第13話 非望『腰ギンチャク』

 サンタとダンサーが裏切りに染まった夢幻空間を探索している頃。


 一方で、ペイペイの夢幻空間へダイブしたダッシャーとキューピッドの二人もダークマターである非望の痕跡を探索していた。


 この無限空間の創造主であるペイペイという男は上背だけはそこそこあるのだが、残念な顔立ちで、人としての器が超絶に小さく、せこい、そして小ズルい、人として最悪な三拍子を揃えたカッコの悪さを奏でまくる男である。


 そんなペイペイは、ナイトメアメーカーの手を借りずとも、己の力だけで非望を完成させてしまうだけの強大な負のエネルギーを蓄積させていた。

 ナイトメアメーカーからすれば、超特Aランクの家畜であり、それだけ魅力的な

非望因子のひとりであった。


 そしてこの時すでに、超特A非望因子のペイペイは、器の小さい人間の行動原理でもある『打算と損得勘定』『責任転嫁』『見返りとゴマスリ』という三大要素がもたらすパワーによって非望を完成させていた。


ーーダークマター『腰ギンチャク』


 この夢幻空間には、『腰ギンチャク』という非望から溢れ出した負のオーラが充満していた。


 ダイブした直後は察知できなかったが、サンタ達との脳内伝心を終えた直後にキューピッドが、この空間内に満ちた非望の濃度に気がついた。


「ダッシャー、こいつの夢の中は、かなりキツいかも……というより、こいつは既に非望を成就させているわよ!」


 常時、にこやかなキューピッドの表情に緊張が走る。

 

 その表情を見てとったダッシャーは周囲をゆっくりと見回した。

『腰ギンチャク』が放つ気色の悪いゾワゾワ感が辺りに立ち込めているようだ。


「マジかよ……まだダイブして間もないってのに・・・でも君がそう言うのだから、ここで腹を括らなきゃあいけないってことなのか」


「良かったわ……あなたもこんな時くらいは空気を読めるのね」

「・・・・・おいおい、こんな時に人をおちょくるのはやめて欲しいんだけどな?」

「おちょくってなんかいないわよ。本当のことを言っているだけよ」


「・・・・・・」ダッシャーは言葉を失った。


「あなたなんかのどうでもいい話題はこのくらいにしておくけど、この先の奥…の方から感じるのは、いかにもダサいカス男が成就させたって類の非望だから、もう気色が悪すぎて生理的に受付け難いのよねえ」


「この夢のあるじは、相当カッコ悪い生き様をしているんだろうなあ……キューピッドにここまでドイヒーに言われるってのは、よほどだぜ」


「この因子に比べたら、あなたの方が数百倍マシって感じかしらね……で、どうするの? ここの非望に群がるナイトメアメーカーの存在くらいは確認してみても良いかと思うけど……あなたの考えはどうかしら?」


「君の意見と同じだよ。だけど、ナイトメアメーカーに遭遇したとしても、こちらの存在を知られるのは不味いぜ。これだけの薄汚れた非望をクラッシュするのも骨が折れそうだけど、加えてナイトメアメーカーどもと戦闘になるのは正直なところ避けたいし・・・」


「同感ね。じゃあ、こちらは出来るだけ存在を隠して非望の中心地まで移動しましょう。私の神気功術で隠し空間を創るわ。私からあまり離れないようにしてよ、そうすれば、こちらの存在には気づかないはずよ」


 そう言って、キューピッドは静かに神の気を練り始める。

右手と左手の親指をクロスさせて、神気を練るとそのまま両手を左右に広げた。


 すると目には見えないが、透明のベールのような結界が二人を包み込んだ。


「この隠し空間結界は、小さな別の空間になっているから、外側の空間からこの中を目視できないのよ。つまり、外からこの空間を見つけることが出来ないし、私たちの存在も知られることはないわ……では、このまま非望の中心へ向かうわよ」


「さすがは、キューピッドだな。こんなセーフティゾーンを創り出すことが出来るのは

君だけだぜ。相棒がキューピッドでホント良かったぜ!」


「……私は嫌なんだけど…」

「おいおい、そんなつれないことを言うなよ〜」


 ダッシャーとキューピッドの二人は、ペイペイが創り出した非望『腰ギンチャク』の

周辺まで突き進む。

 二人が進んで行った先は『腰ギンチャク』が放つ瘴気によって、ひどく澱んでいるように感じられた。その濃度が徐々に増してくる。


「これは、かなりキツイんじゃあないのか……こいつが非望ってやつなのか、いかにも禍々しい瘴気ってのを撒き散らしてやがるな」


 ダッシャーが“瘴気に毒づく”という洒落た心意気を見せた、その時!


 キューピッドの探知に何かが飛び込んだ。

左前方の片隅に何者かの気配を察知して、歩みを止める。


「ストップ!! ダッシャー、しばらく動かないで!」


「何事だ!? 何か出やがったのか?」


「それを今、詳しく探知しているのよ。ちょっと黙ってて!」


 キューピッドは、先ほど察知した“何か”の正体を見極めようと神気功を応用した探知スキルを発動させている。


 しばらくして、キューピッドの探知網が“何か”の存在を捕らえた。

と同時に背中に得体の知れない悪寒が走る。


「――――!! これって……このレベルは何? こんなのが存在するなんて」


 一個体の存在を確認したが、その個体が放つ圧倒的な魔力量は、並のナイトメアメーカーの魔力量を遥かに超えるものであった。

 その魔力量から推測できるのは、ここにいる個体が魔神クラス、もしくはそれに匹敵する存在だということになる。


 キューピッドは、その事実を有り得ると理解するのか、有り得ないと判断するのか、しばらく葛藤していたが、ここは有り得ると理解することで、この後の回避行動を無駄なく円滑に進めることが優先だと思考する。


「ダッシャー! 緊急退避するわよ!!」

「えーーっ!! そんなにヤバイのかよ!?」

「説明は後よ! 得体の知れない化け物がいるの! あんなのは反則だわ」


「なんか、相当ヤバいってことかよ……ここから退避ってことは、サンタ達のいる夢幻空間へ飛ぶしかねえのかな……でも、その反則級の化け物の正体くらいは掴んでおきたいよなあ」


「あなた、何をバカなことを言ってるのよ! 秒で消滅するわよ!!」


 ダッシャーを叱咤するキューピッドに更なる戦慄が走る。


「不味い! 気づかれた!! この隠し空間へ真っ直ぐに向かって来るわ!!」


 非望が蠢く地点から、二人のいるこの場所に向かって膨大な魔力を持つ個体が一直線に迫ってくることを察知したキューピッドが、急いで神気功を練る。

 ダッシャーも、襲撃に対する備えのための防御シールドを展開し始める。


「この隠し空間って、外からは見えないんじゃあないのかよ! どーなってんだよ」


「黙ってなさい!! この隠し結界ごと飛ばすから!!」


「ありゃあ何なんだ!! すげえダーク丸出しの圧力砲弾みたいのが突っ込んでくるぞ!! くっ――――もうダメかぁ・・・」


 ダッシャーが観念した次の瞬間! 


――――間一髪!! 


 キューピッドは、わずかだが隠し空間の位置をずらすことに成功。


 禍々しい黒い彗星の如きその圧力の塊は、二人の立つ隠し空間の真横を掠めるように通り過ぎる。


「――――あれ??」


「今よ! 飛ぶわよ」


 キューピッドの言葉を合図に、二人を包んだ隠し結界はペイペイの夢幻空間から消え去った。


 一方、空を切った禍々しい何かの塊は、竜巻を起こすかのようにスクリュー状態となって停止すると、その渦の中から一体の魔人が姿を現した。


「消えたのか?・・忌々しい神の気を感じたんだが・・・・」


 姿を現したのは、魔神アレスの副官ノウエーであった。

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てめえの夢を木っ端微塵のさらに微塵にしてやるぜ!~歪な夢を打ち砕く者~ 火夢露 by.YUMEBOSHI-P @him69

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