われます」

 男は後ろ腕のぼくを見遣り「あなたがた…まず名前と所属は」

 そうだ!エルフはっ、と頭を動かすと、隣にぼくと同じ態勢のエルフが居た。良かった無事でと感じる反面、連れられてしまったかと思い悩ましくなる。

「答えよ」

 首筋に冷たい物が当たっている感覚がある。どうすべきか一瞬間を置いたがここは正直に答えよう。「カウル・トムフサ…アメリカ圏、リーランド・スタン・ジュニア大学生、ここにはSightseeingで来た」と答えたとたん、何人か判らないが殺気が向けられた気がした。男がそれを睨みでさっと制し見なおったので、ぼくは横のエルフに目線で頷く。「エルフ・カルサト、同じアメリカの大学生、カウルと同伴」

 男はぼくたちから視線を外し、誰かに頷く。歩み寄る音がして、左手首に何かあてがわれた感触。

「……確認しました。所属に相違ありません。〝テーマパーク〟の客です」

「この者らを連れたドライバー!」

「ははい!」

 かくして倒されたのである。「世論は味方でなければならん! 第三者を危害に晒せば被弾圧者としての正義が幻滅されてしまう! だから状況に慣れんうちは情報の波に溺れぬように、周囲を観察して戦場の霧を作り出さぬ努めをせねばならんのだ!」

「申し訳ありません!」

 さっと腕を払う動作を一つ、そしてつかつか男がこちらへ歩み寄る。

「拘束解除」

 一言命じ、ぼくたちは誰にも触られていない状態になった。

「あなたがた、まず平に謝罪申し上げます。全て我々の不手際に因る他なりません。準備終了次第、解放致しますのでどうかご安心下さい」

 男はちらりと脇を見たあと上半身を直角に倒した。敵意は無いようだ。じんわり思考が動き始める。

「……謝罪の意向受けました。でもまずここは何処なんでしょう。あ、質問には答えられる範囲で構わないので」

「――鞍馬、とのように」

 クラマ? 何処だそれは。キョウトなのか? というかそもそも本当の場所を言ってるのか? 結局これは訊いても無駄だと判断し、なるべく当たり障りない質問を選ぶようにする。

「当方は名乗りましたが、あなたは何者でしょう」

「そうですな。〝失われた人々の纏め役〟を務めて居ります」

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