第361話 東京ロボゲームショウです! その三

「先輩、ランチにいってきました」


 真っ赤な唇が色っぽい桃ノ木桃智が汗だくでブースに帰ってきた。朝には完璧に整えられたメイクが、今は汗で流れ落ちてしまっている。九月の空調が効いた幕張メッセとはいえ、忙しく動き回っていれば当然こうなる。

 正午を回り、いよいよ東京ロボゲームショウは佳境に入ってきた。ビジネスデイとはいえ、通路は客で埋まりつつある。


「じゃあ、昼飯いってくるわ」黒乃は人で埋まったゲームスタジオ・クロノスのブースを眺めた。八又はちまた産業の巨大なブースの隅に設置された三メートル四方の小屋。いや、今の黒乃達にとっては難攻不落の城だ。


「FORT蘭丸ぅ!」

「ハイィ!?」

「ちょっといってくるから頼んだぞ!」

「オ任せくだサイ!」


 黒乃は人をかき分けてホールの外へ向かった。外に出た途端、九月の太陽が照りつける。残暑厳しい中、屋外フードコートはやはり人で溢れていた。

 ずらりと並んだキッチンカー。フランクフルト、ハンバーガー、具なし焼きそば。どこの店にも行列ができていた。ビジネスデイなので、これでも少ない方なのだ。一般公開日にはどうなってしまうのか、と想像すると恐ろしくなる。


 その中でも一際長い行列と、一際ド派手なキッチンカーがあった。メル子の移動販売者『チャーリー号』だ。赤い車体に花柄のラッピング、側面には『メル・コモ・エスタス』の文字。


「ご主人様! こちらです!」メル子はめざとく黒乃を見つけると大声で呼んだ。

 普段は律儀に行列に並んでランチにありつくのだが、今日はそうもいっていられない。裏手に回り、キッチンカーの中に入り込んだ。


「ふぃー! エアコン効いてる! サイコー!」

「大工ロボのドカ三郎さんが、一番良い空調をつけてくださいましたから!」


 黒乃は車内に据え付けられた開閉式の椅子に座った。すぐさまメル子がランチを手渡す。本日のメニューはメル子の得意料理『アロス・コン・ポーヨ』だ。鶏の炊き込みご飯といったところだろうか。

 黒乃は皿をもって料理をがっついた。慣れない大イベントに既に疲労困憊であるが、毎日食べ慣れた料理が喉を通るたびに、みるみるうちに気力が戻ってきた。


「やっぱりメル子の手料理ほどありがたいものはないな」

「うふふ、当然です」


 アロス・コン・ポーヨを完食した。しばらくのんびりと腹を静めたいところではあるが、そうもいっていられない。午後からはステージイベントが控えているのだ。

 八又産業のブースに作られたステージにて、めいどろぼっちを大々的に宣伝するのだ。インパクトを残せれば各メディア、インフルエンサーが大きく取り上げてくれるかもしれない。

 黒乃は鼻息を荒くした。


「あれ? メル子、もう店は閉じるの?」


 メル子は片付けの準備に入っていた。


「はい、もう売り切れましたので」


 確かに寸胴は空だ。相変わらずメル子の店は売り切れが早い。


「それに午後はご主人様のステージをお手伝いしようと思って、少なめに作りましたから」


 黒乃は空になった皿をシンクに置くと、勢いよくメル子を抱きしめた。


「うぉおお! メル子ー!」

「ちょっと、ご主人様! みんな見ていますよ!」


 いよいよ、波乱のステージイベントが目前に迫っていた。



 八又産業の巨大ブースのステージ袖に黒乃達はいた。幕張メッセのホールのど真ん中に配置された八又産業とロボクロソフトのブース。それぞれに向かい合うようにステージが設営されていた。

 どうやらロボクロソフトもステージイベント開始直前のようである。


 ステージ奥には巨大モニタが置かれ、その前には長テーブルが据えられている。客席はすべて埋まり、通路にも溢れていた。それは向かいのロボクロソフトのステージも同様のようだ。


『ただいまより、ゲームスタジオ・クロノス新作ゲーム、めいどろぼっちのイベントを開始いたします』


 ステージ端の演台に立った桃ノ木のアナウンスと同時に、軽快な音楽が響いた。客が拍手と歓声をあげた。


「よし、いくよ! メル子! フォト子ちゃん!」

「はい!」

「……おっけー」


 ステージ袖から三人が躍り出た。手を振りながらステージ中央へ進み、正面に向けて一礼する。再び大きな拍手が起きた。

 三人は並んで席へと着いた。


「それでは皆さんにご挨拶をしてもらいましょう」桃ノ木が自己紹介を促した。


「あ、どうも、皆さん初めまして。ゲームスタジオ・クロノスの代表取締役、黒ノ木黒乃です」

「メル子です!」

「……フォトンです。フォト子ちゃんって呼んでください」


「かわいい!」

「かわいい!」


 客席から声援が飛んだ。


「あ、どうもどうも。それほどでも」黒乃は照れた。


『おめーじゃねえ!』

『アホかwww』

『ワロスw』


 背後の巨大モニタに文字が流れた。


「あ、皆さん、このステージはですね、ロボチューブでも配信していますからね。書き込みが画面に流れる仕組みですね」

「ロボチューブで見ているみなさーん! お元気ですかー!」


『見てるよー!』

『顔出しメル蔵www』

『めちゃかわwww』


「あ、ちゃんと見てくれていますね」

「では、黒ノ木社長」桃ノ木が先を促す。

「はいはい」

「さっそくですが、めいどろぼっちについて聞いていきたいと思います。各所で話題沸騰中の謎のゲーム、めいどろぼっち。ズバリ、どのようなゲームなのでしょうか?」

「あ、はい。これです!」


 黒乃はテーブルの上に手のひらサイズのメイドロボ達を並べた。ある子は黒乃の指に齧り付き、ある子は手にもったミニチュアの小皿を客席に向けて放り投げた。またある子はメル子のお乳に飛び乗った。

 カメラが寄り、巨大モニタにその様子が大写しになった。


「あ、こら。大人しくしろ、お前ら」


 客席から大きな笑いが起きた。


「はい、この子達がめいどろぼっちですね。ほら、可愛いでしょう?」


「かわいい!」

「ほしい!」

『また暴れとるwww』

『中身グレムリンだしなw』


「では社長。ゲームの内容について教えてもらえますでしょうか」

「あ、はいはい。簡単にいうとこの暴れん坊達をですね、一人前のメイドさんに育てていこうという育成ゲームになっています」

「でも社長、とても凶暴そうに見えて、とてもメイドさんになるようには思えませんが?」桃ノ木が鋭く指摘した。

「あ、はい。そこは大丈夫です。この子達のAIはですね、あの、タイトバースから連れてきたグレムリンなんですよ」


「グレムリン!?」

「タイトバース!?」

『だからなんでわざわざグレムリンなのw』

『わけわからんw』


「あのですね、グレムリンというのは元々人間を手助けしてくれる妖精だったんですね。だけど人間がですね、彼らに感謝をしなくなってですね、それで悪さをするようになってしまったんですね。だからですね、もう一度彼らと仲良くしてもらって、愛情をもってもらって、それでまた人間を手助けしてもらえるように育てましょうということですね。あの、そうすればですね、タイトバースでも現実でも一挙両得というわけでして」


 会場にざわめきが広がった。状況がよく飲み込めないようだ。


「このあたりの経緯は公式サイトをご覧ください!」すかさずメル子がフォローを入れた。


「では社長、具体的にどのように育成を行うのでしょうか?」

「あ、はい、毎日ですね、ゲームサーバの方からめいどろぼっちにですね、ミッションが発行されます。それをこなすとですね、仲良くなれます。あとめいどろぼっちポイントが貯まって色々なパーツと交換できますのでね、がんばってポイントを貯めてください」

「ではここで、実際にミッションをやってみせてくれるとのことですが?」

「あ、はい、今からやってみましょう。ミッションの内容はお手持ちのデバイスで確認できますからね」


 巨大モニタにその画面が表示された。

 『本日のミッション、一緒にお絵描きをしよう』


「お〜」

「楽しそう」

『できるんかいなw』

『ペンもたせたら刺されそうww』


「じゃあ、フォト子ちゃんお願い!」

「……うふふ、任せて」


 フォトンはテーブルの上に画用紙を広げた。そこにペンを抱えためいどろぼっちが走り寄ってきた。自分の身長より長いペンを必死に操り、なにやら描き始めた。フォトンもその横で一緒にお絵描きを始めた。


「描いてる!」

「すげー!」

『ちゃんということ聞くんだな』

『どういう仕組み?』


「あ、これはですね、あの、タイトバースでね、妖精女王のティターニアがなんかしてくれてます」

「……うふふ、描けた」


 カメラがその絵に寄った。画面に映されたのは、世にも恐ろしいリアル過ぎる妖怪だった。それを見ためいどろぼっちは、腰を抜かして画用紙の上に転がった。


「きゃー!」

「やべぇ!」

『きっもwww』

『めいどろぼっちがー!』


「あ、どうやらミッション失敗のようですね。あの、こういうこともありますのでね、なかなか育成は難しいです」

「黒ノ木社長、ありがとうございました!」桃ノ木が無理矢理先に進めようとした。「では社長、肝心のめいどろぼっちの価格と、発売日を教えてもらえますでしょうか!」

「あ、はい、価格はですね、八万円となっております」


「高い!」

「高い!」

『たっけーwww』

『クソ高いwww』


「あ、はい、めいどろぼっちはですね、ベースのメイドさんバージョンの他にですね、猫型のろぼねこっち、丸メガネ型のまるめがねっちもご用意しております。あ、私のオススメはですね、まるめがねっちでして……」

「黒ノ木社長、発売日はいつになりますでしょうか!」

「あ、発売日はですね、あの……」


 その時、向かいのステージから世にも恐ろしい声が響き渡った。

 オーホホホホ……オーホホホホ……。


「ぎゃあ! なんですか、この声は!?」

「オーホホホホ! ちょっと待ったですわー!」

「オーホホホホ! こちらの発表を聞いてからにしてくだしゃんせー!」

「「オーホホホホ!」」


 突然大音量で割り込んできたのは、向かいのロボクロソフトのステージにいる金髪縦ロールのお嬢様たちであった。


「ええ!? マリーとアン子じゃん!? ロボクロソフトのステージでなにやってるのよ!?」

「お二人とも! ステージに勝手に上がったらダメですよ!」


 黒乃とメル子は突然の割り込みに抗議した。


「だれだ!?」

「どういうこと!?」

『マリ助じゃんwww』

『アンキモ! アンキモ! アンキモ!』


 客席にざわめきが広がった。それと共にロボクロソフトのステージモニタに映像が流れ始めた。ド派手な映像と音響。それらが最高潮に達した時、モニタには手のひらサイズのお嬢様が出現していた。


「ええ!? なにそれ!?」

「それはなんですか!?」


 黒乃とメル子は驚愕した。


「オーホホホホ! 『おじょうさまっち』の発売決定ですわー!」

「おじょうさまっち!?」


 突然の展開にステージの上も客席も静まり返った。

 その時、ロボクロソフトのステージで司会を務めていた女性が高らかに宣言した。


「マリーさん企画で私がプロデュースする『おじょうさまっち』。どちらが勝つか、正々堂々勝負といきましょう!」

「ええ!? 藍ノ木さん!?」


 向かいのステージで司会を務めていたのは、藍ノ木藍藍あいのきあいらん。ロボクロソフトの若手ブロデューサーにして、黒乃の高校時代の同級生だ。


「めいどろぼっちと、おじょうさまっち。どちらが本当の『っち』か、勝負でございますわー!」

「お嬢様の勝ちに決まっていますわー!」

「「オーホホホホ!」」


 東京ロボゲームショウにお嬢様の高笑いが轟いた。


「まさかめいどろぼっち被りとはなあ……」

「たまげました……」


 黒乃とメル子はその成り行きに、ただプルプルと震えることしかできなかった。

 この衝撃の発表にゲーム業界は大きく沸くこととなる。

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