第362話 東京ロボゲームショウです! その四

「こらこらこらー!」


 マイクを片手に叫ぶ黒髪おさげ白ティー丸メガネの女。


「オーホホホホ! なんでございますかしらー!」


 マイクを片手に応じるは金髪縦ロール、シャルルペロードレスのお嬢様。

 二人は人で溢れる通路を挟んで向かい合った。片や八又はちまた産業のステージ、片やロボクロソフトのステージの上だ。


「なによそのゲームは!?」

「『おじょうさまっち』のことですの?」

「そうだよ! うちの『めいどろぼっち』のパクリじゃんよ!」

「これは前々からわたくしが温めていた企画でしてよ? その証拠にほぼ同じタイミングでの発表ですもの」

「そうかもしれないけど、名前まで被るのはあり得ないでしょ!」

「被るって『っ』と『ち』の二文字しか被っておりませんわ。それとも『っち』の商標登録でもしておりましてー!?」


 それぞれのステージの観客達は、二人のセリフの応酬に、右へ左へと首を往復させた。通路を往く人々も足を止めてそれに聞き入った。


「じゃあ、『っち』はいいとしてだよ。プチロボットを使ったゲームで被るのはおかしいでしょ!」

「この子達はプチロボットではございませんのよ。クサカリ・インダストリアルが開発した『プチドロイド』ですのよー!(第194話参照)」


 マリーは手のひらの上に小さなお嬢様を乗せた。カメラが寄り、ステージモニタに大写しになった。


「かわいい!」

「おじょうさまかわえー!」


 ロボクロソフトのステージの観客達が大きな歓声をあげた。


「ぐぬぬぬ!」黒乃も負けじとめいどろぼっちを手のひらの上に乗せた。モニタには腰に手をあててプンスカするプチロボットが大写しになった。どうやらプチドロイドに対抗意識を燃やしているようだ。


「めちゃかわ!」

「うひょー!」


 八又産業のステージの観客も負けじと歓声をあげた。それは観客を巻き込んだ戦争の様相を呈してきた。


 メル子がマイクを片手に叫んだ。「では、ゲームシステムはどうなのですか!? めいどろぼっちは一人前のメイドさんに育てる育成ゲームですよ!」


 アンテロッテもマイクを握りしめてそれに応じた。「オーホホホホ! おじょうさまっちも育成ゲームですわよー!」

「ほら、被っているではないですか!」

「ジャンルが被ったからといって、文句をいう開発者はございませんわよ。同じ日にRPGが何本も発売されるなんて日常茶飯事、お茶の子シャイシャイですわー!」

「まさか、発売日も被せているのですか!?」


 黒乃が畳み掛ける。「AIはどうしたのよ!? 普通だったらAIを作るコストがでかすぎて、採算が取れないはずでしょ! うちらは必死にタイトバースからグレムリンを引っ張ってきたんだよ!」


 マリーがニヤリと笑った。「おじょうさまっちのAIもタイトバースから連れて参りましたわよ」

 アンテロッテも白い歯を見せた。「おじょうさまっちのAIは『フォレッタ』というおフランスの小悪魔ですわー! フォレッタはとても傲慢なので、一人前のお嬢様に教育しがいがありますわえー!」


「お〜」

「悪魔とかやべえ!」


 客席がどっと沸いた。


「お嬢様はもともと傲慢だから、育成しても大して変わりません!」メル子がすかさず横槍を入れた。

「それにいつの間に小悪魔と契約をしたのですか!? 我々がタイトバースからグレムリンを連れてくるのに、どれほど苦労したと思っているのですか!?」


 お嬢様たちは口を揃えて高笑いをした。


「いつって、わたくし達も一緒に妖精女王ティターニアのところにいったことをお忘れですのー!?(第337話参照)」

「ついでに契約してきましたのよー!」

「「オーホホホホ!」」


「すげぇ!」

「なんかすげぇ!」

「よくわからんけどすげぇ!」


 客席が大きな拍手に包まれた。それを歯軋りしながら聞く黒乃とメル子。


「ぐぬぬぬぬ」

「ぐぬぬぬぬ」

「「オーホホホホ!」」

「だいたいマリー達はなんでそっち側についてるのよ!? うちらの仲間でしょうが!」

「そうですよ! どうして裏切ってロボクロソフト側についたのですか!」


 お嬢様たちの目が光った。


「裏切ったとか、どの口がほざきますのー!」

「無人島でなにをしたか、お忘れですのー!」


 図星を突かれてぐうの音も出ない二人。ステージ上でプルプルと震える様は、捨てられてびしょ濡れになったロボキャットのようであった。


 その時、屈辱に耐えかねためいどろぼっち達がステージから飛び跳ねた。相手のステージに向かい、鶴翼の陣で突撃を仕掛けた。

 おじょうさまっち達もステージを飛び降りると、魚鱗の陣でそれを迎え撃った。

 双方がブースを隔てる通路でぶつかり合った。


「やべぇ! 戦争だ!」

「っち戦争の勃発だ!」


 めいどろぼっちとおじょうさまっちが入り乱れるように取っ組み合う。観客達はその小さな戦争を円陣を組んで見守った。


「うおおおおおおお! メル子! 加勢にいくよ!」

「はい!」


 黒乃とメル子もステージを飛び出した。


「そうはさせませんわいなー!」アンテロッテがメル子を迎え撃った。


 二人のメイドロボはがっぷり四つに組み合った。アイカップのお乳とHカップのお乳がぶつかり合い、水風船のように四方八方に踊った。

 観客達は今日一番の大歓声を送った。


『うひょー!』

『これが見たかったw』

『なんで相撲にwww』


「ふにょにょにょ! 黒乃山のぶちかましを喰らうきょぽー!」


 黒乃山は大人気なくマリーに突進した。しかしマリーは悠然と縦ロールをいじくるだけだ。


「吹っ飛ぶぽらー! ん!?」


 マリーの前に疾風のように何者かが割って入った。そして黒乃山のぶちかましをいとも容易く受け止めた。


「オホホ、黒ノ木社長、私がお相手いたしますわ」

「藍ノ木さん!?」


 黒乃山の上手をとったのはロボクロソフトの若手プロデューサー、藍ノ木藍藍あいのきあいらん。黒乃山の押しにもびくともせず耐えている。細長い角メガネが天井の照明を反射して光った。


「ぐきょろろろろ! なんしゅか、この大相撲パワーは!?」

「オホホ、私のお兄ちゃ……兄がだれかをお忘れですか?」


 藍ノ木の兄、それは大相撲最強の横綱、藍王らんおう関その人である。藍ノ木の細く、頼りなく見える体からは微かに横綱の神秘性を感じた。頭の上の大きなお団子が今は髷に見えた。

 藍ノ木は組みついた黒乃山の耳元に口を寄せ、そっとささやいた。


「うふふ、黒ノ木社長……あなたのものを全部奪ってさしあげますわ……」

「にょ!?」


 その時奇跡が起きた。黒乃山を取り囲む観客達の輪が、きっかり直径4.55メートルの円をなしたのだ。これは土俵の直径であり、この円の中では一切のレベルやスキルが無効化され、純粋な相撲力だけの勝負となるのだ。それが黒乃山のジョブ、力士すもーふぁいたーの隠し能力だ!


「にょろおおおおお!」黒乃山は力任せに下手投げを仕掛けた。

 藍ノ木はそれに上手投げを被せた。黒乃山は宙で一回転をして通路に転がった。これがゲームと現実の区別がつかなくなった者の末路だ!


「ぎょぴー!」


『負けたwww』

『ワロスwww』

『ざまぁwww』


「ご主人様ー!」アンテロッテとの乳相撲を放り出し、黒乃山に駆け寄るメル子。

「大丈夫ですか!?」


 メル子は、腰を反らして凛と立つ藍ノ木を見上げた。


「今日のところは我がロボクロソフトの勝ちのようですね」


 メル子はめいどろぼっち達を見た。皆、おじょうさまっちに怯えて地面にうずくまっていた。口元に手をあて高笑いを決めるおじょうさまっち達。


「負けたにょろ……完敗にょき……」


 黒乃山は地面に膝をついて泣いた。メル子はその背中を撫でた。


「ぐぐぐぐぐ、でもこれで終わりじゃないぽき。ここから挽回してやるっしゅよおおおお!」

「その意気です、ご主人様!」


 その時、騒ぎを聞きつけた警備ロボ達が大挙して押し寄せてきた。


「ピピピー! こらこらこらー! なにをしとるかー!」

「やべぇ! 警備ロボだ!」


 黒乃とメル子は地面に転がるめいどろぼっちをかき集めると、スタコラサッサと逃げ出した。


『逃げるなwww』

『またやらかしとるw』

『もうだめだ、こいつらwww』



 大騒ぎを起こしたペナルティーとして、八又産業とロボクロソフトのブースは閉鎖になった。

 こうして黒乃達の東京ロボゲームショウは幕を閉じたのだった。


 しかし、これがかえって話題になり、めいどろぼっちとおじょうさまっちはメディアには大きく取り上げられた。

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