第363話 くっつきます!
九月の朝、冷たくなってきた風が吹き込むボロアパートの小汚い部屋。その床の真ん中に金髪ショートの巨乳メイドロボが寝転がっていた。緑の和風メイド服の裾がだらしなく床に広がっている。
「珍しいね、メル子がだらけているなんて」
白ティー丸メガネ黒髪おさげの黒乃は、あぐらでその様子を眺めた。
「はい、どうも体が重くて……」
メル子は仰向け状態から体を回転させて横を向いた。目を閉じ、だるそうな表情を見せた。
「ボディに不具合があるのかな? メンテナンスキットは使った?」
「はい、使いました。やはり軽い異常があるようですので、これから浅草工場にいってメンテナンスを受けてきます」
「うん、そうしなよ」
黒乃はメル子のおでこを撫でた。メル子は少しばかり微笑みを浮かべその手を握った。
一方、小汚い部屋の真下、お嬢様たちの部屋。そのほとんどを占める巨大ベッドの上で、金髪縦ロールのメイドロボが飛び跳ねていた。
「お嬢様ー! 見てくださいましー!」
「すごいですのー! 浮いてますのー!」
明らかに重力に逆らった動きで、ベッドと天井とを往復するアンテロッテ。マリーはそれを大喜びで見つめた。
「重力操作に目覚めましたのー!」
「新機能ですのー!?」
黒乃は身支度を済ませて部屋を出ようとしていた。扉の前から、床のメル子に声をかけた。
「メル子、本当に大丈夫?」
「ご心配なく。なにかあったらアン子さんもいますし、助けてもらいますよ。ご主人様もお忙しいようですから、お気をつけて」
実のところかなり忙しい。本当ならば浅草工場までメル子を連れていきたいのだが、先日の東京ロボゲームショウの事件の後処理でてんやわんやなのだ。
「なにかあったらすぐに連絡をちょうだいよ?」
「わかりました……」
メル子は黒乃が出ていった扉をしばらくの間黙って見つめていた。
一方、下の部屋ではマリーが制服を着て中学校へ登校しようとしていた。
「アンテロッテ、大丈夫ですの?」
マリーは天井を見上げた。そこには背中を天井に貼り付け、手足をだらんとぶら下げた状態のアンテロッテがいた。
「大丈夫ですの、問題ありませんの。それよりもお嬢様、学校に遅刻してしまいますわよ」
「いってきますの……」
アンテロッテはマリーが出ていった扉を天井から呆然と見つめた。
メル子は指を丸め小刻みに床を叩いた。
-・-・・ ---- -・--- -・・- ---・- ・-・・
すると下から音が返ってきた。モールス信号である。
-・-・・ ---- -・--- -・・- ---・- ・・--
(アン子さん、真下にいますね?)
(天井に張り付いていますわよ)
(なにが起きていますか?)
(上に引き寄せられていますの)
(私は下に引き寄せられています)
二人は床を挟んで考え込んだ。どうみても二人のボディがお互いを引き合っているようだ。電磁力によるものなのか、引力によるものなのか、はたまた強い力か、弱い力か、ファンデルワールス力か。
(なぜこうなりましたか?)
(東京ロボゲームショウが怪しいですの)
つい先日、メル子達は東京ロボゲームショウに参加していた。その際、めいどろぼっちとおじょうさまっちという新作タイトルが丸被りし、戦争が勃発したのだ。
二人は取っ組み合いの乳相撲を繰り広げて、会場を大いに沸かせた。
(乳相撲が原因ですか?)
(乳相撲が原因ですの)
二人の顔が真っ赤になった。こんなしょうもない理由で故障してしまうなど、メイドロボの名折れだ。メイドとしての沽券に関わる。
(二人でなんとかするしかありませんね)
(その通りですの)
まずは天井と床に張り付いている状況から脱しなくてはならない。
(このまま這って玄関に向かいましょう)
(わかりましたの)
ボロアパートは同じ間取りなので、このまま進めばお互い部屋の外に出られるはずだ。
メル子は匍匐前進で進んだ。アンテロッテは天井にひっついた蜘蛛のように進んだ。やがて扉までたどり着いた。
上半身をギリギリまで持ち上げ、手を上に伸ばす。ようやくドアノブを捻り、扉を開けることに成功した。
アンテロッテは天井に張り付いているので、ドアノブまでは手が届かない。
「新技を使いますの」
アンテロッテは首を振った。すると金髪縦ロールがシュルルと伸びてドアノブに絡みついた。クサカリ・インダストリアル製のロボットに伝わる縦ロールウィップだ。首を捻ってやると、いとも簡単にドアノブは回った。
二人は無事、部屋の外へ出た。そのまま階段を下り、ようやく合流に成功した。
「ハァハァ、やりました!」
「やりましたのー!」
二人は
「どうやらお乳とお乳が引き合っているようです!」
「この現象を『
「淫は余計でしょう!」
二人はお互いの体を支えにして、ようやく立ち上がった。既に疲労困憊である。
「ここからどうしますのー!?」
「浅草工場へ向かいます!」
メル子は顔を上げた。はるか向こうに
二人の巨乳金髪メイドロボがお乳をくっつけて歩いている。目立たないわけがない。
「あ、メル子だー。メル子がまたなんかやってるぞー」
「きゃきゃきゃ! おっぱいとおっぱいのおばけだー!」
二人組の小学生に指を差されて笑われるメイドロボ達。
「あ、近所のクソガキ達! さっさと学校にいきなさい!」
「屈辱ですのー!」
ひたすら歩く二人。動くたびにお乳が変幻自在に動き回るため、重心が移動し足元がふらつく。
「メル子さん」
「なんですか、アン子さん!」
「どうしてロボタクシーを呼ばないんですの?」
「変態プレイ中だと思われて、乗車拒否されるからです! ぎゃあ!」
メル子は慌てて路地に向かって走り出そうとした。お互いのお乳がもげそうになり、激痛が襲った。それでもなんとかアンテロッテを引っ張り、細い道に隠れた。
「なにをしますのー!?」
「ロボマッポですよ! 向こうからロボマッポが歩いてきました!」
「別にロボマッポは敵じゃございませんのよ」
「この状態では逮捕されてしまいますよ!」
二人は電柱の影に隠れてロボマッポをやりすごした。ほっと息を撫で下ろすメル子。
「さあ、進みましょう」
「やあ、メル子とアン子じゃないか」
「ぎゃあ!」
後ろを振り向くと、そこには褐色ショートヘアの美女二人がいた。スポブラとスパッツから鍛え抜かれた筋肉を露出させたマヒナと、ナース服をベースにしたメイド服を着たノエノエだ。
「マヒナ様、ノエ子さん、ご機嫌麗しゅうございますわー!」
「なぜ次々に厄介者が現れますか!?」
「こらこらメル子、なんてことを言うんだ」
「なにか問題でもありましたか?」
お乳とお乳をくっつけるメイドロボ達を訝しげに睨め回すノエノエ。しばらく考え込んだ後、ポンと手を打った。
「いつも喧嘩ばかりしているお二人が、まさかそういう関係とは……」
「え!?」
「いえいえ、いいのですよ。なにも恥ずかしがることはありませんよ」
「なにを言っていますのー!?」
マヒナは口に拳を当てて笑った。「アッハッハ、照れることはないじゃないか。黒乃山とマリーには内緒にしておくからさ」
「誤解ですよ!」
「やめておくんなましー!」
「おっと、あまり邪魔しちゃ悪いしね。そろそろ社会不適合ロボ狩りにいくか……ぷぷぷ」
「はい……うふふ」
マヒナとノエノエは笑いながら立ち去った。二人はそれを呆然と見送った。その時、背後から巨大な影が迫ってきた。
「ウホ」
「次はゴリラロボですか!」
二人は息を切らしながら進んでいた。お乳とお乳が合体しているので、異常に進むのが遅い。それが余計に目立つ。
道中、ルベール、マッチョメイド、チャーリーに出会い、散々に弄られた。
「ハァハァ、遠いです!」
「このままでは埒があきませんの。なにか方法を考えますの。ポクポクポク……」
アンテロッテは頭の上で人差し指を回転させた。
「チーン! わかりましたの!」
「日本風の発想はやめてください!」
「なんとか体をずらして、背中側に回り込んで欲しいですの。そうすれば、わたくしがメル子さんをおんぶできますの」
「なるほど。しかしそれではアン子さんの負担が大きすぎます。私が背負いますよ!」
「わたくしの方が背が高いのでわたくしがやりますわよ」
「私の方が体力はありますよ!」
散々乳問答を繰り広げた挙句、やはりアンテロッテが背負うことになった。
メル子はアンテロッテの首に腕を回し、腰に足を絡めた。どういうわけか無性に恥ずかしさが押し寄せてきて、体が真っ赤になった。
「メル子さん、オーバーヒートしておりますわよ。故障ですの?」
「なんでもありませんよ」
アンテロッテはメル子を背負ったまま立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。
浅草工場へ向けて進む。先程までと違い、道行く人々の視線が好奇や憐憫から尊さへと変わった。もう誰も二人を笑わなくなった。
「なんでしょう、この違いは」
「歩き疲れた妹を、姉が助けている図になったのですわ」
それを聞いたメル子は仰天した。
「妹!? 私が妹ですか!?」
「どうみても妹ですの」
「いや、どうみても姉ですよ! 私の方がお姉さんでしょう!」
「わたくしの方が先に作られたのですから、わたくしが姉ですの」
「製造年月日は関係ないでしょう! ポジション的に私が姉ですよ!」
「まったく意味がわかりませんの」
時折メル子を背負い直して、ゆっくりと進む。歩く振動と背中の柔らかさと、金髪縦ロールの香りでメル子の瞼が落ちてきた。
「寝たいなら寝ても構いませんわよ」
「眠くなんてないですよ、むにゃむにゃ……子供ではないのですから……むにゃむにゃ」
メル子が気がついた時には浅草工場の中にいた。
職人ロボであるアイザック・アシモ風太郎の処置により、無事二人は万乳淫力から解放された。この時には既に夕方になっていた。
「ハァハァ、助かりましたの」
「先生! ありがとうございます!」
「イエイエ、ドウ致シマシテ」
二人は検査室のソファにぐったりと座り込んだ。提供されたマンゴーラッシーを飲んで、大きく息を吐き出した。猛烈に疲れた。メル子を背負って歩いたアンテロッテは尚更であろう。
扉の外から大きな音が聞こえた。二人はそれが誰だかすぐに理解した。最もよく聞く足音である。
「メル子ォォォオオ!」
「アンテロッテー!」
検査室のドアが横にスライドし、黒乃とマリーが部屋に雪崩れ込んできた。
「ご主人様ー!」
「お嬢様ー!」
黒乃とメル子、マリーとアンテロッテはしっかりと抱き合った。
「先生、それで原因はなんだったんですか?」
黒乃は出された水を一息で飲み干すと聞いた。
「今回ハ、AIノ、異常デシタ」
「AIの!?」
「ボディではないんですの?」
アイザック・アシモ風太郎はロボットのボディについて語った。
ロボットのボディはあらゆる分野の科学技術を使い設計、制御されている。電気工学はもちろん、電磁気学、熱力学、流体力学、果ては量子力学。ボディ内部には様々な力が働く。
それらの力を制御しているのは、結局のところAIなのだ。AIが乱れれば、当然ボディも乱れる。メル子とアンテロッテのAIは、いったいなにに揺り動かされたのだろうか。
「そういえば最近、アン子さん達とは争ってばかりいる気がします……」
メル子がつぶやいた。
心当たりはいくらでもある。無人島での裏切り、東京ロボゲームショウでのめいどろぼっちとおじょうさまっちの対立。
「わたくし、少し寂しかったのかもしれませんわ……」
アンテロッテもつぶやいた。
それ故、二人はお互いの心が離れていくように感じ、そしてお互いの心を求め合ったのかもしれない。
「その結果、おっぱいとおっぱいが引き合ったのか。おっぱいってすげえ」
「ですの」
黒乃とマリーは深く感心した。
四人は夕日に照らされて歩いた。浅草工場からボロアパートまでのさほど長くはない距離。普通に歩けばすぐに着いてしまう。
「アン子さん」
「なんですの、メル子さん」
黒乃とマリーの後ろを歩いている二人は、ぽつりと会話を始めた。ご主人様とお嬢様は黙ってそれを聞いた。
「さっきは争ってばかりと言いましたけど、私達って出会ってからずっとそうでしたよね」
「そういえばそうですの」
「だからといって、別に仲が悪いわけではないですよね」
「……もちろんですの」
電線にとまったカラスが一声鳴いた。
「多分、これからもしょっちゅう戦うことになるのだと思います」
「それがわたくし達の運命ということですわね」
「……はい」
二人はそっと手を繋いで歩いた。それを見た黒乃とマリーも渋々手を繋いで歩いた。
うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない ギガントメガ太郎 @inokashira20110910
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれないの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます