森の魔術師は王国の騎士に求婚される

しろねこ。

プロポーズは嬉しいのですが

「結婚してほしい」

「お断りします」

ニッコリと微笑み、何回目かの告白を断る。


最初は驚いたが、数回続くと感覚も麻痺していた。




深い深い森の奥。

術師の女性は困ったように微笑む。


「ティタン様、私は一介の術師です。

騎士様であるあなたとは結婚できないわ」


ゆったりとしたローブと鼻先まで下げられているフード。


声や細い指先、口元で女性とはわかる。

容姿や年齢はわからないが声は年若い女性のようだ。


対面して席についている男性はがっしりとした体格だ。

薄紫の短髪に黄緑色の瞳、背中には大剣を背負っている。


テーブルの上には紅茶とティタンが持ってきた焼き菓子が乗っている。


今日の手土産は色とりどりなメレンゲだ。


「…騎士を辞めたらこちらに来てもいいか?」

「貴方様が辞めてしまっては王太子殿下が困るでしょう」


ティタンは護衛騎士なのだ。

それなのに少ない休日を自分と会うために使わせてしまうのは申し訳なく思う。


王都から辺境にあるこの森まで馬に乗り半日近くかけてここまで来るのだから、無碍には出来ない。


しかも毎回美味しいスイーツを持ってきてくれるので、ついお茶の時間を設けるようになってしまい、断らねばいけないと思いながらズルズルと茶飲み友達になってしまった。


「殿下は寧ろ応援してくれている。王太子妃の呪いを解いた君に心から感謝しているからな。願わくば王宮術師への登用も考えているとのことだ」

「出自が不明な者はいらぬ諍いを生みます。そちらもお断りを」




最初の出会いは王太子妃の呪いを解くためにティタンがここへ訪れた事であった。


森の魔術師ーミューズの噂を聞き、単身探しに来たのだ。

馬を走らせ、ミューズの張った結界を抜け、初めて会ったときは女性の術師ということで驚いた。


滅多に街に行かないミューズは王太子妃が呪いにかかってしまったという情報すら知らなかったが、すぐさま準備をしてティタンとともに王宮へ向かう。


辺境地ではあるものの同じアドガルム国に住むものとして放っておくことは出来なかった。


誰も解けなかった呪いをミューズが解き、大変喜ばれた。


沢山の謝礼をもらいそうになったがそれらは孤児院などに寄付してもらい、自分が解いたことは伏せて欲しいとお願いした。


森で静かに過ごしたいからと。


何も受け取らないのは悪いので、王宮のスイーツが食べてみたいといい、そちらをどっさり貰って帰ってきたのだ。




あれ以来ティタンがここに通うようになり、少々困っている。


ただ来るのはいいとして求婚がセットだ。


初めて聞いたときはからかわれているのだと思ったくらいだ。


家近くの結界はミューズに悪意を持つ者を通しはしない。

それをいとも簡単に超えるティタンが純粋に告白しに来ているという事は、鈍いミューズでも認めざるを得ない。


「申し訳ないのですが、プロポーズも王宮術師の話もお受けできません。私がここにいる理由はお話しましたよね?」


森の術師はこの森の管理をしている。


魔物が出るこの森の魔物を諫め、周辺諸国への被害を少なくするためだ。


森の更に深くには魔物の産まれる場所があるらしい。


そこから一定数湧き上がるそうなのだが、そこを閉鎖することは無理だそうだ。


歴史上でも何度も試みて失敗しているとのこと。


魔物は害をなす生き物だが、その体は恩恵も齎す。

肉は食料として。骨は武器や素材、装飾品として。命の結晶である魔石は魔道具として。


戦う術を持ち始めた人間にとっては昔よりも脅威は少なくなっているのだ。


しかし、この森は他に比べて魔物の数も多く、迷い込んだ人間や森を出ようとする魔物をいち早く抑えるために森の術師はいるのだ。


森の術師が各所に置いた魔石により異常は感知され、素早く制圧できるよう務めている。


なのでミューズは街に行くことも少なく、ほぼこの森にいるのだ。


「君が犠牲になっているという話は覚えている。街の者の話とだいぶ違うのだなと」




噂は全く違うものだった。




森に住む怪しげな術師が魔物を解き放ち、生体実験をしているのだと。

術師は悪魔に魂を捧げ、人々に恐怖を与えているという話だ。


「噂は面白おかしく伝わるものです。貴族様と平民とでは伝わる話も異なるでしょうし」

仕方ないとこぼし、ミューズは細い指でメレンゲを一つ摘んだ。


サクサクした食感に甘い味。思わず口元が緩んでしまう。


その動作一つ一つをティタンは見つめていた。


不意にリリリと鈴のような音が鳴る。


森にある魔石が異変を知らせてくれたのだ。


「すみませんがティタン様。お茶会はこのあたりで。とても美味しかったです」

ミューズは深く頭をさげ、杖を手にする。


「俺も加勢する」

大剣に手をかけたが、ミューズは首を横に振った。


「これは私の役目です。ティタン様のお役目はここではありませんわ」

そっと手を重ねられる。


「無事であればまたお会いしましょう」

ニコッとした微笑み。


何か言うより早く浮遊感が襲う。


あっという間に王宮の門の前に来てしまった。


愛馬のイグリッドも少しの間を開け、送られる。

ミューズの転移魔法にて返されてしまった。


イグリッドの首には袋がかけてあり、中には手紙と魔石が入っている。


『本日も美味しいお菓子をありがとうございました。いつもありがとうございます。

この魔石は先日魔狼を倒した時に加工しました。攻撃を受けた際に防御壁が張れますのでぜひお使いください』


お礼なんていらないのにとハァーと溜息をつき、王宮へ入っていく。


「ティタン様、また振られたんですか?」

しょげている様子に門番からの声がかかる。


「あぁ、ダメだった。騎士辞めるって言ったのにダメだって」

「えっ?辞めるつもりだったんですか?」

「彼女と結婚したくて」

「それはさすがに、陛下も了承されませんよ。さっ、明日からまた頑張りましょ」


ぽんぽんと肩を叩かれ、励まされ、王宮へと入っていった。


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