第5話 堕落姫


「こ、この黒い水は一体……! 麻薬的な美味しさです! あれですか、黒魔術的なあれですか!?」


 やめれ。


 姫が俺の布団で横になりながら、コーラを飲む。

 同時にポテチを齧る。

 漫画は文字が読めないからな。


 最初は、俺の布団を使う何てとんでもないと言った様子だったが、俺がいいと言い続けた結果、今は普通に使っている。

 俺はいつもソファで寝てるからな。


 俺と会話してくれるのはこの王城内でこの姫様だけ。

 一人でいる時間は好きだが、何事もずっとはキツイ。


 それに、この世界の情報収集も大事だ。

 王城には一ヵ月しか居られない訳だしな。


「ケイ様、本当はもっと多くの時間を貴方に使いたいのですが、申し訳ありません」


「子供が大人に謝る事なんて何もないさ」


 何度も、俺は彼女から謝罪の言葉を受け取っている。

 その度に思う。

 それらは全て、この子の親が俺に言うべき台詞だと。


 それに彼女が無理をしている事は見れば分かる。

 何か仕事があるのだろう。

 そんな顔をしながら、俺の部屋にやって来る。

 夜八時を越えた時間だ。

 そんな時にやって来て、1時間もせずに寝息を立て始める。

 毎日だ。


 こんな少女に何をさせているのか。

 聞いてみたくなった。


「昼は何をしてるんだ?」


「王族の責務ですよ」


 そう言って彼女は笑う。

 俺はその笑みを知っている。

 俺がずっと部下にしていた笑い方。


「具体的には?」


「魔術の訓練」


「それと?」


「花嫁修業?」


「後は?」


「騎士団や宮廷魔導士様たちの労いを」


「まだあるよね?」


「貧民街へ給仕をしに行く事もありますね」


「流石に終わりかね」


「後は、貴族様方の挨拶回りと言いますか、お見合いといいますか」


 はぁ。

 子供にさせる仕事内容じゃない。

 というか仕事じゃない。

 給料出てないだろ。

 そもそも、業務時間が可笑しい気がするけど。


「アイシア」


 人工精霊の名前を呟く。


「イエスマスター」


 デバイスから声が響く。


「この世界の文字の解析は済んでるか?」


「当然です」


「だったら、漫画の内容を翻訳して複製してくれ」


「了解しました」


 言うと同時に5冊程の漫画の1巻が出現する。

 タイトルから俺の知っている文字とは別物になっていた。


「俺の世界の書物だ。気晴らしに読むといい」


「ケイ様の世界の書物ですか? 私、凄く興味あります!」


 その元気な姿を俺はもっと見たいよ。


「もし、俺が城から出て行ったあとに何か困った事があったらいつでも呼んでくれ。なんでもは無理だけど、できる事は手伝う」


「ケイ様はお優しいのですね。でも大丈夫です。私、頑張りますから」


 頑張る。

 その言葉が俺は嫌いだ。


 頑張る事は上手く行くって事じゃないから。

 だから頑張って欲しくない。


 そう思った瞬間だった。


「マスター、高密度魔力が扉の前から感知されました!」


 扉が爆裂する。


 Ⅹ字に切り裂かれた様に破られたな。

 斬撃に魔力を乗せたってとこか……


 軍用デバイスで良かった。

 自動防壁が発動し、飛来する扉の破片を防ぐ。


「姫様! ご無事ですか!?」


 全身鎧を纏った女が、俺の部屋に飛び込んでくる。

 うわ真剣だよ。

 今時ヤクザくらいしか持ってねぇぞ。


 いや、今時は戦士方は持ってんのか。

 てか戦士って職業なんだよ。


「で、どちらさま?」


「我が名はフウリ・ロールカリア! 第二王女殿下、メイア・スノー・ミッドレイセル様の近衛騎士である! 姫様を我欲のために利用しくさった貴様に天誅を下しにやって来た! いざ尋常に私の一騎打ちを受領せよ!」


 全身鎧の騎士様は一方的にそんな事を言ってきやがった。

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