第11話 魔樹
――戦闘モード起動完了
魔導士の戦闘スタイルに白兵戦は入って居ない。
いや、白兵戦を専門とする魔導士も居る事は居る。
しかし、俺の様な何の訓練も受けていない男がいきなりそんな精密判断が求められる戦闘を実行できる訳がない。
だから、俺の魔法は少し大雑把だ。
――演算代行人工精霊ワン
――演算代行人工精霊ダブル
――演算代行人工精霊トライ
――演算代行人工精霊フォール
――演算代行人工精霊ファイ
解放。
代行精霊。
それは、俺の代わりに術式を詠唱する精霊だ。
アルカナボックスに付属メモリーとして保存されている物を、アイシアのデバイスに接続する。
――代行演算開始。
『
《
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〈
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5体の精霊の声がデバイスから漏れる。
術式を同時に5つ起動している事を示す声。
そして、俺は手を翳す。
俺の五感と魔力感覚の全てを共有したアイシアが最後のキーワードを発する。
【
俺の口が動き、アイシアの言葉が発される。
一つの基本魔法に対して5つの強化を施した代物。
それが、俺が使おうとしている魔法。
本来なら、正規の魔導士ならば、この強化たちを状況に合わせて上手く使う。
しかし、そんな器用な真似ができない俺は、ただアイシアたちを全力で振りかざす事しかできない。
全力強化魔法。
それは術式の発動に3秒もの時間を費やす。
現代戦闘では秒殺が普通。
こんな規模の術式を唱えているのはバカだ。
そんな文句を何度も魔導士から受けて、開発をやり直した事があったな。
でもなぜか、このモンスターの攻撃は3秒の時間を許してくれる物だった。
無数の蔦による攻撃。
それは確かに絶え間なく続いている。
しかし、常在的な身体強化のみで余裕で捌ける速度しかでていない。
アイシアの視覚サポートがある俺に当てるには聊か速度も手数も足りていない。
「まさか、完成するとは……」
――相手の能力を探る為に隙の多い術式を使いましたが……
困惑した声が聞こえる。
ハクが言うにはかなり強力なモンスターらしいが。
ふむ……
「発射」
数百に分裂し、音速以上に加速し、サイズと電力を強化、そして追尾機能を持ったライトニング。
まぁ、強力な術式だ。
しかし、完成したとしても防衛魔法があれば対処は可能な筈。
もし、このモンスターの強さが防御力にあるのなら、確かに厳しいかもしれない。
現状、これ以上の詠唱時間を必要とする魔法を使うのは少し面倒な手順が必要になる。
まぁ、しかし。
――次弾の詠唱を開始。
次手の準備は完了している。
無数の雷が千年魔王樹と呼ばれた魔物に突き刺さる。
根を生やしていると言う事から、回避を考えた構造をしている様には思えない。
ならば、やはり防御力に特化しているのか。
「は?」
穴が無数に空いている。
というか、穴の面積の方が多くなっている。
感電して燃えている。
――再生能力に特化している可能性を提示。
アイシアの言葉に俺は身を引き締める。
当然だ。
この程度で倒せるかは分からないのだ。
――次弾詠唱完了
俺は術式解放の合図を出す準備をしながら、そいつの動きを観察する。
どうくる?
――は? 生体反応消失
「倒した……?」
アイシアとハクの疑問の声が重なる。
「何よ、今の……魔法なの?」
そうか。
そうなのか。
今の魔物は俺の時代で言えばBランク相当の強さに思える。
けれど、そのレベルがこの世界では最高ランクに近い存在なのか。
だとしたら、俺は多分この世界で屈指の実力を持っている。
「悪いな、やっぱりあんたを殺させるのは無理そうだ」
「あぁ……」
それは悲しみの嗚咽なのか。
それとも怒りの怨嗟なのか。
けれど、彼女は復讐を望んでいた。
矛盾している。
いいや、何も矛盾などしていない。
その対象を殺したい。
その対象から殺されたい。
きっと、その二つは両立する。
少なくとも、今の彼女の中では。
「ありがとう、ございます」
それでも彼女は俺に頭を下げる。
全てを失って。
全てを弔って。
であるにも関わらず、彼女から一番最初に出た言葉は感謝だった。
「悪かった。復讐する相手を奪って。殺されたい相手を奪って」
「いいえ、私は貴方に感謝するべきだから」
心からの声では無いという事なのだろう。
けれどそれは、己の願いを理性で押し込める程に彼女の心は強いという証明だ。
「この先、どうするんだ?」
弔って、そして死ぬのが彼女がここに来た目的だった筈だ。
まだ、その目的は半分程しか達成されていない。
けど、自殺するなんて言われてもそれは少し嫌な訳だが。
でもな、俺が止めるってのもお門違いだ。
じゃあ、俺は彼女に何か与えられる訳でもない。
仲間の代わりなんていないだろう。
傷心の塗り薬を持っている訳でも無い。
死にたい人間を止めるなんて、止めたい奴のエゴでしかない。
だから俺は、もし彼女が死を望むなら、何も言わず立ち去るだろう。
「復讐のお礼と騙した事の償いをさせて、それを済ませないと皆に来るなって言われそうだから」
あぁ、優しい人だ。
俺に君をこの世界に
「冒険者になりたいんだ。先輩として少し、いや色々教えてくれると助かる」
「分かったわよ。協力するわ」
ハクは、俺に近づいてもう一度、今度は涙を浮かべて頭を下げた。
深々と。
「本当にありがとう」
それが、俺が冒険者として最初に貰った「ありがとう」だった。
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