森の術師
「ミューズ!久しぶり!」
むぎゅっと抱きつかれ、ミューズの体が若干浮いた。
「先生、お久しぶりです」
勢いでフードがはずれ、頬ずりされる。
抱きついた女性は長い黒髪と褐色の肌をしていた。
紫の瞳はこの辺りの者ではないと伺える。
「ミューズの入れるお茶は美味しいわね。このサブレも美味しいわ、見た目も可愛い」
ようやく落ち着き、まったりとお茶をもらう。
お茶請けのお菓子はティタンに貰ったねこちゃんサブレだ。
「お口に合ったようで良かったです、先生もお変わりないですか?」
久々の再会にミューズも嬉しそうだ。
先生と呼ばれた女性はジュエルといい、この森の術師だ。
もともとはジュエルがこの森を守る術師だったが、今は弟子たちに代わる代わるその役目をお願いしている。
ジュエルは今は周辺諸国の孤児院をまわり、魔力のあるものは別で教育を受けさせる仕事をしているからだ。
魔力が暴走すると大変な事があるため、兼任でそのような事を行うことにしたのだ。
「そうね、変わったことはあちこちの孤児院にアドガルム国から寄付金が来た事ね」
お茶を飲みつつ、ミューズの様子を伺う。
「森の術師に頼まれたとの話だけど、ミューズ何かしたの?」
「はい、実は…」
隠すことではないので、とミューズは経緯を話した。
「偉いわ、ミューズ。私が他の国に行ってる間そんな事があったのね…」
よしよし、と頭を撫でられた。
「今まで森の術師なんて見向きもされてなかったけど、これで少しは見る目が変わると嬉しいわ。あなたにも大変な思いをさせてごめんなさいね」
「先生はお忙しいのですから仕方ありません。私を含め、先生から指導を受けられるのは魔力持ちとして喜ばしいですわ」
そうでなければいつか魔力が暴走してしまい、処罰されてしまうかもしれない。
ジュエルはそうした魔力の扱い方を学べない者に指導を行うので、どうしても森の管理が難しくなってしまっていた。
貴族の場合は学校へ通った際にしっかり学べるが、平民が魔力の制御を教えてもらうことは難しい。
孤児であれば尚更だ。
なので育てた弟子たちにこの森の管理をお願いしている。
大体5年だが、それより早く終わることが殆どだった。
魔力を持つものは途中で貴族からの打診が来るのが多いからだ。
「そういえばあなたへの養子の打診が来たわよ。リンドールからなのだけど、貴女を跡取りに欲しいという話だわ。身元も調べたけど大丈夫そうだし…任期前だけどどうかしら?」
ミューズは身体を強張らせる。
「リンドールというと隣国ですよね…そして跡取りということは、もうアドガルムにはなかなか来れない」
「そうね、外交があるということじゃないし来るのは少なくなるわね。アドガルムに何かあるの?」
ミューズはティタンの事を話す。
「プロポーズを?そのティタンって騎士を詳しく調べてみるわね。結界を超えてくるなら、変な男ではないと思うけど」
単身森を抜けてくるなんて、相当実力があるはずだ。
「家名も知らないと言うと調べづらいわね。見た目は?髪の色とかは?」
「薄紫色の髪と黄緑の瞳です」
その特徴に眉根を寄せ、ジュエルは考え込んでしまう。
「そう…ミューズは彼が好き?」
そう問われ、頬を赤くしてしまう。
「好いていると思います、彼が来ると嬉しいのです。こちらのお菓子も彼が持ってきてくださいました」
先程のかわいいサブレはティタンからのお土産だ。
「顔は見せたの?」
「いえ、はっきりとは。以前少しだけ目を合わせてしまいましたが、一瞬でした」
ミューズの目は特徴的だった。
わかる人にはわかるかもしれないと、以前より隠させていたのだ。
「あなたが元々貴族だったと知ったら、その人どうするかしら」
ミューズは8歳の時にこの森に捨てられた。
再婚し、新たな家族は前妻の忘れ形見のミューズがいらなかったらしい。
母が亡くなり笑えなくなってしまった事、このオッドアイが不気味で可愛げがないと蔑まされてしまった。
「あなたの元家族が何をしてくるか、それでもアドガルムにいたいか…考えてみてね」
生家は公爵家だ。
ミューズの死亡届は10年前に出されているはず。
あの家族達はミューズを切り捨てたがっていたから、提出しているはずだ。
しかしこの珍しいオッドアイを上手く用いれば国王陛下に掛け合って偽証を覆せるかもしれない。
だが場合によっては逆にもみ消され、再度命を狙われる危険がある。
もはや死んだ人間として見向きもされないかもしれない。
仮にアドガルムの貴族として復帰したとしても、ミューズの居場所があるのだろうかと今のところ実行に移す気はなかった。
「その彼がどこまであなたの味方になってもらえるか。どんなことがあっても添い遂げてくれるか。
まずは私がしっかりティタンという騎士を調べるから待っていてね。
あなたの恋心は応援したいわ」
慈しみを込め、優しく抱きしめる。
「ミューズが幸せになれれば一番嬉しいの」
先生の言葉にほんわかと胸が温かくなった。
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