森での暮らし
ミューズがこの森の術師になったのはほんの3年前だ。
現在18歳である。
8歳の頃に当時の森の術師に拾われた。
才能を認められ、術師の管理する孤児院にて魔術や教養の勉強をし、現在ここの管理を任されるくらい成長した。
交代制であるためミューズはあと2年でここを離れる事も出来るが、その後どうするかはまだ決めていない。
もしもティタンがあと2年待ってくれればもしかしたら一緒になれるかもしれないなぁなんて淡い願望は持ってしまう。
しかし貴族籍も持たない自分は不釣り合いだ。
騎士になり功績を上げれば一代限りの爵位を持つこともあるが、ティタンの動作は洗練されている。
おそらくは高位貴族であることは伺えた。
将来王宮や貴族へ仕えられるようマナーの教育も受けているが、貴族の妻は荷が重い。
あと2年でティタンが他の人と結婚してもらえれば諦めもつくだろうが、何度も口説かれているうちに情がわいてきている。
ほんのりと感じ始めた恋心にミューズはもう少し浸っていたかった。
「また振られてしまったか。しかし騎士を辞められては困る、なんとか口説けるといいな」
王太子であるエリックはティタンの話を聞いて苦笑いだ。
「それくらい本気なんだ。何としても振り向いてもらいたいんだがなぁ」
敬語も使わず馴れ馴れしい態度だがエリックは咎めたりはしない。
王太子の自室であるし従者のニコラと3人きりなので、聞く者がいなければどうというこもとない。
「腕の良い術師が王宮に来てくれたら嬉しいんだかな。まだまだ人材が足りていない」
ここ数年魔物の数が増えている。
「働かせる為に口説いているのではない。俺は本当に妻になってもらいたいんだ」
王太子妃の呪いを解くため、あらゆる術師を王宮に招いた。
しかし解けるものはおらず、途方にくれてたところ森の術師の話を思い出す。
魔物が潜むその森は王国でも深部には行ったことがない。
またどこに住むかも知らないのだ。
不確定な情報だけで兵を連れて行くわけにはいかないと単身森に入った。
愛馬イグリッドと共にグングン進んでいく。
出てくる魔物を片っ端から倒し、どれくらい進んだかはわからないがやがて広い場所へと出た。
小さな畑と家。
周りは木で覆われ隠すようになっていたが、ティタンが近づくとするすると道が出来た。
術師がどのような者か知らないが言葉さえ通じればいいだろうとドアをノックする。
出てきたのが女性、しかも小柄で若い。
実際の年齢は知らないが、なんとなく若いと感じたのだ。
フードで顔も見えないのに。
「人が訪ねて来るなんて驚きました」
可愛らしい声。
使っている言葉も自国のものでホッとする。
かい摘んで説明をすると、すぐさま出掛ける準備をしてくれた。
「俺の言葉を信じてくれるのか?」
「えぇ。ここには悪意を持つ者は通さない結界もありますし、何よりあなたが嘘をつくように見えませんから」
柔らかい声と可憐な口元。
とても心惹かれてしまう。
準備を終えるとミューズの白い小さな手がティタンのゴツゴツした手に重ねられた。
反対の手はイグリッドにも添えられ、街まで転移される。
「王宮は行ったことがなくて転移魔法を使えません。申し訳ないのですがご案内して頂けますか」
ミューズをイグリッドに乗せ、自身も乗る。
落ちないようにと体に捕まってもらうが、このように女性と密着するのは初めてだ。
甘い花のような香りが鼻孔をくすぐる。
「この度は火急の事にて私のような者が登城することを何卒お許しください。王太子妃様のご容態が芳しくないとの事をお聞きいたしましたので僭越ながら私に診させて頂きたいのです。どうか王太子妃様に触れる許可を」
きちんと許可を得ようとする真摯な姿勢。
許可を得ると、ベッドで休んでいる王太子妃に近づいていく。
「王太子妃様、こちらをお飲みください。自己治癒力を高めるものでございます、すぐに体調が楽になりますからね」
自身で毒見も行い、安全であると示してから王太子妃に渡している。
手を翳し祈りを捧げた。
温かな光が王太子妃を包んでいく。
苦痛が和らいでいるのか、表情は穏やかだ。
数分経っただろうか。
黒い靄が王太子妃の体から滲み出していた。
「呪いのもとです、触らないで!どなたか窓を開けてください」
窓を開けるとその靄が外へ行き、見えなくなっていった。
ミューズは少し疲れた様子だ。
「王太子妃の呪いは解けました、すぐに休ませてあげてください」
肩で息をし、深呼吸を繰り返している。
エリックと王太子妃を残し、皆部屋を出ていった。
「大丈夫か?」
「ありがとうございますティタン様、問題ないですわ」
足元は若干ふらついていた。
「本当に解けるとは…褒美を取らす、何が良い?」
「特に何も。国の一大事に私の力がお役に立てて光栄です。これにて失礼いたします」
「待ってくれ!」
身を翻し帰ろうとするミューズの腕を掴む。
とても細く、思ったよりもふらついてしまいティタンの胸へ倒れ込んだ。
フードもずれてしまう。
「すまない!つい力が籠もってしまって」
「いえ、私もすみません。よろけてしまいまして」
見上げるミューズ。二人の視線が交差した。
フードの中から覗くは金と青い瞳ーなんてキレイな色だろう。
一瞬ではあったが、心奪われる印象深い光景だった。
さっとフードを深く下げ、離れてしまう。
「二人共大丈夫か?」
国王に問われこくりと頷く。
「陛下、もしよろしければその褒美は孤児院に寄付をしてほしいのです。私は元孤児であったため、そのような子を一人でも減らせるよう務めて頂きたいです」
「それでは君への褒美にならないな。何か他にもないか?」
ティタンが聞くと、ミューズは恥ずかしそうに俯く。
「では、王宮のお菓子を食べてみたいです。私甘いものが好きなので、お姫様達が食べるものはどういうものか、ずっと気になっていました」
なんと可愛らしい要望かとティタンは感心してしまう。
ここからティタンの餌付け、もとい手土産攻撃が始まった。
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