第10話 埋葬
沼に飛び込むと、その先は別世界だった。
回廊と呼ぶのが相応しいのだろうか。
石造の通路、所々通路の壁が崩壊し外に鍾乳洞が広がっている。
「貴方、性急って言われない?」
「言われないけど、効率的で在りたいとは思ってるかな」
「王都からここまで、掛かった時間は10分も無いわよ。ゆっくり歩いても良かったのに」
ダンジョン。
どれほどの物かと思ったが、大したことは無かった。
そもそも、彼女一人で簡単に突破できる難易度だった。
出て来る魔物が弱いって訳じゃ無いと思う。
この時代の魔法練度を見れば、相手はかなり強い部類。
しかし、それ以上にハクが強い。
そして、このダンジョンの事を完璧に把握している事。
ここにやって来るのは一度や二度では無さそうだ。
調査を入念に行っている。
しかし、それは変だ。
精密な調査を行うのは計画性の現れ。
であるにも関わらず、彼女が俺を誘った経緯は行きあたりばったりの無計画の物だった。
「こっちよ」
リザードマンを斬り捨て、ハクは俺にそう指示する。
ここまで、俺は一度も魔法を使っていない。
それほどに安定感のある戦闘だ。
彼女自身の高い魔力親和性が、肉体能力を常在的に向上させている。
俺には真似できない芸当だ。
そして、使う武器はレイピアの様な細い剣。
しかし、刺突だけでは斬撃にも併用できるタイプの様だ。
「俺なんて要らなかったんじゃないか?」
「そんな事無いわ。貴方のお陰で早く着けたんだから」
『マスター、危険です』
『分かってる』
この女は嘘を吐いている。
この時代に他人に付与する飛行魔術は希少なのだと、彼女自身が言ったのだ。
それを俺が持っている物と想定して仲間に誘うのはおかしい。
「この先に、俺を引き連れる理由がある訳だ」
自分だけで解決できる問題を他人に頼る必要はない。
頼れば頼った数だけ、失敗の可能性は高くなる。
当然だ。目的達成への想いが、自分と他人では違うのだから。
その意思を纏める事は大変だし、そもそもそんなデメリットに頼るなんて、メリットが全く釣り合っていない。
「お願い」
短く彼女はそう言った。
表情は見えない。
背中を向けてしまったから。
着いて行って、例えば最悪は殺される事。
『マスター、引き返しましょう。無意味な賭けです』
『いいや、そんな事は無いなアイシア。メリットはある』
『マスター、それは流石に……』
『相手がもしその気だったらの話だ。エルフを手に入れられるチャンスなんて、この先あるか分からないだろ』
少なくとも未来では0%だ。
研究者として、魔術師として、未知を放置するのは辛抱できない。
「変な目で見るの、止めてくれる?」
歪んだ笑みで彼女は振り返る。
「あぁ、悪いな」
視線を感じた。
というよりは、俺の魔力から感情を読み取った。
そう解釈する方が近いか。
本当に、興味深い生物だよ。
「俺は君の事が何も分からない。だから、教えて欲しいと思っているだけさ」
「嘘吐き」
「着いて行って、いいんだろ?」
「えぇ」
彼女自身の同意があるのだ。
ストーカーの類じゃない。
あぁ、そうチームだチーム。
良い言葉だな。
そのままダンジョンの奥深くへ進んでいく。
彼女の指示する方向へ。
彼女の思惑通りの展開へ。
何を考えているのかさっぱりわからない。
俺は参謀でも何でもないのだから。
アイシアの方が何か勘付いているだろう。
まぁ、俺に伝えてこないところ見るに余り確定的な話じゃないのだろうが。
「着いた」
回廊内部にある部屋だ。
中央に壊れた噴水。
その噴水に巻き付く様に大樹が聳え立っている。
「ここが目的地?」
「うん」
そう言って、進んでいく。
俺も後に続いた。
『結界への侵入しました』
「罠か」
術式を発動可能な状態で待機。
代行精霊への通信を開始。
いつでも、どこからでも戦闘可能。
「ごめんなさい」
歩いていく。
俺の事など目もくれず。
その空間を闊歩していく。
その先にあるのは……
「リク、アデル、ポーラ、ヒメカ」
死体。
死体。
死体。
死体。
四体のミイラ化した人だった物。
衣服はそのまま残っている。
だったら変だな。
人体がミイラ化する時間が経過しているのなら、衣服も老朽化していなければおかしい。
『自動防衛・フレイムウォール』
足元が赤く染まる。
それは焔の赤。
アイシアが発動した魔法。
地中から攻撃された?
「千年魔王樹。厄災の魔物。
独り言のように彼女は呟く。
手を動かし、死体たちを一か所に集めている。
「まさか、エルフである私より魔力の多い人間がこんな簡単に見つかるなんて思わなかった」
ごめんなさい、そう言って彼女は死体に魔術で火を付けた。
天井が空いてるから酸欠になる事は無いだろう。
火葬。そういう理解で間違ってなさそうだ。
「皆、私も直ぐにそっちに行くから。待っててね」
あぁ、そう言う事かい。
「人生、もう要らなくなったって訳だ」
「悪いわね。付き合わせて」
「全くだ。自殺に他人を巻き込むなんて碌な目に合わないぞあんた」
そして、失ったのだ。
この場所で友人を。
「仲間を見捨てて逃げたのか?」
「違うわよ! 皆が最後の力で結界の一部を壊してくれた。そして私一人を逃がしてくれたの……」
それで一人になって、だから人生もう意味無いってか。
きっと、止めるべきなのだろう。
仲間はお前に生きてほしかったんだ、とか。
お前が死んでも誰も喜ばないだとか。
まだ残っている物はある筈だ、とか。
まぁでも、そんな言葉聞きたく無いよな。
少し、分かるよ。
魔導士は嫌いだ。
けど、全員嫌な性格だった訳じゃない。
一番嫌なのは、勝手に死なれる事だ。
戦争に出て行って、魔法で戦って、そして結構な数は死ぬ。
勝手に人の魔法を使って。
勝手に戦場に飛び出て行って。
勝手に死にやがって。
お前等の事を待ってる奴の気持ちも考えろ。
お前等を補佐し、助け、お前等のために働いている
「けどまぁ、俺は死にたくない。だからこいつが俺しか攻撃しないなら、あんたがこいつに殺されるって目的は達成されない」
葬儀の時間稼ぎ。
それが俺の役割だったのだろう。
だとすれば、それはもう終わった。
アイシアの自動防御を、この怪物は突破できていない。
「それに、仇だろ? 取らなくていいのか?」
「取れる訳無いでしょ。どうやって攻撃を防いでいるのか皆目見当もつかないけど、それはまだその魔王種が本気を出していないだけよ」
「そんな事は聞いてねぇよ。俺は仇を取りたいのか、こいつに殺されたいのかどっちなのか聞いてんだ!」
ハクの目尻に溜まった涙があふれる。
怒りに身を任せ、様々な感情を混ぜ合わせて、彼女はそれを全て声に乗せて叫ぶ。
「殺してやりたいに決まってるでしょ!」
「じゃあ依頼しろよ。冒険者ってのはそう言うもんで、冒険者が冒険者に依頼しちゃいけないなんてルールも無いんだろ? だったら、俺はまだ予定だけど冒険者なんだから、あんたがやる事はなんだよ!?」
「できる物なら、殺ってみなさいよ!」
「了解だ」
初依頼。
受領しよう。
「アイシア、オーダーだ。この樹をぶっ殺せ」
――了
――戦闘システム起動
汎用魔法。
それが今まで俺が使ってきた魔法だ。
魔導士の術は、この一段階上を行く。
そして、魔導士の術は全て魔術師が開発し、それを俺が使えない訳も無い。
何が千年だ。
俺は二千年だぞ。
――その論点は聊か知能指数に問題があるかと。
うるせぇわい。
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