第360話 東京ロボゲームショウです! その二

 東京ロボゲームショウが幕を開けた。

 幕張メッセの巨大ホールの入り口には参加者達が列をなしている。しかし見る人が見れば、その様相が思っていたものと違うことに気がつくかもしれない。行列はとても静かで、落ち着いている。なぜなら子供の姿が見えないからだ。

 ロボゲームショウは四日間開催されるイベントだ。そのうちの一日目と二日目は『ビジネスデイ』と呼ばれるゲーム業界人やメディアだけが入場できる日だ。故に一般公開日よりも入場者が少なく、落ち着いてロボゲームショウを楽しむことができるのだ。


 行列はゆっくりと進み、心躍らせた参加者達は次々にホールに吸い込まれていった。


「きたきたきた! お客さんがきたよ!」黒乃は叫んだ。


 先程まで伽藍堂だった通路は次第に人で埋まり始めた。最新のゲームを試遊するため、真っ先に目当てのブースに走るもの。手近なブースから順に回るもの。カメラを片手にコスプレをしたコンパニオンロボを撮影するもの。八又はちまた産業のブースにも多数の客が押し寄せてきた。

 彼らの目当ては新型のイマーシブ(没入型)マシンだ。このカプセル型の装置の中に体を入れ、ゲームの世界に没入して遊ぶためのものだ。

 タイトクエストで使用していた旧型は身体中にパッドを貼り付ける必要があったが、新型は座席に体を埋もれさせるだけでいい。柔軟性のあるシートが体を包み込み、それが端子となって様々な情報を全身に入出力する。

 あっという間にイマーシブマシンは客で埋まり、行列ができた。スタッフが整理券を配布し、混雑の緩和を図った。


「……」

「……」

「……」


 ゲームスタジオ・クロノス一行は立ち尽くした。だれもブースにやってこない。八又産業の巨大なブースの一角に設置された三メートル四方の小さな領域。それが彼女達に与えられたすべてだ。


「どうしよ……」

「先輩、どうしましょう」

「シャチョー! どうしマスか!?」


 すると一人のカメラ小僧がブースの前にやってきた。しばらくうろちょろした後、ブースの写真を撮って去っていった。

 黒乃は周囲を見渡した。他のブースではコンパニオンロボを雇って客引きをしている。しかし、黒乃達にはそんなことをする予算などない。


「そうか! チラシだ! とりあえずチラシを配ろう!」

「「はい!」」


 社員達はあらかじめ刷って用意していたチラシをもってブースの周囲に散らばった。通路を歩く客に渡そうと試みるも、中々受け取ってもらえない。こういう時、陰キャは弱い。


「ハァハァ、メル子を呼ぼうか?」


 世界一の美少女メイドロボのメル子ならば容易く客を呼び込めるであろう。しかしメル子は今、屋外フードコートでキッチンカーの営業中のはずだ。手を借りることなどできない。


 その時、何人かのカメラ小僧が熱心に写真を撮っているのが見えた。黒乃は思い切って声をかけた。


「やあ、お客さん、えへへ。新作ゲームのめいどろぼっちを見ていってくださいよ。えへへ」


 しかしカメラ小僧達はそそくさと退散してしまった。その後もなぜか写真だけ撮りにくる輩が数人訪れた。


「先輩、原因がわかりました」

「どういうこと?」


 桃ノ木はデバイスの画面を黒乃に見せた。それは東京ロボゲームショウに関するポストで、ゲームスタジオ・クロノスのブースについて書かれていた。


「なになに? 銀髪のムチムチ美女の等身大フィギュアが飾ってある? どういうこっちゃ?」


 黒乃は自分のブースを見た。

 いた。確かに銀髪のムチムチ美女がいた。


「これルビーのことじゃん! これ目当てにきてたのか!」


 ブースの中ではFORT蘭丸のマスターであるルビーが、椅子に腰掛けたまま豪快に寝ているのだった。ピチピチのタンクトップとホットパンツからはお肉が溢れまくっている。


「まあ、いいや。もう客がくればなんでもいいよ」


 そう言うと黒乃はルビーのタンクトップをまくり上げて下乳を露出させた。


「ルビーはこのまま客よせパンダになってもらって、我々も頑張って客引きをしよう!」

「「はい!」」


 黒乃達は忍び寄るカメラ小僧を捕まえては強引にブースに引きずり込んだ。こういう場では、客が集まっている場所により多くの客が集まるものである。

 黒乃が熱心にめいどろぼっちの説明をしていると、それに興味をもった見物客がちらほらと集まってきた。

 ブースに設置されたミニチュアハウスの中で楽しそうに遊ぶめいどろぼっち達。ある子は掃除機を片手に走り回り、ある子は洗濯機の中で高速回転をしていた。


「どうです? 可愛いでしょう? この子達と一緒に暮らして、一人前のメイドさんに育てていくんですよ。毎日ミッションが発行されるのでね、一緒にチャレンジしてみてください」


 人だかりがさらに大きくなった。やはり、手のひらサイズのメイドロボはよく客の心を掴んだ。一度興味をもってもらえさえすれば売れるという確信を得た。


「あのー、そっちの等身大ムチムチロボの発売はいつですか?」

「あ、これは非売品です」


 黒乃はルビーのはみ出たムニムニお腹をパンと叩いた。


 ブースの横にはめいどろぼっちと触れ合えるコーナーが設置してある。ミニチュアハウスの中から大人しそうな個体をつまみ上げると、客の手のひらの上に乗せた。その客は恐る恐る人差し指をめいどろぼっちの前に差し出した。噛みつかないようにしてくれよと黒乃は祈ったが、めいどろぼっちはその指を小さな手で挟み込むと上下に大きく振った。


「かわい〜!」

「えへへ、そうでしょう? 一緒に暮らすと絆が深まりますよ。着せ替えも楽しめるのでね、女性にもおすすめです」


 黒乃はほっと息をついた。めいどろぼっちのAIはタイトバースから連れてきたグレムリンなので、かなりのイタズラ好きだ。今日のためにあらかじめ複数体ダウンロードしておき、その中でも比較的大人しい子達を連れてきたのだ。


「おいくらですか?」

「八万円です」

「たかっ!」


 触れ合いコーナーには行列ができていた。これ以上列が長くなると困るので、整理券を配布し、一旦はけてもらった。


「先輩! 調子がでてきましたね!」

「おお! この勢いでどんどん客を集めていこう! FORT蘭丸!」

「ハイィ!?」

「そろそろルビーをなんとかして!」

「ハイィ!」


 FORT蘭丸は必死の形相でルビーをブースから引きずり出すと、台車に乗せてどこかに運んでいった。 


「フォト子ちゃん!」

「……なに?」

「順番にお昼にしよう! 屋外フードコートにいけばメル子が店をやってるから、食べてきて! 迷子に気をつけて!」

「……いってくる。えへへ、楽しみ」


 フォトンは青いロングヘアをカラフルに変化させ、スキップで弾みながら人ごみの中へ消えていった。


 その時、隣のロボクロソフトのブースから大音量の音楽が響き渡った。


「お、イベントかな」


 ブース内にはステージが設置されており、その前には多くの客とメディアが詰めかけていた。

 ステージの背後に設置された巨大モニタには最新ゲームの映像が流れ、それと共にゲームのプロデューサーや声優陣が登場した。


「うわぁ、華やかだなあ」

「先輩、うちらもステージにでるんですよね?」

「うん、そうだよ。八又産業のステージで枠をもらったからね」


 各ブースでは決められた時間ごとにイベントが行われる。黒乃達に割り当てられたのは昼過ぎだ。最も人が多く集まる時間帯なので、ここで猛アピールしない手はない。


「さあ、皆さん。次はこの小汚いブースを見てみましょう」


 突然、とんでもない台詞を吐いてやってきたのは、ド派手なスーツに身を包んだ女子アナロボだ。カメラクルーを引き連れて黒乃達の前に立った。


「はい、ここがゲームスタジオ・ハチノスのブースです。どんなゲームを発売するんでしょうか!? 聞いてみましょう」

「あ、いや、あの、ハチノスではなくてクロノスです。ゲームスタジオ・クロノス」

「こちらの方がゲームスタジオ・クロビカリの社長さんのようです。こんにちは!」

「あ、はい、こんにちは」


 女子アナロボは分厚い化粧で覆われた顔で完璧な笑顔を作りながら、マイクを黒乃の頬に押しつけた。


「では社長さん、ゲームについて説明してもらえますでしょうか!」

「フゴフゴ、あ、はい、我々が作ったゲームはですね、めいどろぼっちと言いまして」

「ひとりぼっち!? 寂しいゲームですね!」

「あ、いえ、ひとりぼっちではないです。めいどろぼっちです」

「その冥土でぼっちはなにをするゲームなんでしょうか!?」

「あ、はい、あのですね、めいどろぼっちと一緒にですね、色々やってですね、一人前のメイドさんに育てようという育成ゲームでして。あ、これがめいどろぼっちです」


 黒乃は小さなメイドさんを手のひらに乗せてカメラの前に寄せた。メイドさんは元気よくテレビに向かって手を振った。


「まあ、可愛い! 食べちゃいたい!」


 そう言うと、女子アナロボは大きな口を開けてめいどろぼっちを頬張ってしまった。


「あ、なにしてるの!?」

「もごもご、おいふぃです」

「めいどろぼっちは食べ物じゃないから! こら! 吐き出せ!」


 黒乃と桃ノ木とFORT蘭丸は一斉に女子アナロボを地面に組み伏せると、無理矢理口を開かせた。デロリと唾液まみれのめいどろぼっちが転がりでてきた。


「おい、大丈夫か!? もうけぇれ!」

「ゲホゲホ! 以上、ゲームスタジオ・ハピネスの新作ゲーム、だいだらぼっちのレポートをお送りしました」

「けぇれ! なんちゅう女子アナじゃ」


 その時、ざわめきが巻き起こった。集まった群衆が海を割るように真っ二つに分かれた。その間から悠然と歩いて現れたのは、着物を着た恰幅の良い初老のロボットであった。


「女将、この新作ゲームは本物か」

「また美食ロボか。けぇれ!」


 こうして東京ロボゲームショウ、一日目午前の部が終わった。

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