第3話 聖夜に悪夢かよ

 下界(人間界)の降誕祭の前夜。この日は“運び屋”にとって一番の稼ぎ時。


 降誕祭は、遥か昔に人々が崇める神の子が満点の星空の下に降誕した日を祝して、毎年感謝の祈りを捧げる祭事

であり、下界に暮らす人々にとっては特別な聖なる日である。


 特にその聖なる日の前夜は、聖夜と呼ばれている。本来、聖夜は厳かに神への祈りを捧げる習わしであるが、今では家族、友人、知人、恋人と共に日常を忘れて生きる喜びを分かち合い、神に感謝して祝いの宴を催す夜でもある。

世界各地の街や村で祝いの宴が催され、街は賑わい、人々は浮かれ飛ぶ一夜。


 普段、教会で暮らしている神と人間のハーフ(半神)であるサンタ・クルーズは、半神である特異な体質を利用して天界の神々とコンタクトし、天の意志を人々に伝え、天からの贈り物を人々に授ける“運び屋”の仕事を生業にしている。サンタにとっても一年で一番忙しい夜であった。


 今宵、満天の星と白い月明かりが聖なる夜を照らす中、サンタ・クルーズは愛車フライングモービルを操り、星を渡り、月夜を駆け抜けていた。


 赤いライダースに身を包み、運び屋仲間からは“韋駄天”と異名をとるサンタは、天界からの夢の贈り物を人々へ届けに向かう。

 降誕祭ということもあって、今日はいつもの十倍ほどの量の様々な贈り物やメッセージを運び届けていた。


 そして、いよいよ今夜最後の届け物となったので、サンタは空へ向かって両腕を真っ直ぐ伸ばしながら叫ぶ。


「さーて、こいつで最後だな。さっさと届けて今日の仕事もスマートに終わらせてやるぜーー! 今夜最後の受取人は.........ジョン・ウーンって奴かあ」


 サンタは届け先であるヘアスタイルがダサいジョン・ウーンという人間の下を訪れた。


 サンタは人間に届け物をする際に自分の姿を見せない。正確には、業務中のサンタを目視することが出来ない。


 人間と神のハーフである特殊な人体構造を持つサンタだから可能な能力で、人間モードの時には普通に人々と触れ合い会話もできる。逆に神モードになれば、普通の人間にはサンタの存在を認識出来なくなる。

人間に姿を見せることも、そして見せないことも自在にコントロール出来る特殊な存在であった。


 届け物が物体であれば届け先の人間には決して気付かれないように置き配するのがモットー。

メッセージの場合もそれこそ姿を見せることなく直接、受取人の意識にメッセージを流し込む。

これがサンタの運び屋としての業務である。

 

 本日最後の届け先であるジョン・ウーンに届けるモノとは、天界からの贈り物(物体)であった。


「ジョンさーーん、お届け物ですよーー! なーんてね。今は普通の人間には俺の声は聞こえないし、姿を見ることも出来ないんだよな――――」

置き配を済ませたサンタは独りごちた。


 しかし、このジョンという人間は、歪な夢を持った非望因子と呼ばれる人間失格者であった。このとき既にナイトメアメーカーに操られていたためサンタの存在をしっかりと認識しており、届けられたブツを素早く手に取っていた。


 サンタが届けた贈り物―――――。

それは、歪いびつな夢を『非望ひぼう』へと素早く昇華させるための魔界のレアドリンク“スゴイナージュース”、略して“スゴジュウ”という悪夢の強壮剤であった。


「これなのか......これさえ飲めば、私の悲願であった全世界独裁統制が叶うのだ」


 ジョン・ウーンは、このいかにも凄そうな名前のドリンクを一気に飲み干す。


 すると“スゴジュウ”の効力がみるみる身体中を巡り廻り、ジョン・ウーンの上半身は勿論だが、下半身までもがモリモリに盛り上がってゆき、そうなることで歪んだ野望を膨張させる。

そしてついにジョン・ウーンは『非望ひぼう』を完成させた。それは、上級魔人である幻魔との契約が成され“悪魔の家畜”に成り下がった瞬間であった。


「ぐわはははははあ、これで俺は世界の支配者に君臨できるぞおおおー」


 サンタが運んだブツとは、天界からの贈り物ではなく『幻魔のアイテム』と呼ばれる危険極まりない悪魔のブツであった。サンタは天界人に化けていた魔人に騙されて途轍も無いブツを届けてしまった。


 さらに魔人に騙された挙句、自分の身までも危険に晒してしまう。


 魔人の強壮剤を注入した非望を宿したジョン・ウーンはパワーアップした己の力を試したい衝動が顕になる。


「先ずは、手始めにあの運び屋でこの力を試してやろう。俺の力がこいつら天界人にも通用すれば怖いものは何もなくなるぞおおお」


 非望を昇華させたジョン・ウーンの身体から発せられた黒い霧がサンタの背後を襲う。

サンタは背後から不意打ちを食らい、黒い霧に全身を包まれるとその場にもんどり打って倒れてしまう。


「こいつも見舞ってやるぞ!」

 さらにジョンは、倒れ込んだサンタの溝落にドス黒い気体の塊のようになった掌底を打ち据える。


「ウゲーーーッ、ゲホッ」


 ダメ押しの掌底を食らったサンタの身体から金色に光る気が、ガスが漏れ出すように排出されてゆく。


「おやあ? お前の気の量はえらく少ないようだな〜、さてはお前、純粋な神ではなく、半神って奴なのか! では対神用の技で更にダメージをくれてやろう」


 ジョン・ウーンを操るナイトメアメーカーがトドメの一撃を加えようと両腕の掌底突きをサンタへ向ける。

あわやサンタの存在が完全消滅と思われた。


 その時!―――― サンタの頭上から流星群のような光りが降り注ぐ。


 眩い光と共に現れたのは、天界から降り立った天使長ミカエルと彼が率いてきたドリーム・クラッシャーであった。


「ん〜、なんだあ? この気色の悪い光は、まさかああああ.........」


 次の瞬間、トドメの一撃を繰り出そうとしたジョン・ウーンの身体の内部から激しい光がその肉体を突き破るように溢れ出し、そのまま肉体は木っ端微塵に破裂した。


「さすがだな。SSダブルエスクラスの戦士だけのことはある。どうにか大事にならずに済んだ」天使長ミカエルが呟いた。

 

 サンタは命拾いした。

それは、天界でサンタを騙した魔人を捕らえたことで、非望因子の存在とナイトメアメーカーの陰謀を知った天使長ミカエルが間一髪のところで駆けつけてくれたからである。


 つまり、ジョン・ウーンの歪な夢の中にダイブしていたドリーム・クラッシャーによって、ジョンの非望は夢の藻屑となって消失し、ジョンを操っていた幻魔人ナイトメアメーカーも、このドリーム・クラッシャーによって消滅させられた。


 完全消滅一歩手前のサンタを救ったこのドリーム・クラッシャーこそが最高位SSダブルエスランクの夢幻戦士であった。

この銀色の髪に鋭い眼光を持つドリーム・クラッシャーは、討伐を終えると眉一つ動かすことなく無言のまま天界へと立ち去って行った。



▽ ▼ ▽ ▼ ▽


 サンタは、自分を助けてくれた光輝く天使長ミカエルに礼を言う。


「眩しいマッチョのおじさん、危ないところを助けてくれてありがとう!」


「いやいや! それがだな……完全に助けてやれた訳ではないのだ」

礼を言われたミカエルが少し気まずそうに答えた。


「はあ?? 俺はこうして助けられたじゃあないっすか! っていうか、完全にってどういう意味っすか??」


「それは、だな……今、お前が生きているこの世界でのお前の存在がだな……なんと言うかなあ、半分消えてしまったということなのだ! あの非望因子の攻撃でお前の存在の半分が消失してしまったのだよ」


「・・・?? えええぇぇー! 何じゃ、そりゃああ」


「-------すまんな」


「いやいや、すまんとかじゃなくて、意味が1mmもわかんないっすよ!? 俺はここにこうして生きてるし、今もつまんない会話とかしちゃってるし……どういうことなんすか? もしかして、俺を馬鹿にしちゃってますぅ? 金色に光ってるからって人を馬鹿にしても言い訳じゃあないっすよ! 如何なものかと思いますぜー、旦那!」


 何を言ってるのかちょっとわからないミカエルに混乱気味のサンタが毒づく。それを冷静に受け止めてミカエルは答える。


「そのような話ではないのだ。今のお前は半神という特異体質ではなくなってしまったのだ。今、天界人にはその存在が見えているのだが、下界(人間界)ではお前の存在そのものが無となってしまった。つまり半分存在が消失してしまったのだ」


「な〜んだ、半分か〜、そういうこかー、まあ半分くらいだったら………って、ダメじゃあないっすか! 俺の稼業は“運び屋”ですよ。仕事にならないじゃないっすか! ピカピカ光っちゃってるからって随分とドイヒーなことを言ってくれるなー」


 サンタは、自分が半分消えてしまったという事実に仰天するが、同時に天界の天使長に向かってノリツッコミを入れるという暴挙に出た。

しかしミカエルは、怒ることもなくサンタに申し分けないという気持ちで謝罪する。


「すまんな! お前を完全に救うことが出来ず悪いことをしたな」


「眩しいおっさん、同情するなら、代替えとか、奥の手とか使ってさー、なんとかしてくれよ! このままじゃあ仕事が出来ないよ。おまんまの食い上げじゃあないかー。お願いしますよ、お代官さま―! どうか、ご慈悲を~」

サンタは水飲み百姓が憑依したかのように取り乱してしまう。


 真面目とマッチョを足して倍にしたような堅物のミカエルは、その堅物さとは裏腹に慈悲深い天使長でもあった。

だからサンタの取り乱す様を見て憐れみがMAXになる。


「わかったわかった! それでは私の権限でお前を天界の神殿へ昇天させよう。本来ならば、お前のような半神(神と人間のハーフ)は天界の神殿に入ることは出来ないのだが、私の不手際でこうなったのだから今回は特別だ」


「なんと、天界門の中へ入れるのか! 今までは門の中には絶対に入れてくれなかったもんなー。だからそれはありがたい。さすが、オッサンは眩しいだけあって優しいんだなー。俺、泣きそうだよ」


「泣かなくとも善い。それでは天界へ上ろうぞ! 私のこの右手を握るのだ」


ミカエルはそう言って右手をサンタの前に差し出す。


「.........ええっ! オッサンの手を握るって……心の準備が......」


「他意はない!早くせんか!」


サンタは仕方なく、嫌々ミカエルの右手を握った。


すると、一瞬のうちに二人は天へと上って行った。

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