第4話 紅茶


「何をしているのですか?」


 そう言われた瞬間、俺の中にある言葉が走る。


 免罪。


 そう、今の状況は小学生くらいの少女に男が下着姿を見せているという構図。

 通報されたら、多分負ける!


 そう反射で判断し、俺はアルカナボックスの0番を開く。


「精霊起動、睡魔ヒュプノス


 特殊な魔力の波形を飛ばし、相手の魔力感知を狂わせる。

 その揺れによって、対象は睡魔に襲われる事になる。


「うっ」


 そう言って、第二王女は気絶した。


「いや、いやいやいや、何やってんだ俺……」


 咄嗟の判断で意味不明な事をしでかした気がする。

 この人、これからどうするんだ?


 取り合えず、ドアの前で倒れてる状況は不味い。


「音声遮断。魔力封鎖。ロック」


 音と魔力が部屋の外に漏れないようにして、扉を強化して施錠する。


 床で寝てる状況は不味いよな。

 かと言って俺が触ってもいいのか?


 クソ、分からん。


「マスター、状況を判断するに私がお運びいたしましょうか?」


 デバイス内の人工精霊がそうアドバイスをくれる。

 俺たち現代の魔法使いは、全員がこのデバイスを持っている。

 自分で術式を制御するより、ソフトウェアに代替させる方が効率がいいからだ。


 俺の奴は結構高い奴で、俺の意思を術式効果に正確に転用できるように、人工的に作られた精霊が入っている。


「頼む」


「了解」


 短く返答した直後、姫様の身体が浮遊する。

 浮遊フロートボードの魔法だな。

 純魔力を圧縮した台座を出現させ、それを操作する。

 その上に姫様が乗っているから、体が一人でに浮いた様に見える訳だ。


「冷静になれ、まずは服を着よう」


 流石にパンイチは不味い。

 急いで服を着る。

 今日一日着ていた物ではなく、アルカナボックスに保存していた新品同様の衣服だ。


 魔術師でもBランク、部長クラスになればそこそこ給料は出る。

 まぁ、使う時間が無いから溜まっていく一方だが。

 しかし、そのお陰でアルカナボックスには結構な服が入っていた。


 部屋着でいいか。

 上下スウェットで。


「はぁ……」


「マスター、夢だった事にしてしまえば?」


「え?」


「この少女にどう説明するか悩んでいると見えます。でしたら入って来た瞬間気絶した事にして、貴方の痴態は夢だった事にしてしまいましょう」


「おぉ、流石人工精霊。名案だな」


「しかし、状況から推察するにそれなりに身分の高い方では? であれば、おもてなしは必要かと。良ければ私がセッティングさせていただきますが」


「頼む。マジ頼む」


 切実に願うと、デバイスから飛び出して来た子精霊ピクシーにアルカナボックスの使用権を与える。


「駄マスター」


「おい」


「私は人工精霊、マスターを笑わせるのも仕事です」


 出来てねぇけどな!


 ピクシーが3匹程飛び出してきて、机の上に食器を並べていく。

 食器は部屋に有った物を使っているが、もてなしの品はアルカナボックスに入っていた物だ。

 紅茶と、ある中で一番高級なお菓子を出していく。


「うぅ……私は……」


 数分して、魔法の効果が切れたようで姫様が目覚めた。


「部屋に入って来た途端気絶したんです。覚えておられますか?」


 そう言って声を掛けた瞬間、姫様の顔が赤く染まる。


「ケ、ケイ様……!? あ、あぁそうでした。でも何か変な夢を見た気がします」


「へ、へー。変な夢ですか……夢ですよねー夢いいなー」


 やばい。

 自分で言ってて意味が分からない。


「自分で思ってる以上に緊張していたみたいですね」


「ケイ様」


 向き直り、姫様が俺の眼を見る。


「はい。姫様」


 俺も姿勢を正し、ベッドに座る姫を見た。


「私は王族として貴方にお詫びをしなければいけません」


「お詫び、ですか……?」


「はい。貴方を無理矢理召喚し、そして今、都合が悪くなったからと支援もせず放り出そうなんて……」


 まぁ、召喚されたのはこっちが事故ったのも理由だしな。

 無理矢理、というのは少し違う気がする。


「ですが、私は王族でも所詮第二王女、特別な力もお金も権力もありません。どうか、そんな私の身一つでご容赦頂けませんか?」


「え、えーと。それはどういう意味で……」


「殿方は女性にアクセサリー的な価値を見出すとか……」


 あ、超偏った知識持ってるわ。

 そりゃ、女を侍らすってのは能力の証明だ。

 金があるとか、面白いとか。


 一見分からない能力を、見分ける為に周りに居る女性の数やビジュアルを項目にする事が無いとは言わない。

 確かに、モテてる奴は、モテてる理由があるもんだ。


 だが、あんたまだ十代前半でしょうが。

 十代前半の女を、侍らしてるぜなんて自慢してみろ。

 一発で逮捕だ。


 この時代じゃそうでも無いのかもしれないが、俺にそんな趣味は無い。


 かと言って、これはどう断るのが正解なのか。


 あぁ、あれだ。


「えぇっと、じゃあそれは貸し一つにしておきます。正直、自分は大人の女性が好みなので、もし大人になっても考えが変わらなかったらでお願いします」


 子供に言い聞かせるなら、こんな感じでいいだろう。

 ドラマで見た気がする。


「……」


 真剣に何かを考えている様子。

 耐えきれず、俺は声をかけた。


「こ、紅茶を淹れたので是非。後お菓子もありますよ」


「私では魅力が足りない、という事ですか?」


「……あぁ、まぁ、はい」


 魅力というか年齢が足りてないです。


「分かりました。必ず、借りは返させて頂きます」


 そう言って、ベッドから立ち上がってくれた。


「それと、私の事はメイアとお呼びください。恩人に敬称で呼ばせる訳には行きませんから」


「分かりました」


 落としどころ、という物だろう。

 同意せずに、話がややこしくなる方が面倒だ。


「じゃあメイア様」


「敬称は不要と申しました」


「いや、一国のお姫様にそれは流石に」


「分かったと、仰ったでは無いですか……」


 言いながら、彼女は悲し気な視線を俺に送って来る。

 プライドの一種なのだろう。

 迷惑をかけた相手に何も返せない。

 そんな状況を良しとできない。

 そんな性格なのだろう。


 俺とは大きな違いだ。

 だからこそ、歳下であっても尊敬する。


「メイア……ちゃん」


「それは……」


「いやいや、これは敬称じゃないですよ! 敬ってないですから!」


 そう言う俺を見ながら少し考える様な素振りを見せ、分かりましたとメイアちゃんが呟く。


 そもそも俺が気にしているのは世間体だ。

 この王城に務めている官僚に知られてみろ。

 面倒な噂、もしくは面倒な状況になる事は明白。


 ちゃん、ならギリギリ大丈夫だろう。

 大丈夫だよね?


「紅茶ありがとうございます。頂きますね」


「どうぞどうぞ」


「美味し」


 その驚いた顔は、歳相応の顔だった。

 彼女もその歳でそれなりの苦労をしているのだろう。

 そう思えた。

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