婚約者と婚約者候補
現れたのはまさにお姫様という容姿の女性だ。
キレイな褐色の肌にグウィエンと同じ琥珀色の髪。黒耀石のような瞳。
華やかなドレスを纏っており、その表情はキラキラと輝いている。
「ティタン様、英雄さま、我が国を助けていただき誠に感謝しております。シェスタ国第一王女ユーリ=ディア=マルシェでございます」
優雅な礼をし、黒い瞳はキラキラとしていてティタンを真っ直ぐに見つめている。
「おひさしぶりです、王女殿下」
「王女殿下、私はミューズと申します。この度はお目にかかれて光栄です」
躊躇いつつもミューズも挨拶をする。
自己紹介は受けたのだけど、どう見てもティタンしか目に映っていないように見えたからだ。
ミューズにちらりと目線を送る。
「ミューズ様と呼ばせて頂きますね。ティタン様の手伝いをしたとは聞いているけれど、こんなに小柄なのに凄いわね」
それだけ言うと視線はすぐにティタンに移った。
「ティタン様の活躍は私のところまでたくさん届いておりました、またお会いできるこの日をずっと待っておりましたわ。あぁやはり素敵」
「ユーリ」
すっかりのぼせ上がる妹にグウィエンの眉間に皺が寄る。
「ここにはアドガルムの王太子もいる。弁えよ」
兄の、いつになく強い口調に驚いたのかハッとしている。
「申し訳ございません、エリック様。ティタン様とお会い出来てつい舞い上がってしまいましたの。幼い頃より知っているティタン様のことを皆が英雄だと称賛されておりましたので、居ても立っても居られず…」
一応の謝罪の言葉を受けつつエリックの目は笑っていない。
「ユーリ嬢お久しぶりです。元気そうで何よりですが、英雄はティタンだけではない。こちらのミューズ嬢の助けがなければ為されぬ事だったのですよ。勘違いなさらぬように」
エリックはミューズを庇い、やんわりと諭した。
弟の婚約者となるべくミューズはエリックの中では既に身内として昇華されている。
友人の妹よりも義妹となるべく女性の方が大事だ。
「申し訳ありません、エリック様、ミューズ様」
些か腑に落ちないとミューズを睨みつける。
その行動が見た目よりも子どもっぽく感じられ、複雑な思いだ。
貴族は元より王族も普通であれば感情を露わにしすぎないよう教育を受けてるはずだから、何かの駆け引きといったものでなければここまで表すことはないはずだ。
つまり、感情のままに表情にも言葉にも出しているのだ。
グウィエンも王族らしからぬ妹の言動に不愉快さを露わにする。
「すまない、思っていたより浮かれているようだ。明らかに淑女にあるまじき言動だ、俺が代わって非礼を詫びよう。ミューズ嬢申し訳ない」
「私は大丈夫です。確かにティタン様はとても頼りになりますし、憧れる気持ちもわかりますもの」
内心の嫉妬心を抑えつつ、あの時のティタンを思い出す。
「ティタン様の剣捌きもグリフォンを操る手腕も見事で惚れ惚れしましたわ。私はティタン様に命じられたように動いただけです」
謙遜の言葉にティタンはミューズの手を取る。
「何を言う、君なしでは出来なかった作戦だ。君はもっと自分の活躍を誇っていい」
熱心に語るティタンの様子は熱に浮かされているようだ。
その様子にグウィエンは内心見誤ったかもしれないと焦りを感じている。
(ティタンに婚約者がいないと聞いていたが、これはどうした事か)
そもそもミューズという令嬢は今まで聞いたことがなかった。
ひと通りティタンの身辺を洗ったが、今まで近づく女性の姿はなかったはずだ。
過去に婚約者候補がいた事までは調べられている。
だが、死別した初恋の人が忘れられず未だに婚約者もいないはずだった。
(此度の活躍で、ユーリがどうしてもと言ったから応援しようと思ったが…これはどうしたものか)
術師を繋ぎ止める為やその容姿でティタンに下賜された女性かと思っていたのだが、明らかに相思相愛だ。
森の術師だなどと身元が不明な者のはずなのに、平民である女性に靡きエリックも応援をしている。
妹とティタンが婚姻を結べば同盟国としての立場もより強固となると思っていたが、対応を間違えればとてもまずい。
コホンと一つ咳払いをする。
「ティタンはミューズ嬢をいたく大事にしているようだが、もしや恋人か?」
「こ、恋人?!」
ミューズの顔が真っ赤に染まる。
「そ、そのようなこと「そんな事あるわけないわ、お兄様」」
ユーリが遮り、言葉尻をとらえる。
「いくらなんでもミューズ様は平民ですものね、そしてティタン様は王族。ねぇミューズ様、以前私がティタン様の婚約者候補だった事ご存知?」
ミューズの目が驚きで見開く。
「ずっと昔の話だ。ユーリ嬢、その話は立ち消えになったはずですが」
「いいえ、私は了承していませんでした。ティタン様は男性としても騎士としても素晴らしく、私のパートナーに相応しいんですもの。それに同盟国の王族同士、政治的にも相性がいいと民からも後押しされてますのよ」
確かに婚約者候補に上がったときは民からも賛成の声が多かった。
しかしティタンがこの話を是としなかったのだ。
「私とティタン様はお似合いだと思いません?ミューズ様」
美しい笑顔だ。
地位も権力もお金も美貌もある。
ティタンの事も好いているし、民からの切望の声もある。
確かに相応しいのだろうと納得してしまう。
「そうですね…」
納得する反面諦めきれない心がもやもやしている、心がバラバラになりそうだ。
「お似合いかは知りませんが、俺が愛しているのはミューズだけです」
体を抱き寄せ、守るように腕をまわす。
「恋人どころか婚約者になる予定です。国に戻ってミューズにサインをもらえればすぐにでも。もはや父である国王からは了承を得ています」
愛おしげにミューズの髪を撫でる。
「正式な文書を後ほど送る予定でしたので、お伝えするのが遅くなり申し訳ありません。あなたのパートナーにはなれません」
はっきりと拒絶の意志を示され、ユーリは愕然としてしまった。
エリックは更にダメ押しとばかりに猛追する。
「あとユーリ嬢、ミューズ嬢は平民ではなく貴族です。
いささか国内の話で恥ずかしいのですが、ミューズ嬢は貴族ながらその魔力の高さから命を狙われてしまいましてね、森の術師殿に匿ってもらってたのですよ。あそこは身を隠すのに都合が良い。そして勘違いさせてしまって申し訳ないのですが…」
エリックは切り捨てるように言った。
「婚約者候補は第二王子がいつまでもふらふらと縁談の一つもないと周りから口さがない事を言われてしまいますからね、申し訳ないがカモフラージュでした」
エリックすらも縁談をまとめるつもりがなかったと言われて、ユーリの自尊心はズタズタだ。
「…私はこの国の王女なのに」
絞り出すように出された言葉は最後の矜持だろうか。
周りに大事にされて過ごしてきた。
両親も父も母も民すらも自分を蝶よ花よと持て囃され、結婚相手も自分で選んでいいと言われた。
そんな中ティタンは好条件の男性であった。
自分と同じ王族という立場。
降嫁しても太閤位は貰えるだろうし、騎士としての地位も十二分に高い。
外交にて話す機会も多く、気心の知れた仲だと思っていた。
真面目で誠実に人に仕える男、夫になればけして自分を裏切ることのない人だと目をつけていた。
条件だけで見れば好条件なのは間違いないと思われるが…
「ユーリ嬢、王女という者は随分驕った考えをするものだな。彼女が平民でもこの気持ちは変わらない、必要であれば騎士を辞める所存だった。アドガルムを捨てることにも躊躇いはない。兄上には悪いが…」
「そうならないようこちらが務めるだけだ。差し当たってこの話し合いで俺の誠意は伝わったかな?」
エリックの視線はグウィエンに捉える。
早くこの茶番を終わらせろと蔑む瞳だ。
「…王女ならば尚更人の心の機微を考えなくてはな。すまない皆、また改めて話す機会を設けさせてくれ。今度は男同士でな」
兄にも言われ、ユーリは泣きそうだ。
「兄様まで私を傷つけるの?」
「傷つけたのはお前だユーリ、自分の言動を省みろ。いくらティタンが好きだからといってミューズ嬢を貶す理由にはならない。彼らが想い合っているのを邪魔することも認めないことも、悪手にしかならんぞ。彼を想うなら潔く身を引き、祝福するんだな」
妹に下がるように命じた。
グウィエンも悪手を打ってしまった事を苦々しく思う。
「ミューズ嬢、イヤな思いをさせてすまない。埋め合わせは必ず」
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