新しい家族

「お義姉様、助けて!」


見放されたカレンが最後に縋り付いたのはミューズだ。

「私達、二人きりの姉妹でしょ?小さい頃から私の言うこと何でも聞いてくれたじゃない、ドレスだって宝石だって、何でも譲ってくれたわ。第二王子と結婚して王宮へ住むならスフォリア家を私にくれたっていいじゃない」


突然家に来た義妹。

父が伯爵家にいた頃から懇意にしていた女性との子どもだ。


ドレスも、母の形見のアクセサリも、部屋も、屋敷も、家族も取られた。


父の愛情も受けぬくぬくと育ってきたカレン。

自分の足で立つことも出来ないのか。


彼女が貴族となって過ごした十年と聞き及んでいる。

自分で身を立てる術も人脈もない。

学校にも通ってないと聞く。

領地経営の為の事業展開を勉強するでなく、無為に生きるとは今のこの結果を自業自得としか思えない。




「誰も、あなたを庇ってくれないのね。貴族社会で暮らしてきた10年は一体何だったのかしら?人脈も教育も領地経営すらしてこない、いかに公爵令嬢とはいえど、働かなければ生活はしていけないわ。仮に婿を取るにしてもあなたの我儘さで婚約者は出来なかったと聞く」


公爵令嬢という地位に驕り高ぶり、努力を怠った。


まともな貴族には相手をされず、その地位に目が眩むは下位貴族ばかりであった。

それすらもカレンは退ける。


王族や公爵家クラスでなければ自分につり合わないと、そんな理由だ。


評判と話は聞いていたのだが、実際にパーティへ来て確信する。


自分で立つつもりなど皆無な女性だ。


王家に逆らってまで助ける者のいないカレン、ティタンとシグルドにも嫌われている。




天秤にかけるまでもなく答えは出てる。




「あなたのような人と姉妹でいたくないわ」

このセリフは昔自分が言われたもの、はっきりとした拒絶の言葉だ。




カレンの目が据わった。


「ズルいズルいズルい!何で?私は公爵家なのよ、貴族なのよ?!こんな目に合うわけないわ」

キッとミューズを睨み、大声でまくし立てる。


「あんたさえ大人しく死んでればこんなことになってないわよ!お父様とお母様と仲良く過ごしていただけなのに、何で帰ってきたのよ!」

ひどい形相で喚き散らしている。


「もう良い、連れてけ。王族に対する侮辱罪だ」

ティタンの命に護衛騎士のルドとライカが取り押さえる。


「離せ、離しなさい!」


ジタバタと暴れるが、二人は骨が折れる程強く抑えている。


ニコラが魔法で声を出せないようにすると、その目が驚愕に開かれていた。


急速に力が抜けるのを見ると、抑えた二人のどちらかの力でがついに骨を折れたのだろう。


痛みに大人しくなったカレンは連れていかれてしまった。


もしも昔、ミューズを庇っていたらこの結末も違っただろう。


だが、子どもというものは育て方によって変わる。

お金のため幼いミューズを打ち捨てたあの両親のもとでカレンがミューズに優しくするなどどう頑張っても無理だったかもしれない。

考えても栓のないことだ。




「エリック、ご苦労だったな」

玉座に座り、国王は事のあらましをじっくりと眺めていた。


ネチネチとした仕事はエリックが最適だろうと大人しくしていたのだ。


国王はこういう事が苦手なので、息子が代わってくれるのを内心ありがたいと感じている。


おかげで氷のように冷たい王太子との評判しか流れていないが、朗らかな王太子妃のおかげで相殺されているはずだ。


「騒がしくしてすまなかった。後日改めてスフォリア領はミューズに継がせる。我がアドガルム国の王室の一員としてミューズを歓迎することをここに誓おう」


スフォリア公爵がどのような判決を言われても次代の跡継ぎはミューズになるという確約だ。




ドタバタとしたパーティにはなったが、新たな縁を結ぼうと、ティタンやミューズに話しかけるものは多い。


この状況ならティタンが婿入りし次代のスフォリア公爵になるのは明らかだ。




目まぐるしい貴族たちとの駆け引きは何とか終了した。




「今日はゆっくりお休み、ひとまず領地経営については暫く俺がサポートする。ティタンとミューズとマオ、心して頑張ってくれ」


エリックの笑顔は含みがあるようにしか見えない。


マオは将来家令として仕えるため、一緒にスフォリア領地の勉強をするようだ。




長い夜が終わり、屋敷についた。


ドレスを脱ぎ、入浴を済ませ、夜着を纏う。


「眠れない…」

体は疲れてるのに気持ちが興奮していて上手く眠れない。


心の奥底に寂しさが残り、ともすると涙が零れそうだ。


哀しみに押しつぶされそうになり、その足はティタンのもとに向かう。


ノックをし名乗れば彼はすぐドアを開けてくれた。


「眠れなくて、少しだけ一緒に」

しょんぼりとしているミューズをすぐに部屋に招き入れる。


「体、冷えてるな」

抱いた肩が冷たくなっているのに気づいて

思わず抱きしめる。


「ごめん、納得いく形で終わらせられなかったよな」


自分の詰めの甘さでミューズは不完全燃焼だ。

父親が娘と認めてくれなかったのは大いに傷ついたたろうな。


ティタンもミューズの心情を思い、寝られなかった。


「いいえ、ティタンは凄く頑張ってくれていたわ」

ティタンの温かさが心地よい。

人に触れる温もりに安らぎを感じる。


そもそも自分を殺そうとした父だ。

いつまでも幻想を追うのはやめよう。


いつか感情の整理が出来るだろうかと、今は婚約者に甘えようと思った。


「何もしないから、今日だけ一緒に寝せて」

「…君が言うセリフではないな」


くすりと笑うとミューズの冷えた体を温めようと、ベッドに招き入れる。


後ろからそっと抱きしめ、密着する。


「狭くないか?」

「大丈夫よ、くっついてると安心するわ」

その温かさは心まで染み入ってくる。


ジュエルに拾われた数日間、寂しさのために泣いていたミューズをジュエルが同じようにあやしてくれたのを思い出した。


厚い胸板と太い腕は勿論ジュエルとは全然違うが、添い寝というのは安心感が凄い。


ゴツゴツした指にミューズは指を絡め、愛おしそうに握る。


(あまり煽ってくれるな)


ミューズが何もしないと言ったのだから、自分が何かするわけにはいかない。




自制心を奮い立たせ、ようやく朝を迎えることが出来た。

だが翌日嫁入り前なのに部屋に連れ込むなんてと、ティタンだけがマオとチェルシーに叱られ誤解を解くのが大変であった。

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